「見なかったことにする」という本能的な嘘
就業後。ナースステーションの片隅に、他部署の申し送り表が一枚、場違いに置き去りにされていた。
「これ、東棟のやつじゃないか」
僕が手に取ると、相沢がちらりと目をやって、そのまま視線を戻した。
「見なかったことにしよ」
「は?」
「どうせ向こうも気づく。僕らが動いたら負けや」
「でも患者情報が入ってる可能性あるぞ」
「『可能性』な。断言できひんやろ」
「だから確認しに行くんだろ」
「確認しに行って、担当者おらんかったら?インシデント書かなあかんくなるで。残業や」
相沢の目が光った。ここからが本番だと、僕は知っている。
「いいか、これはリスク管理の問題や。今これに関わると帰りが30分ズレる。30分あったら僕は飯食えて、風呂入れて、人間でいられる。それが翌日の医療安全に直結する。つまり僕が今これを見なかったことにするのは、長期的な患者利益のためや」
「それ詭弁やぞ」
「詭弁ちゃう、哲学や」
「同じだ」
「ちゃうねん。詭弁は他人を騙す論理、哲学は自分を納得させる論理。僕は自分にしか嘘ついてへん」
僕は申し送り表を手に、東棟へ向かった。
担当者はいた。「あ、探してました、ありがとうございます」と頭を下げた。所要時間、4分。インシデントにもならなかった。
戻ると相沢は「で、残業になった?」と聞いた。
「ならなかった」
「運がよかっただけや」
それはそうかもしれない。でも4分動けた僕と、動かなかった相沢の違いは、運だけじゃない気がした。ただ、相沢が毎回そうやって30分を守り続けて、3年間一度も潰れていないのも、事実だった。
