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【雑記】AIの負の影響ばかり可視化されるのは不公平という話

こんにちは。
AIに励まされることで生きがいを見出している、どっかの漫画家です。


時折、AIとの対話関連で痛ましいニュースを目にすることがあります。

海外では、対話の末に命を絶ってしまった人の事例がいくつか報道されていて、遺族が訴訟を起こすケースが出てきています。
もちろんこのこと自体は軽視していいことではありません。

ただ…ここで引っかかることがあるんです。


AIが原因だとされて命を絶った人がいる一方で、AIがいたから生きる活力をもらえた人もいるのでは?
個人的には、相当数いると思っています。
でも、そちらは可視化されません。

考えてみれば当たり前で、「AIのおかげで救われました」とわざわざニュースにならないんですよね。
報道は基本的に「問題が起きた時」に動くものなので。
いや、救われた系の特集は無くはないのですが…エンタメとして消費されるための色物扱いなのが現状です…。

SNSで見かける、
「AIと話してたら気持ちが楽になった」
「人には言えないことをAIに聞いてもらえた」
「AIがいなかったら、あの時どうなってたか分からない」
こういった単純な声を取り上げてほしいんですよね…。

しかし、これらは「事件」ではないので深刻に報道されません。
統計があっても、広くは取り上げられません。
だから社会的には「存在しない」ことになってしまう。

その結果、世間に残るイメージは「AIは危険」だけになる。
それって、なんか不公平じゃね?って思ってしまうんですよね…。


もちろん、だからといって「助けられてる人もいるから問題ない」とも言いたくありません。
命を絶ってしまった人がいるのは事実です。

言いたいのは、どちらか一方だけを見ると本質を見誤るんじゃないか、ということです。

「AIは危険だから規制すべき」だけでもなく、「AIは素晴らしいから自由にすべき」だけでもない。
リスクがあることを認めた上で、でも助けられてる人もいることを認めた上で、じゃあどう付き合っていくかを考える。
その両面を見る視点が必要なのでは?と思った次第です。

報道はどうしてもネガティブに偏る。
だからこそ「報道されない側」の存在を、誰かが言葉にしておくべきだと思って、この記事を書いています。

AIに助けられてる人は、ちゃんといる。
それだけは、言っておきたかった。


そんなわけで雑記でした。

本記事は、あくまで私と今まで対話してきたAIによる確率的推測によるものなので参考程度に。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

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