少年の海には亀がいた
今でこそ、
発達障害の子を
サポートする環境が整えられてきた。
私が小学生の頃は
まだそんな言葉自体なかった気がする。
同級生のMは、
発達障害だったのかもしれない。
授業中でも歩き回るし
男子も女子も、関係なく暴力を振るう。
私はなるべく
Mに関わらないように過ごしていた。
「席替えをします」
先生がそう言った時も
ワクワクよりも不安の方が多かった。
Mの隣になりませんように。
そう神様にお願いした。
しかし、願い虚しく
私はMの隣の席になってしまった。
さっそくMは
私のノートにウンチの落書きをした。
お母さんが一生懸命働いて
私のために買ってくれたノートだ。
私は泣きながら
ウンチの落書きを消した。
ある日の授業中、
やけにMが静かなので
横目で様子を伺った。
信じられない光景だった。
Mはペンケースの中で
小さな亀を飼っていたのだ。
水も張ってある。
小さな手を動かし
ゆらゆらとペンケースの海を泳ぐ亀。
その亀の甲羅を
Mが微笑みながら指で撫でていた。
ペンケースは、ペンを入れるもの。
私は疑うこともなく、そう思っていた。
「何、見てんだよ。ブス」
見ていることがMにバレた。
「……先生に、言っちゃうよ」
全身の勇気をかき集め、
私は、そう言った。
「内緒にしてほしい」
初めて見るMの弱々しい顔。
私は、勝負に出た。
「もう女子を叩かないなら内緒にする」
Mは「分かった」と言い、約束が交わされた。
その後、しばらくして
ペンケースから亀は消えたが
Mは本当に女子を叩かなくなった。
私を見ると、気まずい顔をしたけど。
中学に上がる頃には
問題行動も減っていき
クラスメイトにも馴染んでいた。
あの日の約束が、
Mを少しだけ変えたのかもしれない。
現在、
Mは職人になり結婚もしたと
地元の友達から聞いた。
仕事も上手くいっているようで
高級車に乗っているらしい。
ずるいな。と思った。
好き放題に生きて
私たちを傷つけていたのに。
でも、もしかしたらMも、
私とは違う色で、違う匂いの海を
必死に泳いできたのかもしれない。
ペンケースの中の小さな亀を
優しく撫でていた笑顔を思い出す。
ちなみにMの背中には
龍の入れ墨が入っているらしい。
その点だけ
私は、どうしても納得がいかない。
「そこは、龍じゃなくて亀でしょ」
もし、また会ったなら
笑いながら、そう言ってやるんだ。
