響けタンバリン
「T橋、サザン歌ってよー」
酔っぱらった部長が、
呂律の回らない口調でそう言った。
私の部署では、
飲み会の二軒目でカラオケに行くことがある。
T橋さんは、少しぽっちゃりした40代の男性。
タッチパネルを操作し、入力を終えた後、
なぜかネクタイを、きゅっと締め直した。
数秒後、画面に表示された曲名は
真夏の果実。
お母さんがサザンオールスターズのファンなので、
私もほとんどの曲を知っている。
その中でも、
真夏の果実は大好きな曲だ。
静かにイントロが始まる。
T橋さんがマイクを口元に近づけた。
そして歌い始めた瞬間、
室内は爆笑に包まれた。
T橋さんが、
桑田佳祐のモノマネで歌い始めたからだ。
なみんだんぐあん、あふんぶれんぶん
くあんなんすいん、くんせつんぶるん〜
モノマネが大げさすぎる。
似ているのかどうかも分からない。
ぶるんぐるんとしか聞き取れない。
一番のサビまで歌い終えると、
みんなで拍手した。
T橋さんは営業担当だが、
あまり成績が良くないらしい。
いつも申し訳なさそうな顔をして
仕事をしている。
そんなT橋さんが、
今この瞬間だけは誰よりも輝いて見えた。
画面上を流れる歌詞を目で追いながら、
私は、少し胸が熱くなった。
しかし。
曲が中盤に差しかかった頃、
みんな少しずつ飽きてきた。
スマホを見る人。
隣の人と話し始める人。
部長にいたっては、
自分でリクエストしたにもかかわらず、
「トイレ行ってくる」と言って部屋を出て行った。
曲はまだ半分残っている。
私だったら、
途中で歌うのをやめたくなると思う。
でもT橋さんは、
ぶるんぐるん歌い続けている。
何とか力になりたい。
喉が痛かった日、
T橋さんは、のど飴をくれた。
今こそあの恩を返す時だ。
近くにあったタンバリンを手に取る。
リズムに合わせて、
思い切り叩いた。
みんなの話し声をかき消すくらい大きく。
T橋さんは、
そんな私を見てウィンクをした(ように見えた)。
そして、ぶるんぐるんのギアを上げた。
ぶるんっ!だるんっ!ぐるんっ!
ばるんっ!ぐるんっ!どるんっ!
もはや、桑田佳祐でも何でもない。
メロディーにすらなっていない。
人の形をした物体から
故障した大型エンジンみたいな音が響き続ける。
るっぶ!るぶんっ!ぐるぶん!
らるっば!るるんっ!ぐるるぶん!
舌を巻きすぎだ。
もし、T橋さんの舌ベロが
ちぎれ飛んだ場合、
労災はおりるのだろうか。
私はこのまま、タンバリンを
叩き続けて良いのだろうか。
そんなことを考えていると
隣の先輩が、マラカスを振り始めてしまった。
……もう、どうにでもなれ!
私は立ち上がり、タンバリンを全力で叩いた。
室内は、再び盛り上がった。
T橋さんもラストスパートをかけた。
息継ぎをしていない。
そして、T橋さんの命が尽きる前に
無事、曲が終わった。
T橋さんは狙撃された獣のように
室内のソファーに倒れこむ。
ひんぎゅんしゅー。
ひんぎゅんしゅー。
聞いたことのない音を立てて
T橋さんが呼吸をしていた。
タンバリンを叩いていた私の手も
ジンジンしている。
何かを成し遂げたような高揚感は
確かにあった。
しかし、
これが名曲「真夏の果実」だとは
どうしても認めたくなかった。
