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灰原日誌5『ピーベリーとフラットビーン…』に寄せて その①


カランカラン

秋の渇いた空気にドアベルの音が軽快に響く。


「やぁ玲花ちゃん、今日は一人かい。」

「ええ、マスター。」

「この前の珈琲美味しかったわ。あの珈琲頂ける?」


そう、先日この喫茶店で出されたコーヒー、彼のところで飲んだ『ルワンダの雫』によく似ていた。もしかして同じ珈琲豆だろうか。自分で取り寄せた分はもう飲みきってしまって、もし同じならここで買えるかもしれないと期待を込めて注文する。

「あいにく、あのコーヒー豆は特別な仕入れルートでね、月代わりなんだよ。もう今月10月分は品切れで来月になったら新しい豆に代わるんだ。」

「そうなの…。」というベルの残念そうな顔をみて「そうなんだ。」とマスターのマサさんがアメリカのコメディドラマに出てきそうなおどけた仕草で言い直す。じゃあ仕方ないわね、と思わず笑ったタイミングを見計らってマスターがダンスにでも誘うようにウインクしながら軽やかな口調で問いかけた。


「お嬢さん、今日は特別なコーヒー飲まないかい。」

「なーに、特別なコーヒー?」

目を輝かせたベルの前にマスターがお皿を差し出した。その上には2粒の生豆が乗っている。

「玲花ちゃん、この豆の違い分かるかい。」

「形が違う。それに大きさ…かしら。」

「ああ、そうなんだ。形の違いで平豆と丸豆。ピーベリーとフラットビーンというんだ。ピーベリーが小さくてコロンとした方で、ピーはエンドウ豆のPea。その丸い形が似ているからそう呼ばれている。」


「それに対して普通のコーヒー豆はこっちだよ。」とマスターは指をさしながら説明する。

「コーヒー豆はコーヒーの木に成った赤い実の中に入っている種子のことで、通常はその実の中に左右に2つ、半円の形をして向かい合わせに入っている。向かい合った片面が平らだからフラットビーンというんだ。」

ベルは目の前の艶やかな白いお皿の上にポツンと置かれたフラットビーンに視線を落としてポツリと呟く。

「普通で『フラットな豆粒』だなんて、なんだか平社員みたいね。」
どことなしフラットビーンの方に気を向けてしまうのは、ふと灰原のことを思い浮かべたからに違いない。

それが聞こえたマスターは「平社員か。」かとクスッと笑う。マスターも誰のことが思い出されたに違いない。口許に少し寄った皺がそれを物語る。


ちょっとの間、

2人してフラットビーンを見つめてからベルが言う。


「でもマスター、特別なコーヒーって?普通のフラットな豆じゃないってことかしら。」


主にフラットビーンと呼ばれる一般的なコーヒー豆を美味しく提供することを生業とするマスターはこの問いかけには苦笑しながら言葉を続ける。


「そうなんだ、玲花ちゃん。」

「こっちの丸豆。ピーベリーを仕入れてね。」

「この丸い形なのには理由があって、稀にね、片方の種子が発育しなくてもう片方の種子だけが単独で成長することがあるんだ。枝の先端とか生育環境の良くない箇所に出来ていることが場合が多くて、収穫量の約3~5%程度かな。小振りだけど丸くて均一に焙煎出来るため、味の良さは保証するよ。」

そう言ってまたウインクするマスターにエスコートされるような気分で、注文したピーベリーのコーヒーを待つ間にまた灰原を思い出す。


やっぱり彼はこっちの方ね。

ピーベリーに全てを譲ったような、自分の意見なんてありませんというような。ピーベリーの存在にすっぽり隠れてしまった名前なんてない片割れの豆。


ピーベリーか。


挽いたピーベリーの粉が熱い湯を注がれふっくらと膨らみ芳香が漂ってくる。


ピーベリー

ピーベリーのように丸顔で可愛いあの娘。
ライブのステージの上からでもパッと目を引きつける魅力的な女の子だった。
まっすぐ見つめる先にはギターを弾く彼がいた。

「これ、今日のライブで使ったヤツだから。」
ステージの一体感から一転、袖に下がる一抹の淋しさを感じるほんの僅かな時間のファンとの交流。

ピックを受けとった彼女の顔を思い出す。

「玲花ちゃん、どうぞ。」

目の前に幸せそうな湯気が立ち上る。
ほろ苦さの中に女の子のような甘みを感じる。

「どうだい。お味は。」

マスターが聞く。

一口、二口と味わってからベルが言う。

「あなたの全てが欲しい、そう言えるだけの魅力を自覚しているような若くて自信に溢れる女の子の味かしら。」
「どんなコーヒー通をも魅了するような。」

「ちょっと羨ましくなるわ。」

そういうベルに「なるほど。」とマスターが答える。

「確かに稀有な存在だ。自分への愛を自他共に信じて疑わない、確信という味。」

「でも愛の形としては、お互いに譲り合い折り合いをつけながら成長して沿うように形をかえたフラットビーンズが美しいようにも感じるね。」

「どちらの豆も魅力的だ。」

フフッとベルはさっきまでの羨む気持ちが吹き飛んでカップを口にする。

「博愛。全てに注ぐ愛情に勝るものはないわね。」
「マスター、今日の一杯も美味しいわ。」

「玲花ちゃんに喜んでもらえて何よりです。」
カフェベスト姿のマスターがにっこり笑った。

コーヒー豆、
ピーベリーとフラットビーン、
色々例えてみることができそうね。

もし、なんのはなしです珈で物語が生まれたら、、。

そんな気持ちがベルの中には生まれていた。




『ピーベリーとフラットビーン①』に寄せて
  

#なんのはなしです珈
#フィクションとノンフィクションの間で

                  


この創作記事は、なんのはなしです課を会社のひとつの課とした『なんのはなしですか』の非公式ストーリーで、なんの役にも立たない灰原がたまに力なく夢だけ語って空回りをしています。
お付き合い頂きありがとうございます。

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