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覚悟をしてやめること、捨てること (その2)

最近よく考えることは、注意していないと心の中に湧いてくる雑草のようなものがある、ということ。それは、「差別感情」や「人種差別」だ。それは、本当にいろいろな形で湧いてくる。

わかりやすい「人種差別」についての実例をあげると、英国では、ウェスト・インディー(カリビアン系・ブラック系)コミュニティーや、イスラム教徒で、地方貧困層に多いパキスタン系コミュニティなどが「パブリック・エナミー(庶民の敵)」、つまりは典型的な人種差別対象だとみなされている。ロンドンでナイフ犯罪が増加すると、すぐにウェスト・インディーのギャング・カルチャーが槍玉にあげられる。

確かに、そのコミュニティー内では、母子家庭の割合が、他に比べると格段に高く、「父親のいない」貧困家庭で育った若者たちが、父親像を求めて暴力的なギャングの一員になっていく、と英国メディアは報道する。

また、貧困から逃れるため英国に移住してきたパキスタン系経済移民のコミュニティなども、イスラム系テロリズムに関与する「胡散臭い」人たちとしてとりあげられている。

ドイツでも同じようなパブリック・エナミー・コミュニティーが存在する。だが、興味深いことに、同じ欧州内でありながら、対象が若干英国と異なっている。上述のイスラム系移民に関しては、状況はやや似ているものの、ドイツには一切ウェスト・インディー系コミュニティは存在しない。これは、大英帝国の歴史のある英国ならでは、だ。

ドイツでは、その代わりに、戦後に労働力増加のための移民方針の一環として、大量に国内流れ込んできたトルコ系移民コミュニティがよく槍玉にあげられている。これは、英国のウェスト・インディー系移民と非常に背景が似ている。彼らもまた、英国で戦後労働力増加のための方針として、元植民地であったカリブ諸島から大量に流れ込んできた人たちだ。彼らの1世のほとんどが、移民先の労働力だった。

まず注目したいのは、現地メディアで映されている彼らの姿。英国内でのウェスト・インディーのステレオタイプは、ギャング、暴力、ドラッグ、犯罪などで、それは、現地ドラマ、映画やヒップホップ・音楽など、一見「無害」に見えるエンタメ・メディアによっても映し出されている。ドイツでも、しかりだ。こちらでも、トルコ系2世家族を主人公としたサスペンスドラマなどが非常に多い。大概はベルリンなどの都市部、移民系地域のトルコ系移民家族の人々がドラッグ、暴力、銃犯罪などに巻き込まれていくシナリオだ。

この比較は、興味深い人種、国籍の全く異なる二つのコミュニティが、二つの異なる国で、ほとんど同様に扱われている。どちらも、背景としては戦後急増した労働移民の末裔なのだった。実のところ、社会的な視点からみると、彼らは「怖い」人たちというよりは、「弱い」立場の人たちではないだろうか。

ここで、少しばかり、私の経験を交えさせていただく。実のところ、20年ほど前、英国(ロンドン)在住時代に、いくつか犯罪に巻き込まれた経験がある。99%がウェスト・インディー系、もしくはブラック系による犯罪であり、また、その影響でPTSDに陥った際、病状のせいでブラック・カリビアン系の多い地域に行くことが一切できなくなった。詳細は省くが、その病状は10年以上も続いて、生活に支障がでたこともある。

また、その当時、日本からの旧友の娘がロンドンの大学に留学することになった。日英混血女性で、言語の問題もなく、留学はスムーズにいくものと思っていたものの、3年くらい経ってからあっという間に東京にUターン帰国してしまった。状況をきいてみると、私と同様、犯罪によるPTSDに陥り、それが原因でのUターンだった。

彼女は、留学当時、はじめの1・2年はかなり舞い上がってパーティーに明け暮れていたようだった。しかし、世界一安全な大都市、東京で育った彼女は、ロンドンではガードが甘かったようだ。そのせいで、かなりひどい目にあったとぼやいていた。

正直にいうと、ロンドンは女性にとって、かなり危険な都市だ。実際何があったのかは、10歳以上年配の私には話してくれなかった(彼女の親をよく知っていたため、かもしれない)。私は当時すでに働いていてパーティーなどには一切興味がなかったので、会話のネタ切れが多かった。

「英国人の白人男性であれば、ギャングの一員であっても女性に絶対暴力は振るわない。それは、彼らの間では、それは恥だとみなされているから。でも、ブラック系や、アジア系ギャングの男たちは女性を奴隷だとみなしている。奴らは、女性に暴力をふるって、それが名誉だと思うような人たちなのよ。」彼女はそう断言した。どうやら、彼女はナイトクラブでアルバイトをしていた時に、散々な目にあったようだ。

