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この仕事は向いていないけれど、この仕事をやるという話

〇「下の上」の仕事をやる人生


僕は事務職に従事している。
転職経験もあるが、転職する前も後も事務職である。

別に事務が好きなわけでもないし、得意なわけでもない。
むしろ、毎日のように

「この仕事向いてねえわ」

と実感しながら、苦痛に満ちた平日を送っている。

昇進したいとも思っていないし、仕事に誇りも持っていない。
安い給料のために、時間と労働力を差し出しているだけ。

自分が抱えるストレスの9割は仕事から発生するものであり、

「仕事さえなければもっと楽しく健康的に生きられるのに…」

と、仕事を恨む毎日だ。

「そんなに嫌なら転職すればいいのに」と言われることもあるのだが、僕はしばらくこの仕事を続けるつもりでいる。

なぜなら、
他の職種はもっと向いていないから
である。

もともと、僕には「やりたい仕事」というものがない。

たまにツイッターで仕事の愚痴を呟くと、

「人生の大半を仕事に費やすんだから、やりたいことをやればいいのに」

というような言葉を掛けられることがあるのだが、その「やりたいこと」がこの世に存在しないのだ。
僕がやりたいことと言えば、

  • 毎日夕方まで寝ていたい

  • たまに旅行に行きたい

  • 猫に顔を埋めたい

みたいな、“超プライベートの欲”しかない。
労働なんて、全て「やりたくない」のだ。

それならば、
気質的に向いている職種
で決めればいいのかもしれないが、それすらも思い浮かばない。

おそらく、「どの職種が向いている」という次元ではなく、労働自体が向いていないのだと思う。

特技も無いし、やりたいことも無い。
資格も運転免許くらいしか持っていないし、労働という行為自体に後ろ向き。

学生時代のアルバイトも含めて、仕事においてやりがいとか楽しさとかを、1秒たりとも感じたことがない。感じたことがあるのは、

「面倒」
「苦痛」
「早く帰りたい」
「休みたい」

というような気持ちのみだ。

ちなみに、事務職以外の職種について、なぜ自分に向いていないと考えるのか。
ザックリとした理由を以下に記す。

・物流⋯腰に爆弾を抱えているので厳しい
・製造⋯細かい作業が苦手なので厳しい
・小売⋯接客が苦痛なので厳しい
・清掃⋯家の掃除すら苦痛なので厳しい
・飲食⋯マルチタスクが苦手なので厳しい 
・営業⋯ノルマと人付き合いが厳しい
・土木、建設⋯腰爆弾で厳しい
・その他⋯激務とか、年齢的にもう遅いとか、思い浮かびすらしないとか、様々な理由で厳しい

⋯⋯このような状態である。

そもそも人としてどうなんだ。
というところは置いておいて、そういう人間なりに、妥協点を見出して、

  • 苦手の中では比較的できるかも

  • 嫌だけれど比較的休みが取りやすそう

という、「下の上」みたいな考え方で、今の仕事を選んで毎日働いているのである。

別に事務職を軽んじているとかではなく、自分なりの最善策が事務職だったわけだ。

もちろん、前述の職種をすべて実際にやってみたわけではない。
一部の職種はアルバイトで関わったことがあるものの、ほとんどの職種については「想像」で話をしている。
だから、見当違いのことを言っている可能性もある。

「実際に試してから言えよ」

という人もいるだろう。

おっしゃるとおり、「実際にやってみたら意外とできた」というものもあるのかもしれない。

ただ、今の社会でそんなに手あたり次第転職したら、それだけで採用されなくなる。

肝心の
「試す機会」が、ほとんど無い
のだ。

仮に試せたとして、今の事務職よりも向いている仕事には巡り合えなかったとする。

その際に、

「色々やってみたけれどダメでした。事務職に戻ります」

と言っても、そこにいるのは、
「異業種連続短期離職おじさん」
だ。

「そっか。じゃあ事務職に戻りなさい」

とはいかないだろう。

結局、
現状を維持するのがベター(ベストではないけれど)
ということになってしまうのである。 

〇「持たざる者」の生き方


ある歌手が、雑誌のインタビューでこんなことを言っているのを目にしたことがある。

「僕、社会不適合者なんですよ。だって、毎日会社に行って朝から晩まで働くとか、絶対にできないですもん。だから毎日働いている皆さんを本当に尊敬しています」

彼の言いたいことはよくわかる。

“自分には音楽しかない。一般的なサラリーマンがやっているようなことは総じて苦手だ。もし音楽が無かったら、自分はヤバかったよな”

