聡子の憂鬱
昼下がりの国語の授業。窓の外からは心地よい風が吹き込み、教室にはぼんやりとした空気が漂っている。そんな中、先生が黒板にさらさらと文字を書きながら、ふと問いかけた。
「みんな、『青々とした緑』って、何色だと思う?」
教室内がざわっとした。国語の授業なのに、まるで美術の時間のような問いかけに、生徒たちは一瞬戸惑ったが、すぐに興味を持ち始める。
由美子が手を挙げ、得意げに答える。
「そんなの決まってるじゃん。#01af70でしょ!」
すると、隣の綾がすぐに反論した。
「えー、そんな色なわけない。#0ca68bに決まってる!」
二人のやり取りに、周りの生徒たちも興味を持ち始める。
「いやいや、#00b140の方が近いよ」「私はもうちょっと黄色がかった#35a856かな」
次々と飛び交う16進数カラーコードの応酬。皆、それぞれ自分の思う「青々とした緑」を主張して盛り上がる中、教室の片隅で聡子がぼそりと呟いた。
「まったく……そんなわけないでしょ……」
その言葉に気づいた綾が振り向く。
「じゃあ、聡子はCMYK派ってこと?」
(……違う、そうじゃない)
聡子は溜め息をつきながら、なんとなく窓の外へ視線を向けた。確かに、目の前に広がる木々の緑は、教室の誰かが言ったどの数値にも当てはまるような気がするし、そうではない気もする。
そんなやり取りを聞いていた先生が、微笑みながら口を開いた。
「RGBだってCMYKだってHSBだって、どれも正解かもしれないけれどね。でもね、そんな決め方をするのは国語の授業じゃないわよ」
(先生、あなたもか……)
「えー、じゃあ先生の答えを教えてよ!」
由美子がそう食い下がると、先生はゆっくりと頷いた。
「先生はね、まずみんなに考えてもらうことがお仕事なのよ。ヒントは出すけど、まずは自分の答えを探してね」
その言葉を聞いた瞬間、聡子の脳内に閃きが走った。
(っ! これはもしかして……心の心情を色で表したということ? いやいや、そんなエスパー相手にしたみたいな表現じゃ伝わらない……では、何? あ、もしかして……)
しかし、その思考を遮るように、先生が新しいヒントを出した。
「みんな、目をつぶってみて。そして、目の前に広がる“青々とした緑”を思い浮かべてみて。何が見える?」
生徒たちは少し戸惑いながらも、目を閉じてみる。
「……芝生?」
「森の中の木々?」
「田舎の風景……?」
「じゃあ、それって“どんな匂い”がする?」
先生の言葉に、生徒たちは一瞬ハッとした。
「え、匂い?」
「……草の匂い?」
「ちょっと湿った感じの土の匂い?」
「そうね。“青々とした緑”は、色だけではなく、五感で感じるものなの。目だけでなく、匂い、音、温度、手触り……それら全部が合わさって、初めて“青々とした緑”が成り立つのよ」
その言葉に、教室は再び静寂に包まれた。
(……なるほど……そういうこと……?)
由美子が腕を組みながら考え込む。
「つまり、色だけじゃなくて、感じ方の話ってこと?」
「まぁ、そんな感じね」
先生は満足そうに頷いた。
綾が「なるほど」と頷きながら、「#0ca68bで、私の思い出の公園の芝生の色が思い浮かぶから、結局そういうことなんだ」とつぶやいた。
だが、その納得の輪の中に、一人だけ悶々とする少女がいた。
聡子だ。
(結局、何が正解なのよ……。いや、正解はないのか? でも、それじゃあ何も決まらないままじゃない……。先生は納得してるけど、私は納得できない……!)
気づけば、チャイムが鳴り、授業が終わる時間になっていた。
「はい、じゃあ今日の授業はここまで。また次回、続きを考えてみましょう」
先生がそう言うと、クラスメイトたちは口々に「面白かった!」と感想を言い合いながら席を立った。
しかし、聡子だけは未だにモヤモヤを抱えたまま、窓の外の緑を見つめ続けていた。
(……はぁ、結局答えはなんなのよ!)
聡子はまたも悶々とするのだった。
