私の妊娠と出産
私は結婚してすぐにできた子どもを流産で亡くしている。子どもは3ヶ月くらい私のお腹の中にいたけど、育たたないまま流れてしまった。
育たなかったのには何か理由があったんだろうけど、30年くらい前、妊娠と出産は未だ神の領域だから医師にもわからないことがあると言われた。
だから私の娘は6ヶ月くらい不妊治療をして授かった2人目の子どもである。

子どもを作ろうとして作ることはある意味親のエゴである。だからたまに子どもに「産んでくれなんて頼んでないのに」とか言われる。
そう言われると「あ、ごめんね。産んじゃって」と思ってしまう。その後慌てて「でも、君に会えて良かったよ」と最近は付け加えている。
最初の子どもが流れた時に私が感じたのはとてつもない孤独だった。家族を私が繋がっている魂のグループだとするなら、私には私のための新しいメンバーはいなくて、誰も私の子どもになりたくなかったんだ、と悲しくなって落ち込んでいた。
そして世の中の妊婦は全て呪われてしまえと思った。
あの時、私の心はかなり荒んでいた。

流産の後2年ほど子どもができなかったから、私は妊活を始めた。幸いなことに6ヶ月後には妊娠したけど、不妊治療は時にゴールが見えず終わりのない苦行になることを私は知っている。
娘を産んだ後にやっぱり次の子が出来ないから、もう1人子どもが欲しくて病院に行ったけど、私たち夫婦の条件がよくなくて、子どもが出来そうもないことが検査で分かった。医師には「もう1人いるんだから次の子を作らなくていいんじゃない?」と言われた。町の診療所の話だから、もっとすごい病院に行くことも出来たけど、私はここで諦めてしまった。どこで諦めるか、何故子どもが欲しいのか、それは人それぞれだと思う。

「私には子どもが出来なかった」と、自分を欠陥人間のように言う人がたまにいるけど、私は今になってみると、そんなことはないと思う。
人には生まれた時に持っている物語があって、その物語の中で、すでに現世で子どもが出来るかどうか決まっているのではないだろうか。
魂のグループはパートナーや子どもだけじゃなくて、友人や先輩にもいる気がする。子どもがいなくても学べなかったことは、きっと他のところで学べる。

娘が生まれる前に「出生前診断」というのを受けた。小児科の先生に臨月の私は話を聞きに行った。
「一度流産して、不妊治療で生まれる子どもですけど、ちゃんとした子どもが産まれるのでしょうか」と尋ねる私に医師は自分の体験を話してくれた。
先生の妻が何回も妊娠したけれど、その度に流産を繰り返していたこと。それでも諦めずに子どもが欲しいと願ったこと。出産することになって周りの人に「そんな子どもは碌な子どもじゃない」と言われたこと。それでも無事に産まれたこと。
医師は誠実に私に語りかけてくれて、私は勇気をもらった。
障害を持って産まれた子どものほとんどは分娩時の状態やその際の事故で障害を持つことが多いそうで「だからあなたがすることは、元気な赤ちゃんを産むために分娩時に赤ちゃんに酸素を送り続けることです」と医師は私に言った。
それで私は一生懸命ラマーズ法を練習して出産に臨んだ。
大変だったけど、娘は出産時に障害を持つことはなかった。
小さかった娘を私は頑張って育てたけれど、途中で何度も体の具合が悪くなったし、娘にひどく怒ったりもして、私は良い母親じゃなかった。やっぱり子どもは1人で良かったのかもしれない。

こんな年になったけど、私には今も愛というのは何なのかわからない。恋愛も、家族愛も、友情も。
娘は私の不器用な愛情を受けようと小さい頃から頑張ってくれていて、私に人の愛し方をいつも教えてくれている。
それでも私は愛することが上手くできなくて、どうしたらいいかわからなくなって、よく娘に怒られている。
欲しくて授かった、私のエゴでこの世に来てもらった娘だけど、本当に会えて良かった。私は1人ではなかったんだと、娘は教えてくれる。
