小さなころの切ない願い【note100日チャレンジ・97日目】
私はいつも、誰かの一番になりたかったらしい。
昨日、こんな記事を書いた。
幼い頃、年若い頃の【自分を愛して欲しい】という願いを思い出したという話なのだが、
今日は過去の私のまた違う願いに気づいた。
私は、ずっと誰かの【一番】になりたかった。
一番の親友というのが欲しかったのだなあ。
もちろん、小学校のとき一番の親友がいてくれたこともある。その子は県外からの転校生ですこぶる優秀だった。そして、少女漫画が好きだったので私とはそれで意気投合した。
小5の1年間は彼女のおかげで幸せだった。
6年生になってクラスが離れ私との付き合いも続いていたけれど、彼女にはまた別の友達ができた。中学は別で、高校も別。彼女は東京の大学に進学しやがて付き合いは途絶えた。
話が逸れた。
親友と呼べる人が出てくる時もあるけれど、
いない時代も多かった。だから、小さい頃〜10代終わりくらいまでの私は【誰かの一番の友達になりたい】という思いが強かったんではなかろうか。
今ならわかる。
誰かの一番になんてならなくていい。
それに人と人の縁は、役目を終えた時するりと解けるもんなんだと。
だから、執着しなくていい、特に私みたいなのは自分の好きなことやってればいい。
そうすれば気づけば周りに人がいるかもよ、と、。
でもやっぱりさあ、わかんないよね。
小学生のころなんてさ。しょうがないよ。
友達が自分を一番に据えてくれないのが寂しかったんだと、30年後に伏線回収できてよかった。
私のなかの獅子座の月はずっとさみしんぼうだったのかもしれない。
正直私はトラウマとかインナーチャイルドとか専門家ではないので、この先のことはよくわからない←
でも、気づいたことで何かが変わりそうな気がする。
自分の一番は、自分でいいんだよとあの頃しょげてた自分に伝えてあげたい。
そうしてもいいんだと、言ってあげたい。
朝一番に気づいたことを、布団の中で書きました笑
読んでくださってありがとうございました🌺
いいなと思ったら応援しよう!
サポートありがとうございます💕!
いただいたサポートは自分の文章力の向上の為、主にnote内の有料記事購入に使わせていただきます。note内で経済回します。