【第9話】兄は、玄関に椅子を置いた


玄関に、
椅子が置かれるようになりました。

最初は、
ただ「座っているだけ」でした。

出かける時、
帰ってきた時。
兄はそこに座っている。

何をしているわけでもなく、
ただ、座っている。

テレビも見ない。
本も読まない。
ただ、
玄関に座っている。

最初は
「なんでこんなところに?」
くらいに思っていました。

でも、
だんだんと違和感に変わっていきます。

立っている姿を、
あまり見なくなりました。

朝も。
昼も。
夜も。
気づけば、
同じ椅子に座っている。

家の中に入ると、
まず兄の背中が見える。

玄関に、
ずっといる。

それが
“当たり前”になっていきました。

当時は、
深く考えていませんでした。
ただ、
なんとなく嫌だなと。

でも今思うと、
あの椅子は
始まりだったのかもしれません。

少しずつ、
動かなくなっていった。

この頃から、
兄の時間だけが、
止まり始めていたのかもしれません。

次は、
床に残る“足跡”の話です。

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