温もりパトロールという名の覚醒事故
夜勤の巡視は、2時間おきだ。
僕は静かに病室のドアを開け、懐中電灯を最低限の角度に絞って、呼吸と顔色だけ確認して出る。それが仕事だ。
問題は、新庄先輩の巡視だった。
303号室。山田さんは、ここ一週間ずっと不眠を訴えていた。その山田さんが、今夜ようやく深く眠っていた。寝息が規則的だった。僕は安堵してドアを閉めようとした。
そこに新庄先輩が来た。
「山田さん」と先輩は小声で、でもしっかり呼びかけた。「大丈夫ですか。寂しくないですか」
山田さんが、薄く目を開けた。
「先輩」と僕は廊下で言った。「今、起こしましたよね」
「声をかけただけだよ」
「声をかけたら起きます。睡眠が一番の治療です。せっかく入眠できたのに、覚醒させるのは本末転倒です」
「でも」と先輩は言った。「暗闇の中で一人ぼっちで、孤独を感じてないか確認するのも、夜勤看護師の役目だと思う」
「眠っている人間は孤独を感じません」
「眠っていても、心は寂しいかもしれないじゃないか」
「それは医学的仮説ではなく、先輩の願望です」
新庄先輩は黙らなかった。「心のバイタルチェックだよ。血圧や脈拍と同じくらい、孤独感も測るべき指標だと思う」
「指標にするなら、起こさない方法を考えてください」
山田さんは結局、それから1時間以上、寝付けなかった。僕がそばで記録を見ていると、山田さんがぽつりと言った。「さっき、新庄さんが声かけてくれて、嬉しかったよ。一人で目覚めるの、いつも怖いから」
何も言えなかった。
医学的には、僕が正しい。それでも山田さんの言葉が、僕の正しさの輪郭を、少しだけぼやけさせた。
