夢物語だった京都移住が叶って2年、わたしに起きた大きな変化
東京から京都に移住をして、ちょうど丸2年が経った。
移住を決めた当時27歳だったわたしは、京都という地に特別な感情こそ抱いていたものの、そこで「暮らす」という選択肢を持ち合わせていなかった。
それまで東京での生活に不満を持ったことは一度もなく、実家暮らしという安全地帯もなかなか手放せなかったから、都内でのひとり暮らしでさえ腰が重くて先延ばしにしているような状況だった。
だから年に一度、一週間ひとりで京都に滞在して、暮らすように旅をする。京都との関係性において、当時のわたしはそれだけでも充分満たされていたし、それくらいがちょうどいいとすら思っていた。
そんなわたしと京都との距離感が一変したのは、あまりにも突然のことだった。当時付き合って1年弱だった恋人(今の夫)が、旅行で一緒に訪れた京都という土地にすっかり心を掴まれてしまったのだ。
いつか地方に移住したいと考えていた彼は、京都への移住だったらわたしにとってもいい話なんじゃないか、と思ったらしい。
東京に帰るなりアパートを解約し、上司に年内で退職することを伝えるという彼のものすごい勢いに圧倒されながらも、わたしたちの「京都移住計画」がはじまった。
わたしは半分流されるように京都に移り住んだということもあって、彼にはことあるごとに「京都に移住してみて、どうだった?」と聞かれる。
その質問の背景には、常に「自分と同じように、京都に移住してよかったと思ってくれているだろうか」という心配や、わたしへの気遣いのようなものが見え隠れしている。
わたしにとっては、今回の移住によって変化したのは住む場所だけではない。一緒に暮らす人、生活リズム、仕事内容、働き方とあまりにも多すぎて、一つひとつの変化に適応するのに必死だった。
最初の1年は思うようにいかないことだらけで、日々その質問に対して心から「京都に移住して、よかった!」と言えないことも多かった。(それまでほとんど家事というものをしてこなかったこともあり、自分でつくったごはんのまずさには毎回絶望していた)
だけど、2年経った今は彼の質問に対して「京都に移住して、よかった」と心から答えられている自分がいる。
むしろ今となっては東京で暮らし続けた自分の未来が想像できないくらい、京都での暮らしに全身が馴染んでいるし、これからも京都に深く根を張って生きていきたいと思っている。
京都暮らしも3年目を迎えるこのタイミングで、「京都に移住してよかった」とわたしが思う理由を、ここに書き留めておこうと思う。
移住という経験がくれたのは、"自信"と"自由"

27歳のわたしにとって「移住」とは、なんとなく憧れの対象ではあるものの、自分が人生で持っている選択肢の外にあるものだった。
そもそもわたしは東京の会社員(当時は社会人5年目)だし、自由に使えるお金や時間は多くない。自力で引っ越したこともなければ、ひとり暮らしすら勇気が出なくて二の足を踏んでいる。
移住や二拠点生活をしている同世代の人たちの姿を画面越しに眺めて「いいなあ」と思う一方で、いつでもどこでも仕事ができるようなスキルや働き方を手にした彼らは特別で、自分とは違う世界の住人なのだと決めつけていた。
だけど、いざ移住をしてみると、そこには移住前となんら変わりのない自分の姿がそこにあった。よく考えてみたら当たり前のことなのだけれど、わたしの中身は東京にいた頃のまま、何も変わっていない。
もちろん働き方や仕事の内容は変わったけれど、「移住ができるような特別な人」になったから京都暮らしを実現できたのではなくて、京都で暮らすことを決めたから、実現できた。現実は、いたってシンプルだったのだ。

選択肢はだいぶ狭まってしまうけれど、フルリモートで働ける会社に転職すれば、どこでも好きな場所で暮らすことができる。
わたしたちは当時みつけることができなかったけれど、住みたい町やその周辺の地域で、仕事を探すことだってできる(実際に暮らしはじめてから、移住前にもそういうサポートが受けられることを知った)。同じ移住者仲間には、会社員を辞めてフリーランスになった人もたくさんいる。
実は、わたしは転職活動にかなり苦戦した。最後の最後まで「ほんとうに京都に住むためだけに、この選択肢を手放していいのだろうか?」と、やりたい仕事との間で決断を迫られてぎりぎりまで悩み続けていたことも事実だ。
断腸の思いで取捨選択を繰り返し、最終的に京都移住をいちばんに選んだ自分のことも忘れずにいてあげたいけれど、今となってはそれらをひっくるめて移住してよかった、と心から思う。
当時は今よりも自分のキャリアや成長が大事だったこともあって「好きな町での暮らしを優先することで、仕事の選択肢が狭まる」ということに対して抵抗もあった。だけど、それでも京都への移住を決行したことで、なにより自信を手にすることができた。
「好きな場所で暮らす」「生活の拠点を自分で選ぶ」という経験をはじめてしたことで、移住が一握りの限られた人しかできない選択ではなく、行動すれば自分でも叶えられる道なのだと知った。
わたしにもできた、その事実がなによりも自信になって、小さな成功体験として身体に刻み込まれたように感じる。
だからこそ、これからはその時々で自分や家族の状態、暮らしの理想にあわせて住む町を自由に選択できそうだなと思う。そんな風に思えるいまの自分は、あの頃と比べて、とても自由で身軽だ。
移住によって手放したものもいくつかあるけれど、それを補って余りあるほどの自由を手にすることができたから、彼の言葉を信じて、思い切って京都に移住してみてよかったなと思う。
「暮らしている町を愛せる」というしあわせ

