ガーゼ缶が空になった日
処置車のガーゼ缶が空になっているのに気づいた。
「星野、時間ある時にガーゼ補充しといて」
在庫管理の、ただの依頼だった。
星野は空の缶をじっと見つめたまま、しばらく動かなかった。
「……僕、こういう地味な仕事も、いつも後回しにしちゃうんです」
「今気づいたなら、今から補充すればいい話だ」
「気づいてはいたんです。でも、後でいいかって思って、そのままにしてました」
「じゃあ今やってくれ。時間はまだある」
「たぶん僕、優先順位をつけるのが下手なんだと思います。人としての基本ができてない気がして」
また話が飛んでいた。ガーゼの在庫から、人間性の話へ。
「優先順位の話はしていない。ガーゼが切れてる。それだけだ」
「先輩は絶対、こういうの後回しにしないですよね」
「後回しにする時もある。今回はたまたま俺が気づいただけだ」
「僕がいなくなれば、こういうミスも減るんですかね」
「減らない。誰がやっても切れる時は切れる。ただの消耗品だ」
「でも、僕だけこういうの多い気がして」
「気のせいだ。それより先に補充してくれないか」
「すみません、ちょっと頭の中を整理してから行きます」
「整理はいらない。缶を持って倉庫行くだけだ」
整理する時間があるなら先に補充してほしかった。だが言っても無駄な気がして、僕は黙って自分でガーゼを補充した。
――星野が「頭の中を整理する」と言った五分後、彼は普通の顔で他の業務に戻っていた。整理は終わったらしい。結局、ガーゼを補充したのは僕だった。
