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ハリウッド女優の髪を切って5000ドル。それでも、ヴィダル・サスーンは技術を公開した


ハリウッド女優の髪を切って5000ドル。
サスーンの技術には
それだけの価値があると認められていた。

普通なら、カリスマ美容師として
引っ張りだこで安泰だと思う。

でも、彼はそこで満足しなかった。

その技術を隠さず公開したのだ。

オンリーワンの技術を公開するなんて
普通に考えれば損でしかない。

誰かにマネされたら
オリジナルではなくなるし
『サスーンじゃなくてもいい』
と思われるかもしれない。

でも、彼は違った。

自分の技術を教えるために
サスーン・アカデミーという
学校を設立したのだ。

5000ドルは、突然生まれた評価ではない

サスーンがハリウッドで
突然評価されたわけではない。

その前から、
彼はロンドンで実績を積み重ねていた。

中でも大きかったのが
ミニスカートで知られるファッションデザイナー
マリー・クワントとの出会いだった。

当時の女性の髪型は、ローラーで髪を巻き
逆毛を立て、スプレーで固めるものが主流だった。

美容室できれいにセットしてもらっても
その形を保つには手間がかかる。

一方、彼女がつくったのは
ミニスカートに代表される
女性が自由に動ける服だった。

2人に共通するのは
ファッションとヘアスタイルを通して
『女性を不自由な束縛から解放すること』
だった。

そして2人でつくったスタイルは雑誌や
ファッションショーを通して広まり
1960年代のロンドンを象徴するものになっていった。

ミア・ファローの髪を切るために
ハリウッドへ招かれ、5000ドルを受け取ったのは
その積み重ねの先にある話だった。

職人技を、学校で学べる技術に変えた

当時の美容師は、サロンに見習いとして入り
先輩の下で長い時間をかけて技術を身につけていた。

サスーンも14歳で見習いとして働き始め
その後、当時のカリスマ美容師の下で修業している。

ただ、そこで受け継がれる技術は
教える人の経験や感覚に頼る部分が大きかった。

学ぶにしても、弟子入して長い時間をかけて
修業した一部の人に限られていた。

でも彼は、自分の技術を全て体系化、言語化して
学校で学べるものに変えた。

サスーンが変えたのは、髪型だけではなかった

アカデミー理論と技術を学べば
サスーン本人でなくても
彼と同じことが再現できるようになる。

これは単に、技術を公開したという話ではなく
『言語化して体系化したということだ。』

また、サスーンが変えたかったのは
髪型だけではなかった。

美容師という仕事の印象も変えようとしていた。

髪を巻いて固めるだけではなく
骨格や角度、髪の動きを考えて形をつくる。

そして、その技術を理論として学べるようにする。

結果として美容師は感覚だけで仕事をする人ではなく
専門的な知識と技術を持つ職業なのだと示した。

自分1人が有名になるだけでは
美容師という仕事の価値までは変えられない。

世界中の美容師が同じ理論を学び
その技術を使うようになって
初めて業界全体が変わる。

そのためには、数人の弟子を
育てるだけでは足りなかったのだ。

技術を、何度でも売れる商品に変えた

もちろん、これは信念だけで終わる話ではない。
技術を教えれば、自分の技を使える美容師が増えるが
彼は自分の名前を使って店舗を出すことを
許す代わりに、のれん代をもらってた。

サスーン1人しか使えない技術であれば
1馬力で稼ぐしかない。

でも、技術を体系化して学ぶために
お金を払うようにすればもっと稼げる。
そしてその学校をたくさん作れば
更に稼げるようになる。

その結果『vidal sassoon』の名前は
世界に広まっていき

サロン、アカデミー、ヘアケア製品と
広がっていき、世界的なブランドへと成長した。

サスーンは、自分だけが稼げる職人技を手放した。

その代わりに、自分の技術が世界中へ
広がっていく仕組みを手に入れたのだ。

個人で稼ぐなら、何を学べるのか

僕は個人で稼ぐなら、人にはない特別なものを見つけ
それをマネされないように
守らなければならないと思っていた。

でも、サスーンがやったことは逆だった。

自分の経験や感覚を言葉にして
他の人も使える形にした。

ただし、最初から立派なテンプレを
作ったわけではない。

ロンドンで店を開き試行錯誤を重ね
マリー・クワントと組むことで
自分の技術が何を変えられるのかを見せた。

その実績があったからこそ
ハリウッドに招待されたし
技術を教えることにも価値が生まれた。

サスーンが本当に成し遂げたのは
5000ドルで女優の髪を切ったことではない。

自分にしかできなかった仕事を
他の人も学べる形に変えたことだった。

個人で稼ぐために、誰にもマネできない
特別な才能は必ずしも必要ではない。

大切なのは、自分が経験してきたことを
言葉にして、他の人も使えるようにすることだと思う。


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