しかし、どう考えても、これはかなりひどい人種差別発言。彼女は、この発言をした直後に、東京にUターンしてしまったので、その後この認識を訂正することは出来たかどうかは不明。その後、一切連絡が途絶えてしまった。

ここで注意が必要なのは、つい人情で、この様な極端な発言に同意してしまいそうになることだ。今、ここで書いている理由は、内省のためかもしれない。あの頃、私もかなり病んでいたため、同意しそうになってしまった。しかし、よく考えると、この発言が正論だという根拠が全くない。それどころか、全ての白人、ブラック系、アジア系の男性たちの行動や価値観を、このあまりにも単純な一文にすべて納めることが、できるわけが全くない。

私のPTSDについて話を戻すと、おかしなことに、7年前にドイツに引っ越した時以来、おさまってしまった。というのは、この国では、「パブリック・エナミー」はブラック系・コミュニティではなく、別のコミュニティであるためのようでもある。皮肉なことに、私たちは現在、アフリカ・ブラック系もかなり多い地域に住んでいる。だが、それにも関わらず、私のPTSDはおさまった。

その代わり、変なことが起こった。一時期、少しばかりトルコ系の地域に行くのが怖くなったのだ。これは一体何を意味するのだろうか。狐に騙されたような気分になった。急に、自分自身の認識能力が信用できなくなった。

まだ、結論には行き着いていない。しかし、本当に何か、何かが揺さぶられる感覚があった。

また、同じ頃、日本にいる家族や友人と、話が噛み合わなくなることもあった。どうやら、日本でも「胡散臭い」移民が日本人を憎んで、悪いことを企てている、というネタがメディアやネット上で流行っていた。

その詳細を、親戚にきいてみたところ、それは中国人や韓国人だと言う。私は、すっかり腑抜けした。こちらの常識と全く異なっている。そういえば、中国人や韓国人も確かに欧州にもたくさん住んでいる。だが、「パブリック・エナミー」に相当するような話は、こちらではきいたこともあまりない。

こちらでは、上述の他のコミュニティのインパクトが強いため、彼らの存在のインパクトはほとんどゼロ、といった感がある。

また、上述のウェスト・インディとトルコ系移民たちの社会的立場をもう一度検証すると、このパターンは日本住在の韓国人、中国人移民たちの弱い立場ともマッチする。

結論として感じたのは、人種差別に関する感情がほとんど主観的で感情的なものであり、実際にはあいまいで不確かなことが多いということだった。

多くの場合、それは住んでいる場所やメディアからの影響、証明できない感情や恐怖が組み合わさって、まるで幻のように成り立っているのではないかと感じている。これは、長年の苦い経験から得た結論。詳しく話すと、一冊の本になるくらい長い話になる。

住んでいる場所によって「悪者」は違っていて、私たちはそれを誰かから自然に刷り込まれているのではないだろうか。メディアやプロパガンダは、人々の恐怖をうまく利用することが多い。本来、そちらに対してもっと恐れを抱くべきではないのだろうか、とも思う。そして、弱者もまた、恐怖を煽るために利用されることが多いという点にも注意が必要・・・。

20年以上も悩んだ結果、私は人種差別を一切やめることが自分にとって最も良いことだと強く感じるようになった。なぜなら、差別意識とは、結局は憎悪であり、その憎悪はとてもパワフルで破壊的だから。

人種やコミュニティといった曖昧で抽象的な対象に対して、常に破壊的な感情を持って生きることは、じつは自分自身を傷つけることだろう。要は、自分を守るために差別感情を手放すということ。強い憎しみを抱えて生きるのはとても消耗する。やはり、こうした破壊的な感情は心身にとって毒でしかない。

これが私の結論。しかし、簡単にできることではないことも自覚している。ヨーロッパでは多文化化が急速に進んでおり、そのスピードは日本よりはるかに速い。私が働いているテック企業では、ドイツ国内だけでは必要な人材を確保できないため、ダイバーシティやインクルーシブネスの推進が会社の方針として進んでいる。

正直なところ、これはとても疲れることでもある、と認める。私の上司も、「みんなダイバーシティだと言うが、本当にそれが素晴らしいのか?時には、意見が全く合わないチームになるだけじゃないかと感じることもある」とぼやいていた。

それでも、自分の意志で差別感情を捨てたいと思っている。これからもその感情を手放す努力を続けるつもりだ。もし差別感情が心に湧いてきたら、その瞬間にその感情のパワフルな破壊力と、自分への害を考え、決意と努力で手放していくしかない。ただ、それを繰り返すだけだ。すぐに完璧にはできないが、少しずつ進んでいくと決めた。



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