そんな気持ちなのだろう。

でも、僕はその言葉を見た時に、

「あんまりそういうこというなよ…」

と、ちょっとイラっとしてしまったのだった。

だって、彼が言う
“毎日会社に行って朝から晩まで働いている人”
の中には、
毎日会社に行って朝から晩まで働いているっちゃ働いているけれど、実はもう気が狂う寸前
みたいな人がいっぱいいるのだ。

できれば今日にでも退職届を叩きつけたいけれど、毎日会社に行って朝から晩まで働く以外に生 存する方法がない
という人種だ。

僕を含めたそのような人々は、いわば
『音楽が無かった世界線の彼』
だ。

彼が、

「自分に音楽が無かったらヤバかったよな」

と思う、
その「ヤバかった状態」を、今まさに生きている
のである。

『音楽が無かった世界線の彼』
からみたら、
『音楽がある世界線の彼』
は、まぶしくて仕方ない。

そんな彼が

「僕、社会不適合者なんですよ」

なんて言っているのを目にしたら、ムキーッとなってしまうのである。


断っておくが、僕は今の自分の人生が嫌いではない。
仕事以外の場面では、すこぶる楽しいからだ。

でも、仕事の時間もそれなりに楽しく過ごせるのであれば、もっと嬉しい。

ただ、「持たざる者」が生きていくには、それは容易ではない。

この「持たざる」というのは、音楽やスポーツの才能のような、特別なものだけを指しているわけではない。

  • 気が進まない仕事でも楽しめるポイントを見つけて、何だかんだストレスを感じずにやれる力

  • リスクを負ってでもより良い環境を求められる力

  • 得意なことや好きなものを見つけられる力

  • 同じ職場の人たちと楽しくやれる力

みたいな、
仕事の時間に感じる苦痛を少なくできる能力
のことも指している。

僕には、これらどの能力も無い。

気が進まない仕事はいつまで経っても気が進まないままだし、あんまりリスクは負いたくない。
得意なことは見つかる兆しもないし、好きなことはたくさんあれど、“寝る”とか“ダラダラする”みたいに、仕事とは縁遠いものばかり。
おまけに、他人とはなるべく関わらずに生きていきたいという願望まである。

これでは、楽しく仕事なんてできるわけがないのだ。

でも、じゃあどうするんだといわれても、どうすることもできない。
だって、これらの能力って、
努力してどうこうできるものではない
と思うからだ。

ムカデが嫌いな人が、いくらムカデの良い面を見つけようと必死になっても、ムカデを好きになるのは無理だろう。

どんなに

「自分はムカデが好きだ」
「案外かわいいところもあるじゃん」

と言い聞かせようが、心の奥底から湧いてくる、本能的な嫌悪感には勝てまい。

同じように、
「苦痛」と感じている労働を、「苦痛ではない」と感じるようにするのは、容易ではない
のだ。

だから僕は、「持たざる者」として、これからも今までどおり「平日に耐えて、休日に楽しむ」という人生を送っていくのであろうと思う。

「仕事辞めてえなあ」と言いながら、なかなか辞められない人生。

周りの人や環境を変える能力も、変える気力もないくせに、矛盾点にばっかり気が付いて、不満を募らせる人生。

「やることやってさっさと帰ろう」と仕事をこなして、プライベートに全振りする人生。

「そんな人生嫌だ」

と思うだろうか。

いやいや、これが「持たざる者」なりの、良い人生なのだ。

幸いにも僕は、プライベートを楽しむ力については、「持つ者」側の人間である。

「暇な時間に何をすればいいのかわからない」「また休日を無駄に過ごしてしまった」

というような悩みと対峙する人も多いというが、そういう感覚とは無縁だ。

自分の時間があるだけ、自分の時間を楽しむことができる。

決して最高ではないけれど、良い人生なのだ。

だから僕は、今日も「下の上」の仕事に向かう。
次の休日を待ちわびながら。


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