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1997年、壊れた夏の底で出会った静かな未来の話

1997年の夏、社会全体は静かに軋みながら前に進んでいた。
表面上は日常が維持されているのに、その内部では何かが確実に歪み続けている。
誰もそれを明確に言葉にはしないが、街の空気の中にはその気配が沈殿していた。

山一證券の破綻が現実味を帯び、銀行の不良債権問題が連日報じられる中で、これまで絶対だと思われていた企業や組織の安定が、音もなく崩れ始めていた。
それは崩壊というより、「前提が少しずつ外れていく感覚」に近いものだった。

電車の中の沈黙、コンビニの蛍光灯の白さ、
レジに並ぶ人間の視線。
そのどれもがどこか疲れていて、同じ方向を見ていない。
ほんのわずかなズレが、空間全体に広がっていた。

バブル崩壊から数年が経ち、「回復」という言葉だけが先行し、実感のないまま時間だけが進んでいく。
その間にも人間の表情だけが確実に変わっていく。
その変化が、時代の温度をゆっくりと下げていた。

テレビでは『ビーチボーイズ』が流れていた。
湘南の海、強い日差し、何も考えずに笑っていられる時間。
そこには現実とは異なる軽さがあったが、
その軽さは逃避であるがゆえに強く輝いていた。
湿った現実から一時的に切り離されるための、
乾いた風のようなものだった。

映画館では『もののけ姫』が公開され、人と自然の断絶と共存の不可能性を突きつけていた。
そこに描かれていたのは善悪ではなく、立場の衝突であり、どこにも回収されない均衡だった。
そして世界では『タイタニック』が巨大な悲劇とロマンスを携え、人々を飲み込もうとしていた。崩れていくものに対する感受性が、この時代には確実に存在していた。

その空気の中で、自分の生活も同じように歪んでいた。
朝4時に出社し夕方に終わる生活は単純に見えて、実際には睡眠を削り続けることでしか成立しない不自然なリズムだった。
身体は常に重く、疲労は抜けず、思考は鈍り、
季節の感覚すら薄れていく。
夏であるという実感も、ただの気温としてしか認識できなかった。

職場にはパワハラとモラハラが構造として存在していた。
誰かが怒鳴り、誰かが耐え、その圧が別の誰かへと流れていく。
理不尽だと感じる余裕すらなく、それを受け入れることでしかその場にいられなかった。
そこに親からの圧も重なり、期待と支配の境界が曖昧なまま、「逃げ場がない」という感覚だけが強くなっていく。
仕事も家庭も人間関係も、すべてが同じ方向から押し寄せてくるようだった。

そんな中で、S香ちゃんとの距離は少しずつ開いていった。
自分はただ静かな場所を求めていた。
何も起こらない時間、誰にも干渉されない空間、身体と心を休められる場所。
それだけが必要だった。

だが彼女は違った。
夜の街へ向かい、人と繋がり、騒ぎ、笑い、
その中で自分の存在を確かめていた。
どちらが間違っているわけでもない。
ただ、生きている時間の速度が違っていた。1997年の若者文化はまだ夜の熱を信じていた。クラブもカラオケもネオンも、未来の不安を忘れるために強く光っていた。
しかし自分にはその光が眩しすぎた。
目を細めても、慣れることはなかった。

喧嘩はなかった。決定的な出来事もなかった。
ただある日、彼女はいなくなった。
荷物は自分のいない時間に取りに来ると言われ、その通りに部屋からすべてが消えていた。
痕跡だけが綺麗に抜き取られた空間が残っていた。

不思議と強い悲しみはなかった。
それは冷たさではなく、防御だったのだと思う。これ以上壊れないために、感情の回路を自分で遮断していた。
「もう誰も好きにならない」と思ったのは、
恋愛に疲れたからではなく、人間そのものに疲れていたからだった。

その後は得意先のスーパーの若い連中と朝まで飲み歩き、ボウリングやビリヤードをし、
ナンパをし、笑い続けた。
しかしどれだけ騒いでも何も残らなかった。
すべてが麻酔だった。
時間をやり過ごすための行為でしかなく、
何かを積み上げるものではなかった。
楽しさは確かにあったが、それは持続しない種類のものだった。
自分は結婚などしてはいけない人間だと、
本気で思っていた。

そんなある日、配達先のスーパーで同い年の主任・M本と缶コーヒーを飲みながら話していた。特別に仲がいいわけではないが、無理をしなくていい距離の男だった。
そのとき彼が言った。
「うちにすごく面白い女の子がいるんだ。
今度一緒に飲まないか」。

興味はなかった。
もうそういうものに関わる気はなかった。
断った。
それでも別の店舗に行くたびに同じ女の子の話を聞かされた。
「可愛いけど変わってる」「誰にもなびかない」
「お前なら合う」。偶然にしては出来すぎていた。まるでどこかで流れが決まっているかのようだった。

結局、M本が飲み会をセッティングし、自分はその女の子の隣に座らされた。
しかし彼女は完全に黙っていた。
会社では明るいと聞いていたその人物は、
自分の横に来た瞬間に口を閉ざし、
目も合わせず、話しかけても反応しなかった。

奇妙だったが、どうでもよかった。
むしろその距離の方が楽だった。
飲み会は何も起こらないまま終わった。

数日後、M本から電話が来た。
「明日休みだろ?用事ある?」軽く飲みに行くつもりで答えると、
「あの子とデートしてくれ」と言われた。
意味が分からず断ったが、「あの子がお前と会いたいって言ってる。
お前じゃないと駄目な子なんだ」と言い切られた。
その言葉には妙な確信があった。

仕方なく了承し、指定された場所に行くと彼女が一人で待っていた。
前回無視された相手だったが、理由は分からなかった。
車に乗せても彼女は何も話さない。
沈黙が続き、仕方なくこちらから話を振ると、
彼女はY口の田舎出身で広島の事だけで無く都会をよく知らないと言った。

それだけを手がかりにイタリアンに入り、カルボナーラを頼んであげた。
彼女は一口食べて、「こんな美味しいものが世の中にあるなんて」と言った。
その言葉は作られたものではなく、本当にそう感じている顔だった。

その瞬間、胸の奥の何かがわずかに緩んだ。
それは恋愛ではなかった。
凍っていた感情の一部が、ほんの少しだけ解けた感覚だった。

食事を終え、彼女を送り、自分も帰った。
それだけの一日だった。
何も起こっていないに等しい時間。
しかし数日後、「またどこかに連れて行ってほしい」と連絡が来た。

それでも自分は変わっていなかった。
彼女にするつもりはなかった。
もう痛みを繰り返したくなかった。
だから「彼女を作る気はない」と伝えた。
それでも会う約束をした。
その判断の理由は今でも分からない。
ただ、そのときの自分が壊れかけていたことだけは確かだった。

恋愛も、人間関係も、仕事も、社会も、すべてが重く、鈍く、方向を失っていた。
だがその状態の中で、人生は静かに次の扉を開いていた。
大きな音もなく、劇的でもなく、ほとんど気づかれない形で。

自分が気づかないところで誰かが自分を必要としていて、自分もまた知らないうちに誰かを必要としていた。
あの沈黙の車内、言葉の少ない時間、その中にすでに始まりはあった。

後に30年連れ添うことになるその関係は、
情熱でも衝撃でもなく、ほとんど無音に近い形で始まっていた。
1997年の夏から秋にかけて、自分は確実に壊れかけていた。
しかし同時に、人生はそのひび割れの隙間から、次の光を差し込ませていた。

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nao46222 チップをありがとうございます。 そのまま宝にしておきます。^_^