最近読んだ本たちについて(夫婦茶碗、おいしいごはんが食べられますように、ヤブノナカ、他)
『夫婦茶碗』 町田康
貧乏夫婦のダメ夫が、何とかして生活を安定させようとする話。ちょっと面白すぎた。ストーリーももちろん面白いんだけど、「文」が面白い。「文体」を初めてここまで意識した。金原ひとみと綿谷りさの小説も、喋ってるみたいな文章で凄く好きなのだけれども、町田康はそれともちょっと違う。小説にしかできない文字表現とリズムで、反射的で連続的な激おもしろ文章が続いていく。1ページ目から面白い。
基本的に独り言と屁理屈が多いくそ亭主なのに、塗装のバイトをするときに下塗りの大事さを数か月かけて初めて実感するシーンとか、アホなのに憎めないキャラクター造形になってるのが凄すぎる。
『おいしいごはんが食べられますように』 高瀬準子
ここ数年で読んだ本の中で一番好きだった。ごはんに対する異常な信仰、嫌ですね~~~。「自炊して栄養バランスのとれたおいしいごはんを作ろう!」じゃないのよ。疲れてるし。皿洗わないといけないし。めちゃくちゃ面倒くさいから。っていう軸が1つ目でありつつ、職場ですぐに体調崩してみんなから心配されて、仕事量も調整されている人と、「あなたは大丈夫だから頑張ってね!」と言われる人の非対称性みたいなものが克明に描かれていて凄すぎた。
押尾さんが負けて芦川さんが勝った。正しいか正しくないかの勝負に見せかけた、強いか弱いかを比べる戦いだった。当然、弱い方が勝った。そんなのは当たり前だった。
個人的、瞬間最大風速。飛ばされそうになった。こういう表現ってどうやったらできるの?えぐい。
僕は転職したばかりだし、そもそも全然仕事ができる側の人間ではないので、共感や苛立ちというよりは「くぅ~」という感じでずっと読んでいた。
『YABUNONAKA-ヤブノナカ-』 金原ひとみ
女子大生に対して性搾取を行った、出版社の元文芸誌編集長を巡る、多視点進行小説。胸糞系の面白小説。色んな人が出てくるのに、好きなキャラクターとかはいない。みんなちょっと嫌い。
自分が無意識に放っている「気持ち悪さ」について考えさせられた。誰もが誰もに微弱なダメージを常に与え続けていて、それを上回る「気持ち悪くなさ」で自分をコーティングしなきゃいけないなと思った。
『自意識とコメディの日々』 オークラ
東京のお笑いライブシーンをつくりあげてきた構成作家オークラさんの自伝。オークラさん自身の青春譚としても最高だし、オークラさん目線からの人物描写が至高。険悪だった人力舎に、おぎやはぎが入って革命を起こす所とかワクワクが止まらない。
オークラさんがバナナマンのライブを手伝うために、設楽さんに色々なハッタリをかますところとかは、おもしろいな~と思いつつ、こういう力が自分には欠けてるな思った。「ハッタリをかます」ということはそのハッタリに追いつくよう強制的に努力しなきゃいけないわけで、ハッタリをかまさない自分は強制的に努力する場所を作ることが怖いだけなのでは?と思った。
惹女香花とか伝書鳩とか照山おうちごはんとかがこういう物語をリアルタイムで描いているんだろうなと思う。
『編集王』 土田世紀
ボクシング選手が網膜剥離になり引退し、一転、出版社の漫画編集部にバイト見習いとして働いていく漫画。
主人公が漫画業界のスターダムをかけ上がっていくタイプの漫画ではなく、熱血おっちょこちょい主人公をフィルターにして、編集者と漫画家の関係性とか、営業部と編集部の関係性とか、売れるものと作りたいもののどっちを選ぶのか、みたいな題材が描かれていた。
昔の漫画なので、昭和の漫画業界をのぞき見するという意味では面白かったけど、ストーリーは結構めちゃくちゃだった。笑
色々問題提起はしていくんだけど、作品の中でどちらにも寄り切っていなかったし、百歩譲ってそれはいいとして、どちら側の人間も成功も失敗もしてなかったのはもやっとした。
ただ、電子漫画の流行であまり見なくなった見開き1コマ顔面アップみたいな箇所が何個もあって興奮した。盛り上がりがわかりやすいし、画力をものすごく感じた。
