『冷蔵庫には俺の好物を入れるな』ep2「プリンは地下で取引される」
深夜0時。
俺は兄貴の運転するボロいワゴン車に揺られていた。
「なあ、本当に行くん?」
助手席で聞くと、
兄貴は片手でハンドルを回しながら言った。
「もう後戻りはできない」
「プリンで?」
「プリンだからだ」
意味が分からない。
後部座席には、黒スーツの女――椿さんが座っている。
表情はずっと無。
まるで感情を冷凍保存してるみたいな人だった。
「目的地まであと五分です」
「どこ向かってんの?」
「大阪湾倉庫地区」
嫌な予感しかしない。
「今夜、“カスタード”の取引が行われます」
「プリンを?」
「はい」
「真顔で言うな怖い」
兄貴は静かに煙草をくわえた。
火はつけない。
車内禁煙だからだ。
そこだけ妙に常識人だった。
「海斗」
「ん?」
「覚えとけ」
兄貴は前を見たまま言う。
「高級プリンは、人を狂わせる」
「もう狂ってる人が横におる」
車は古びた倉庫街へ入っていく。
海風が強い。
遠くでコンテナが軋む音がした。
そして、
一つの倉庫の前で車が止まる。
扉には大きく数字。
【07】
椿さんが小声で言った。
「ここです」
兄貴は車を降りる。
俺も仕方なく続いた。
倉庫の前には、
サングラスをかけた男たち。
どう見てもヤバい。
その中心にいたスキンヘッドの男が、
俺たちを見て笑った。
「へぇ……来たか。“冷蔵庫の悪魔”」
俺は兄貴を見る。
「なんその物騒な二つ名」
兄貴は無視した。
スキンヘッド男は続ける。
「神崎蓮司。あんたが動くとはな」
「プリンを独占する奴は嫌いでね」
「綺麗事か?」
「食い物の恨みだ」
兄貴の方が怖かった。
男はニヤつきながら、後ろのケースを開ける。
そこには大量の瓶入りプリン。
黄金色。
艶。
照明だけで分かる。
絶対うまいやつ。
「北海道限定、“神眠プリン”」
椿さんが息を呑む。
「市場未流通品……!」
兄貴の目が細くなる。
「なるほど。こいつはヤバい」
「そんなに美味いん?」
俺が聞いた瞬間だった。
男たちが一斉に銃を抜く。
「動くな」
「え?」
「このプリンは“カスタード”の商品だ」
空気が凍る。
俺、普通の大学生なんやけど?
兄貴は小さく笑った。
「やっぱこうなるか」
「慣れてる感じ出すな!」
その瞬間。
兄貴が動いた。
テーブルを蹴り飛ばす。
プリンケースが宙を舞う。
「うわぁぁぁぁ!!」
瓶プリンが空中回転。
だが兄貴は、
そのうち一個だけを完璧にキャッチした。
「まずは確保」
「何しとんねん!!」
銃声。
怒号。
割れる瓶。
倉庫は一瞬で地獄になった。
兄貴はプリンを片手に走る。
「海斗!」
「なん!?」
「逃げながら食え!」
「こんな状況で!?」
兄貴はスプーンを投げてきた。
反射的に受け取る。
「味を覚えろ!」
意味不明すぎる。
でも、
震える手でプリンを口に入れた瞬間――
世界が止まった。
「……っ!?」
濃厚。
なのに消える。
甘いのに重くない。
舌に乗せた瞬間、
全部溶けた。
「なにこれ……」
兄貴がニヤッと笑う。
「だから言っただろ」
背後で爆音。
「高級プリンは、人を狂わせる」
その時だった。
倉庫の奥。
暗闇の中から、
ゆっくり拍手する音が聞こえた。
パチ、パチ、パチ――。
「素晴らしい」
低い男の声。
全員が動きを止める。
暗闇から現れたのは、
白いスーツを着た細身の男だった。
そして胸元には、
金色のプリンバッジ。
椿さんの顔色が変わる。
「まさか……幹部……!」
男は笑う。
「初めまして。“カスタード”幹部、四條ミツルです」
その男は静かに言った。
「ようこそ、“プリン戦争”へ」
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