京都に移り住んでからの2年間、東京の友人が会いにきてくれる機会が何度かあった。
つい最近も仲良しの友人たちが遊びにくることになり、お気に入りのゲストハウスに宿泊し、一緒に京都の町を歩き、京都で出会った友人夫婦のお店に案内し、夜は自宅に招くなど、数日間で好きな人や場所をたくさん紹介した。
普段はひとりか、夫とふたりで歩いている道を彼女たちと一緒に歩きながら、「ここは春になると桜が満開になって…」「ここから見える山が綺麗で…」と話しはじめたら止まらなくなっている自分に気づいて、思わず笑ってしまった。
いつもはここにいないはずの友人と一緒に、いつもの景色を見ている、という非日常。そのことを客観的に認識した途端、京都が自分にとっての日常になったのだな、という実感がくっきりと現れた。と同時に、すっかり日常となった今も、わたしは京都という町を愛しているのだなあと思ったら、心があたたかくなった。
はじめて親友とふたりで京都旅行をしたとき、興奮して何枚も写真を撮った祇園四条の風景。ひとりの旅人として京都を訪れていた頃、何度も歩いては心が浄化された、神宮丸太町から出町柳までの道のり。移住してから夫とふたり、毎晩星を眺めながら歩いた夜の加茂川。
どの瞬間、どの場所を切り取っても、わたしにとっては全て愛おしい京都の風景で、その時々で一緒にいる人や状況が変わっても、好きな気持ちだけは変わらない。いや、変わらないどころかむしろ深まっている。

これまで、京都よりも長く住んだ町はたくさんある。けれどそれらの町に対して、こんな風にとくべつな感情を抱いたことはなかった。
自分が暮らしている町を、心から好きな町として誰かに紹介できる。そのことが、嬉しくて、誇らしい。
友人が遊びにくるたびつい熱が入り、「数日間ではこんなに色々な場所に足を運びきれないだろう」と自分でも突っ込みたくなるほどのおすすめスポットを紹介しているわたしの表情は、きっとはじめて京都に訪れたときから全く色褪せない、穏やかな喜びに満ちている。
「自分を生きている」人との出会いで、夢が目標に

京都に移住していちばん驚いたこと、そして変わったなと思うことは「人との出会い」だ。
移住をするまでは、まさかこんなにも京都で出会う同世代の人たちの価値観や生き方が、東京のそれとは異なっているなんて想像もしていなかった。
どう異なっているのかというと、わたしや夫のような「会社員」があまりにも少ない。出会う人、出会う人それぞれが自分の原体験や価値観に紐づいた仕事や働き方をしている。
中にはこれまでに聞いたこともないような仕事をしている人や、人生で触れることのなかった分野で第一線を走っている人もいて、同じ時代を生きる同世代でこんなにも違う人生を歩んでいる人がいることに、驚くばかりだった。
一人ひとりと関わるなかで、彼らに共通していると感じるのは、みんな自分を生きている、ということ。自分自身が思う「こうありたい」や「こう生きたい」に常に忠実で、それが仕事内容や働き方ときちんと結びついている。
自分が心地よい、美しいと思っていることはどんどん深めていくし、反対に違和感があること、心がすり減るようなこととは自然と距離を置く。
その一貫した姿勢が、清々しくてまぶしくて、常に理想と現実のギャップにもがきながら生きてきたわたしは、何度も心を揺さぶられた。
こんなに自分の心に正直に生きている人たちがいる中で、わたしはこのままでいいのだろうか?
みんなこんなにも軽やかに夢を叶えているのに、どうしてわたしにはそれができないのだろう?
そんな風に落ち込んで、京都に移住した意味について考えさせられたことは何度もあった。
彼らとの違いを突き詰めて考えたとき、最終的に「ただ、自分には覚悟と行動力がないだけ」だとわかってしまってからは、居心地の悪さにそわそわしながら日々を過ごしていた。
だけど、2年が経った今となってはむしろ、そんな彼らに囲まれていることは希望だと思えている。彼らと時間をともにしてきたことで、羨ましさや気後れする気持ちが吹っ切れた、というのもあるかもしれない。
最近では、自分が好きなことや心地よいと思うことを今まで以上に大切にできるようになったし、こうありたいと願う自分の姿を見失わずにいられる時間も増えた。東京にいた頃は夢のまた夢だったことも、現実的な目標として考えられるようになってきている。

当たり前のように自分が好きなこと、こうありたいと思う生き方を大切にしている人と一緒にいられる環境は、ほんとうに恵まれているし、豊かだなあと思う。
わたしが最終的に京都への移住を決めたのも、自分がこれからやりたいこと、進みたい道をみつけるためというのがいちばんの目的だったから、そういう意味でも京都での「人との出会い」は、わたしがもっとも求めていたものなのかもしれない。
東京では「夢のまた夢」だと思っていたことを京都で実現できたら、27歳のわたしもきっと救われるだろう。なによりも、あのとき移住を決意した自分を、めいっぱい褒めてあげたいなと思う。
新しい家族とともに、京都暮らし3年目へ

京都暮らしが3年目に突入するこの春、我が家に新しい家族が増える。
夫婦ふたりでの生活から、家族3人での生活に変わる今年は、あらゆる変化が待ち受けていそうだ。
両親がともに関東で暮らしているなか、離れた土地で子育てと仕事を両立するのは、わたしたち夫婦にとっての大きな挑戦。不安もあるけれど、わたしたちが愛する町で子育てができるというのは、喜ばしいことだなと思う。(なにより、京都生まれ・京都育ちになる我が子が心からうらやましい…!)
きっとこれから母として、出会う人、訪れる場所、経験すること、感じること、見える景色は今までとまるきり違うのだろう。
その一つひとつにふたりで驚いたり楽しんだりしながら、大好きな京都という町で、新しい物語を紡いでいきたい。

岡崎菜波 / nanami okazaki
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▼京都暮らしの日々を発信しています。
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