事務への「息をするような嘘」と駐車場の攻防
警備員の田辺さんが、相沢を連れてナースステーションに来たのは昼過ぎだった。
「来客用に停めてたの、この方の車で合ってますか?」
田辺さんが困り顔で言う。相沢は微塵も動じていなかった。
「はい。今日は訳あって来客用に停めさせてもらいました」
「訳?」
「患者さんのご家族から、緊急の荷物を預かる約束をしていまして。大きな荷物なので、搬入口に近い来客用スペースでないと対応が難しかったんです」
僕は隣で聞きながら、そっと相沢の腕を引いた。
「家族から荷物を預かる約束、そんな話、今日一度も出てなかったぞ」
「記憶の問題や」
「お前の記憶か、事実の問題か、どっちかにしろ」
「どっちも大事にしてる」
田辺さんが困惑しながら「でも来客用は患者さんのご家族専用で……」と続ける。相沢が畳みかけた。
「田辺さん、考えてみてください。僕は職員と家族の橋渡し役として動いていた。立場で言えば、半分は職員、半分は家族の代理人です。来客用に停めるのは、むしろ自然な判断じゃないですか」
「半分家族の代理人って何だ」と僕は言った。「それ法的に意味がないぞ」
「法的な話はしてへん。倫理的な話をしてる」
「さっきまで荷物の搬入の話をしてた」
「どっちも本当のことや」
田辺さんが「とりあえず今後は職員用に停めてください」と着地させ、去っていった。相沢は「うまいこといった」と呟いた。
「何もうまくいってない。田辺さんが諦めただけだ」
「諦めさせる能力も交渉力のうちや」
「それは詐欺師の論理だ」
「ちゃうねん」と相沢は妙に真剣な顔をした。「僕はあの人の業務負荷を下げたんや。これ以上追及しても書類仕事が増えるだけやって、気づかせてあげた。それはむしろ親切やろ」
僕は何も言えなかった。言葉が崩れる感覚があった。
この病棟では、嘘の熱量が、ときどき論理の重力を超える。
