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1986年 春─ハイドライドとドラクエの間で、僕は“物語”に出会った

中学を卒業した春、新作の『ハイドライド3』を手に入れた。
あの草むらで死にまくった初代からずいぶん進化していて、グラフィックも音も複雑さも増していたけれど、根っこのところは変わっていなかった。

油断すれば死ぬし、回復には立ち止まるしかない。
慎重さと学習がすべてで、間違えばすぐにやり直し。

中学の終わりにふさわしい、ちょっと苦くて、でもクセになるようなゲームだった。

そんな中、1986年の5月。
高校に入って間もない頃に『ドラゴンクエスト』が発売された。

並ぶのが当たり前だった時代に、僕は並ばずに買えた。
なぜなら、うちの近所の化粧品屋に売っていたからだ。

なぜ化粧品屋に?と今でも思うけれど、当時はそんなことより早くプレイしたくて、袋をぶら下げて急いで帰ったのを覚えている。

高校は男子校で、正直、最悪の気持ちだった。
女子がいない。教室は汗と声変わりの匂いでむせ返っていた。

そんな中で、RPGの中だけは女子と会えた。
姫がいて、村娘がいて、話しかければ返事が返ってくる。

体当たりじゃない。コマンドで話す。選ぶ。泊まる。
しかも絵が出る。鳥山明が描いたスライムが、画面の中でぬるっと動いている。

これはもう、ゲームじゃない。冒険だと思った。

そのときふと、ポートピアを思い出した。
あの『ポートピア連続殺人事件』で、僕は初めて「ゲームで物語を動かせる」と感じた。

話しかける、調べる、移動する。
あのコマンドたちが、今度はファンタジーの世界で生きていた。

しかも、ハイドライドで覚えた“レベルを上げて強くなる”という感覚まで合体している。

ポートピアで“話しかける”ことを覚え、
ハイドライドで“成長する”ことを知った。

そのふたつが合わさったとき、
ドラゴンクエストという“旅”が始まった。

これは偶然じゃない。誰かが設計していた。
その名は、堀井雄二。

彼のすごさは、ジャンルをつなぐ編集力にある。
アドベンチャーとRPGを違和感なく融合させ、
「話す」「調べる」「戦う」「育てる」が自然に並ぶ設計をつくった。

しかも、プレイヤーの感情を先回りする構成力がある。
最初のスライム、最初の宿屋、最初のレベルアップ。
すべてが“気持ちよく”配置されていた。

そして何より、ゲームを“物語”に変えた思想がある。
「ゲームは物語になれる」と信じていた人が、
それを誰にでも届く形にした。

中学を卒業したとき、ゲームも進化していた。
自分が成長するように、ゲームも“旅”になっていた。

あのとき堀井雄二が描いた地図の先を、僕らはいまも歩いている。
女子のいない教室で、僕はRPGの中に“会話”と“物語”と“出会い”を探していたのかもしれない。

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