「子育ての正解」
「〇〇したら子どもがこんなにうまく育ちました!」
SNSを開けばそんなポストがたくさんの「いいね」を集めて絶賛されているのを目にします。
それを見るたびに胸がチクリと痛む。
「うちもそう育てなきゃ」と焦る。
まるで子育ての正解を見つけたような気になってさっそく我が子に試してみる。
でも実際にはうまくいかない。
そうなると今度は「正解の方法でやっているのにどうして?」と原因探しが始まります。
うまくいかない我が子を責める。
思い通りにできない自分を責める。
自己嫌悪のループにぐるぐると嵌まってしまう……
実は昔々の僕も少しそんなスランプに陥っていた時期がありました。
特に子育てを始めてまだ数年の若い頃です。
大好きなこの子に失敗したくなくて。
すくすく元気にいい子に育ってほしくて。
ちゃんとした親になりたくて。
なるべく効果的で効率的で合理的な子育ての方法ばかりを追い求めていました。
あれから10年。
今の僕はスマホの画面に流れてくるそんな「正解のポスト」を☺️←こんな顔でそっとスルーしています。笑
きょうだいであっても人間はこんなに違う
3人の子どもたちを育てていて本当にしみじみと思うのです。
「人間ってなんて個性豊かで一人ひとり違うんだろう」
それは同じ血を分けたきょうだいであっても例外ではありません。
たとえば我が家の子どもたちの「食」に関する個性を見てみてください。
長女
好き嫌いは少なめだけど味の濃いものが苦手。
たらこが大好きでなぜかお菓子の好き嫌いは激しい。
基本はパクパク食べるタイプ。
ヨーグルトは大好きだけどバナナは苦手。
長男
ブロッコリー以外の野菜がとにかく苦手。
特にトマトは大敵。
マヨネーズやドレッシングも受け付けない。
渋いことにひじき納豆高野豆腐が大好き。
ヨーグルトは苦手だけどバナナは大好き。
綺麗好き。
そして「立ち歩き癖」があり彼が生まれてから僕は「座って食べようね」と10億回は言ってきた気がします。
次男
苦手な食べ物は3人の中で一番多い。
けれどなぜかトマトと玉ねぎだけは大好物。
食べこぼしの量は圧倒的。
いまだに手づかみで食べることも。
服で納豆のネバネバを拭いても全く気にしないワイルドなタイプ。
ヨーグルトもバナナも大好き。
……どうでしょうか。
同じ環境で育っていてもこれだけ違うんです。
だから今の僕は半分はもう自動的に、子によって対応をグラデーションのように変えています。
もちろん年齢の階段を上るにつれて関わり方も変わってきています。
想像以上に大きい「個人差」と即効性の罠
ある程度子育てというカオスに向き合ってきて思うのは
「個人差というのは大人が想像しているよりも遥かに大きい」
ということです。
これだけ一人ひとり違うのですから「誰にでも当てはまる絶対的な正解の関わり方」なんてそもそも存在しないんですよね。
よその子とうちの子が違うのは当たり前。
親の性格も違えば家庭の状況だって千差万別です。
それからもうひとつ忘れてはいけない大切なことがあります。
それは
「そのときに即効性のあるハウツーには長期的に見ると大きなデメリットを孕んでいるものもある」
ということです。
たとえば子どもを過度にコントロールするような「マルトリートメント(不適切な養育)」に近い育て方はその典型です。
例外を一切許さない。
徹底されすぎた毅然とした態度。
それは一見すると子どもを「コントロール」できているように見えるかもしれません。
しかし長期的に見れば子どもの安全感や安心感を奪ってしまうことになります。
僕は、心理学の視点から子育てにおいて何より大切なのは「アタッチメント(愛着)」だと考えています。
ここを傷つけるようなアプローチは、たとえ一時的に「テストの点が良くなる」「足が速くなる」「表彰される」といった目に見える効果があったとしてもそんなメリットがすべて吹き飛んでしまうくらい将来的にその人が不幸になるリスクを孕んでいると思っています。
迷える日々のための我が家の「最適解」
では溢れる情報の中でどう進んでいけばいいのか。
僕がおすすめしたい最適解はとてもシンプルです。
基本は「うちはうち よそはよそ」の精神。
その上でどこかで仕入れてきたハウツーを「試してみたいな」と思ったら実験気分でやってみればいいのです。
子育てという愛おしいカオスの中で
いろいろ試してみる。
そして「目の前のこの子に合っていて役に立ちそうな方法」が見つかったらそれを細く長く継続してみる。
それくらいの手探り感でちょうどいいのだと思います。
ただし先ほど触れた「明らかな不正解(マルトリートメント)」については事前によく学んでおく必要があります。
子育てに正解はありません。
でも「子どもの心や脳を傷つけるような養育態度」という明確な不正解は存在する
というのが僕のスタンスです。
そこだけをしっかり押さえた上であとは大いに試行錯誤しましょう。
使えそうなら少しアレンジを加えたりして、手に馴染む「自分の工夫」のレパートリーに加えていく。
もし試した方法がうまく機能しなかったとしてもあなたやあなたのお子さんがダメなわけでは決してありません。
ただその方法が「今のあなたとあなたのお子さんに合わなかっただけ」
「じゃあ次は別の方法を探してみよう」と軽やかに次へ進めばいいのです。
正解を探すより横に並んで同じ世界をみる
効率的なハウツーを追い求めるよりもっとずっと大切で愛おしい時間があります。
目の前の子どもが自分の頭と心と目と耳と体を使って
「今 何を感じているのかな?」
「どんな経験をしているんだろう?」
「どんな世界をどんなふうに体験しているのかな?」
そんなふうに子どもが捉えた世界を横からあるいは後ろから一緒にじっくりと眺めてみる。
想像して気持ちを言葉にして通じ合わせていく。
そうした「今 ここ」の関わりを積み重ねていくことこそが振り返ったときに親子の宝物になるのではないかなと思っています。
これもまたひとつの「正解」というわけではありません。
けれど僕は3人の子どもたちとそんな時間を過ごすことができて今「本当によかったなぁ」と心から思っています。
