映画『国宝』×小説『国宝』/ 孤高の芸と、人に育てられた人生
「あんな風には生きられねぇな」
映画『国宝』のなかで、興行会社の社員竹野は、
喜久雄の生き方を、こう評する。
歌舞伎の名門の血筋ではない者が、
一流の女形として大成する物語。
それを実現するには、果たして、
どれだけの熱量が必要なのか。
映像を通して魅せたのが、
映画『国宝』だったように思う。
画面から伝わるもの
歌舞伎のサラブレッドである俊介と一緒に
厳しい稽古を受けるのだが、
それにしても、ふたりは相当に歌舞伎が好きだ。
学校帰りに河原で木の枝を持って自主練する様子は
まことに微笑ましい。
舞台の演目シーンは艶やかで、完成度が高く、
その裏にある、役者たちが登場人物になるために
積み重ねた鍛錬と試行錯誤がずっしりと感じられる。
画面からも明らかに見える圧倒的な熱量が、
大きな見ごたえとなっている。
喜久雄という人
芸に魅入られた者にとっては、何をおいても
芸が一番。
人を愛するということも、芸の前では
二の次になってしまうのかもしれない。
「どこ見てんのよ」
妻、彰子は言い放つ。
それに対して、謝罪するでも、妻の後を追いかけるでもなく、
芸に対するどうしようもない思いを吐露するかのように、
喜久雄は、漂い、踊り始める。
現実と非現実のあわいのような薄暮のなか、
絶望的で、かつ甘美でもあるこのシーンは
喜久雄という人の本質を現わしていた。
救いのある終わり
最後、人間国宝となった喜久雄の前に、
藤駒との間の娘がカメラマンとなって現れる。
芸術という広い意味では同じ分野で、
一人前となった娘には、
父の思いや努力を推し量るだけの下地が
できているだろう。
「あなたは周りのたくさんの人を傷つけてきた」
と非難すれども、賞賛を送る姿は、
主人公の生き様を受け入れ、映画を希望ある明るいものにしていた。
現代のスター像
映画での喜久雄像は、
どこか人を寄せ付けない孤高を醸し出していた。
言ってみれば、
舞台上の役者と観客くらいの距離感があっただろうか。
これは、人とのつながりが希薄になった
現代の感覚にあったスター像なのかもしれない。
小説『国宝』
それに対して、
遅れて、小説『国宝』を読んだのだが、印象がまるで違った。
登場人物が多く、一人ひとりの描写がこまやかであり、
人たちの思いのなかで、主人公喜久雄は、
育てられて昇りつめていった。
言ってみれば、少し前には残っていた
人情の厚さが描かれていた。
「ミミズクは恩を忘れない」ことから
喜久雄は背中にミミズクの入れ墨を彫っているが、
それとよい意味で呼応していた。
主人公を助ける登場人物
冒頭、料亭の舞台での相手役をつとめる徳次。
彼は、喜久雄に深い恩義を感じていて、
喜久雄の娘、綾乃を身をもって助ける。
中学の体育教師の尾崎は、
喜久雄の背中の彫り物が、高校で問題になった時に、
長崎から大阪にまで来て、助けようとする。
未亡人となった母、マツは、女中として働きながらも
仕送りを続けており、
二代目半次郎は、その送られてきたお金を使わないで、
とっておき、喜久雄に渡す。
これらの人々の思いの上で、喜久雄は一人前になっていくのだ。
注目の人物たち
その他、登場人物について、
小説での読みどころといえば、
父を殺した犯人からの告白があるところだ。
喜久雄は父の命を奪われたことをきっかけに、
歌舞伎の世界に入る。
当時は敵討ちを実行に移すほどの憎しみに燃えていた心も
芸の世界に魅せられ、磨き上げてきた時にあっては、
だいぶ大きく変わっていた。
喜久雄の返答にも、注目してほしい。
小説では、二代目半次郎が亡くなった後の丹波屋の女将さん、
幸子の様子も詳しく描かれる。
そして、その座は春江が継ぎ、
家を守るために、ある行動に出るのだが、
これは、個人的には、思いのほか頼もしく感じた。
語り部について
人間という文字の通り、人の間で
主人公が育つことを伝えているのが、小説『国宝』だった。
小説では、
「です・ます」調の語り部が物語の進行をしている。
緩やかな語り口から余裕が生まれ、
主人公を見守るような効果を出していたように思う。
見守る人々
圧倒的な才能を持って、芸を磨き上げてきた喜久雄。
彼の目が変わり、
舞台が終わっても、決して幕の下りない、
桜や雪の舞う美しい世界に生きていく様子が描かれる。
「気づいているのはおまえだけじゃねえな?」
「彰子さんも、お前の母ちゃん(春江)も知ってんだな」
異変に気がついた興行会社の竹野は、丹波屋の跡取り息子、
一豊に問いただす。
〈小さな水槽に入れられた錦鯉〉だった喜久雄は
〈澄み切った川〉に自由に泳ぎだしていく。
舞台の上という幸福でいられる時間のまま、
現実と非現実のあわいをいく
悲しくも美しい結末を私たちは見守ることになるのである。
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