10年前の私へ
10年前というと、長男がもうすぐ1歳になるね。
ハイハイしたり笑ったり、
かわいくて目が離せない時期だね。
でも同時に、周りに頼るのが申し訳ないからと
一人でなんでもやろうとして
いっぱいいっぱいになったり、
なんで旦那はもっと協力してくれないんだと
不満が出たりもしていた気がする。
それから10年、
本当にたくさんのことがある。
子どもを通してたくさんの人に出会って、
今住んでいるところが第二の故郷のようになる。
もうすぐ出会うママ友たちは、
子育ての一番大変な時を一緒に過ごした戦友になるから、
一つずつの出会いを大事にね。
もちろん合わない人からはすぐに離れた方がいいけど。
数年して新しい感染症が広がって、
人との交流を見直さなければならなくなる。
働き方や価値観も変わる。
ちょうど自分が社会に出てどう働こうかと考えているときに
これが起こる。
その結果、家にいながらできる仕事を選択することになるけど、
これは後々良い方向につながる。
自分の可能性を狭めない結果になる。
だから自分の直感を信じていくように。
今「直感て?」となったね。
直感。インスピレーション。
10年前の私は、
勝手に使ってはいるけどまだまだ
そちらの才能に気づいていなかった。
そういう世界があるとも知らなかった。
いや、あるのは感じていたけど、
言語化してラベリングできていなかったかんじかな。
何かに対処するときすぐに頭で考えて
場の最適解をたたき出すのは
あなたの才能だ。
それは認めるし、大いに役立つときが多い。
けれど、そればかりやっているせいで
あなたは6年後に身体を壊す。
自分の本来の望みより
周りにとっての一番ばかり取って
自分を犠牲にし続けた結果だ。
しかもそれは残念ながら自力では治らない。
誰かに助けを求めなければ治らない。
今思えば、これが私が初めて心から困って
「助けてください」
と言えた出来事だったかもしれない。
そして、この出来事があなたの価値観を
180度変える。
そこから世界の見え方が
天動説から地動説にかわるくらいの
変化を起こす。
目に見えないものが、確実にあると実感していく。
その過程に恐れも感じる。
けど、そうなることはどうやら初めから決まっていた。
そのための30年以上の伏線だった。
物語が始まる。
動き出してしまうから、その流れには逆らうな。
All is Well
これは真実だ。
最後に一つだけ。
10年前の私、
あなたは本当によく頑張っている。
それは誰が何と言おうと私が認める。
あなたの頑張りの上に今の私が立てている。
ありがとう。
だから、もっと楽にとか、
もっと頑張らなくてもいいんだよとか、
10年前の私に言ったとしてもその本質が
伝わらなさそうなことは言わない。
ただ、ひとつ。
今目の前にいる長男は10年後は10歳になる。
当たり前だと思うだろう。
でもそれは、想像であってそれがどういうことなのか
実際になってみないとわからないと思う。
長男は、とても賢い子に育っている。
クラスでも人気者、明るくて元気だ。
その姿がうれしい。
けど、10年前の長男ではなくなる。
私の姿が見えなくなると
この世の終わりのように泣くこともないし、
トイレも勝手に行くし、
ごはんも全部自分で食べる。
ひとりで電車に乗って塾に行くようになるし、
家にいても大半ゲームかyoutubeをしていて
私の方を見ることもない。
そう、子どもは育っていく。
だから1回でも多く
目の前の長男を抱きしめてほしい。
かわいがってほしい。
あの時は充分やったと。
ごはんをちゃんと用意しなくてもいいから、
掃除ができない日があってもいいから、
あの子の一番かわいいときを
どうか味わい尽くして。
今振り返ってもベストを尽くしたとは思う。
けど、もし10年前の私に何か
アドバイスができるなら
そう伝える。
