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「『ただいま』が言える日常の向こう側で」



Ⅰ.「死」は、すぐには理解できない

人の死を知ったとき、私はすぐには実感が湧かない。
どこかに行けば、また会えるのではないか。
そんな気がしてしまう。

でも、どこへ行っても、その人は現れない。
時間が経っても、ふとした瞬間に姿を探してしまう。
そしてその度に、いないという事実だけが静かに積み重なっていく。
そのときになって初めて、私は「死」というものを理解する。

もう会えない。
その言葉が、どれほど寂しいのか。
語彙では足りないほどの重さで、胸に落ちてくる。
だからこそ、人と出会えること自体が、どれほど貴重な経験なのかを思い知る。



Ⅱ.会えていた頃の自分と、会えなくなった時間

高校生の頃、私は人と会えていた。
友達を誘って水族館や映画館に行った。
話し始めると止まらないくらい、自然に笑い合える友達がいた。

けれど大学生になり、コロナ禍と私自身の鬱が重なり、人と会えなくなった。
人と一緒にいると、ミスの多い自分が迷惑をかけてしまう。
そう考えるようになり、独りを選び続けた。

その生活に慣れるにつれて、人とどう話していたのか分からなくなり、
頭が回らなくなったように感じることもあった。

あの時期の、
**「伝えたいのに言葉にならないもどかしさ」**
「社会から切り離されたような孤独感」
その感覚は、今になって振り返ると、
私と患者様を繋ぐ、目に見えない糸になっているのかもしれない。



Ⅲ.言葉が通じなくても、伝わるものがある

今年から言語聴覚士として、維持期で働くようになった。
言葉で意思疎通を取ることが難しい方と関わる中で、
私は表情や仕草、呼吸の変化から思いを汲み取ろうとするようになった。

最初は、どうすれば無理なくリハビリに取り組んでいただけるのか分からず、
拒否があった日は仕事の後もずっと後悔していた。
けれど先輩方の助言をもとに、声かけの仕方や脱感作を工夫することで、
少しずつ拒否は減っていった。



Ⅳ.不安の中で覚えた「判断する」ということ

報告の仕方も分からず、
37.5度に満たない体温でも不安で報告していた頃がある。
患者様の命を預かっているという重圧に、
当時は押しつぶされそうだった。

今は「この方は熱がこもりやすい」と状況として捉え、
布団や衣服を調整しようと思えるようになった。
経験を通して、少しずつ見えるものが増えてきた。


Ⅴ.維持期という場所で問われているもの

職場では、結婚し、母となった同年代の方と一緒に働いている。
育休や産休に入る先輩、新しい道へ進む方もいる。
その中で、仕事は人の人生の節目を応援する場面があるのだと初めて知った。

維持期という、劇的な変化が見えにくい時期だからこそ、
数値化できない「表情の明るさ」や「穏やかな呼吸」に価値を見出したい。
機能の回復だけがリハビリではない。
その人がその人として、今日という日を肯定できること。



Ⅵ.患者様の死と向き合った日

実際に、担当していた患者様の死を経験した。
その日は胸が痛く、泣きそうな感情を抑えながらリハビリを行った。

維持期には、ご高齢の方だけでなく、
両親と同じくらいの年齢の方、私と同世代、年下の方もいる。
事故や遺伝性疾患、進行性疾患によって、
若くして入院されている方も少なくない。

今、自分が生きていることは、決して当たり前ではないのだと、
日々突きつけられている。



Ⅶ.生きようとする力に、圧倒される

酸素や人工呼吸器がつき、体温調節が難しく、
自発的に動くことがほとんどできなくなっても、
それでも私たちの声に耳を傾け、ラジオや音楽に反応される方がいる。

一分一秒をつなぐように、生きることを諦めずに続けている姿に、
私は圧倒された。
努力という言葉では、足りなかった。

生きることは当たり前ではない、その事を痛感した。


Ⅷ.「食べる」ことが当たり前ではないと知った瞬間

私が担当している患者様の中には、年齢に関わらず、
嚥下の安全面から誤嚥性肺炎を予防するため、
リハビリの時間にゼリーを「楽しみ」として摂取されている方がいる。

辛い吸引や誤嚥のリスクを抱えながら、
「食べる」という行為を慎重に、大切に続けている。

同じ年代の人たちが何気なく固形物を口にしている中で、
その姿を思い浮かべたとき、
今、食べることができていることも、
決して当たり前ではないのだと気づいた。



Ⅸ.あり得たかもしれない別の未来

もし事故や病気がなければ、
今頃は家族と食卓を囲み、
玄関を開けて「ただいま」と言っていた日常があったかもしれない。

そんな「あり得たかもしれない別の未来」に、
思いを馳せずにはいられない。

その想像力こそが、
私をただの作業としてのリハビリではなく、
心を通わせるリハビリへと向かわせてくれるのだと思う。

だからこそ私は、
入院されている患者様が落ち込まないように、
少しでも笑顔になっていただけるようなリハビリができるようになりたい。

不安に耳を傾け、
その人らしい楽しい時間を過ごせたと感じてもらえる、
そんなセラピストでありたい。



Ⅹ.今日を大切に生きるという選択

夜眠る前、
今日一日、事故も病気もなく終えられたこと、
自分自身や大切な人たちが無事であることに、
感謝して眠りたいと思うようになった。

「死」は、いつ訪れるか分からない。
だからこそ、30歳という区切りを待たず、
今この瞬間から感謝を伝えていきたい。

患者様が見せてくれた「生きる力」に恥じないよう、
私も自分の人生を、
そして大切な人たちとの時間を、
手放さずに抱きしめていこうと思う。

人の死と、生きようとする力の両方に触れながら、
私は今日も、この場所で人と関わっている。


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