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体位変換のタイミングにおける「腰椎保護」の詭弁

消えるタイミングが、うますぎる。

212号室の田中さん、体重108キロ。オムツ交換のため僕が訪室しようとした瞬間、相沢が「ちょっとトイレ」と言って消えた。前回も消えた。その前も消えた。

20分後、汗をかいた僕がナースステーションに戻ると、相沢がアイスコーヒーを飲んでいた。

「タイミング、よすぎるぞ」

「偶然や」

「三回連続の偶然は必然だ」

「統計的な話をするなら、サンプル数が少なすぎる」

「お前の逃亡記録はもっとある」

相沢が、ゆっくりカップを置いた。

「いいか。僕の腰椎を一回のケアで傷めたとして、その損失を考えたことがあるか。僕はまだ33歳や。定年まで27年ある。その27年間の労働力が、一回の無理で失われるかもしれない。病院にとって、それは何千万の損失になる」

「それはお前の話じゃなくて病院の話だ」

「僕と病院は利益共同体や」

「都合のいい共同体だな」

「全ての雇用はそうや」

「で、その27年間の労働力を守るために、今日も僕が108キロを一人で動かしたのか」

「君も医療資源や。君の腰も守られるべきや」

「なんで守りに来なかった」

「……トイレが長引いた」

「最初からそう言え」

相沢は視線を逸らした。珍しいことだった。

腰が痛い。それは事実だ。相沢の腰椎保護論は詭弁で、それも事実だ。でも僕が一人で動かし続けている現実は変わらない。

この病棟では、逃げ足の速さも、ひとつの才能なのかもしれない。それが腹立たしくて、少しだけ、羨ましかった。

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