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ベトナムの離島で緊急手術

これは私が外資系航空会社PR時代、取材グループに同行した時の話。
リゾートとして人気のあるベトナムの島2つをめぐる行程だった。

メンバーは、記者、ライター、カメラマンなどのメディアが8人+私、現地で合流したツアー会社スタッフ2名。各島で3泊ずつ、合計6泊8日の旅。

島へは直行便がないため、往復ともにホーチミン経由。成田を朝出発し、午後3時頃ホーチミン着。夜までホーチミン市内観光と夕食、その後夜の便で島Aへ移動するというのが初日のスケジュール。

1日目:突然の異変

夕食まではまずまず順調に進み(軽いトラブルは既に発生していたけど)、9割女性のメンバーは「ベトナム料理おいしい~」と初日から食が進む。和気あいあいとした、よい雰囲気だった。食事が済んで空港へ移動し、島A行きの便に搭乗。その1時間ほどのフライト中に、最初の兆候が表れた。

飛行機で隣に座ったライター女性が、しきりにお腹をさすっている。
「大丈夫ですか?」と声をかけると「・・・ちょっと食べすぎちゃったかな。でも大丈夫です」とのこと。
その女性とは以前別のツアーでも一緒になったことがあり、初めてではない。落ち着いた穏やかな人で、他のメンバーともすぐになじむ。その時は、みんな食が進んでいたし、胃もたれかな、ぐらいに思っていた。

そして島Aの空港に到着したら、そのライター女性はもう自力では歩けないほど体調が悪化していた。メンバーみんなが心配し、持っている胃薬などを勧めたりしながら、しばらく空港で様子を見る。すでに夜の9時近い。ベトナム人ガイドに今から行ける病院はないか聞くと、2つあるとのこと。一つは空港から10分の町医者、もう一つは45分の私たちがその日宿泊予定のホテル敷地内。町医者は近いけれど設備が整っていないのでお勧めしない、とのことだった。

一刻も早く病院に行きたかったけれど、45分なんとか我慢してもらうことにして、設備の整った遠い方を選んだ。そして空港で車いすを借りてバスまで移動し、車内では補助席も使って横になってもらい、病院まで急いだ。
先に病院に寄って女性とガイドを下ろし、私と他のメンバーはそのままホテルへ。チェックイン手続きをしてから自分の部屋で待機した。

呼び出し&緊急手術

落ち着かない気分で待機していると、病院に付き添ったガイドから部屋に電話がかかってきた。これから緊急手術をすることになり、同意書へのサインなどが必要なので、すぐ病院に来てほしいとのこと。
私はすぐにロビーに下り、フロントで敷地内の病院への移動カートを手配してもらって病院に駆け付けた。

病室に到着すると、痛み止めが効いているようで、女性の様子は落ち着いていて、話もできた。判明した病名は腸ねん転。腸がねじれてしまう突発性の病気で腹膜炎も併発しているとのこと。今すぐに手術しないと命に係わるとの説明を受けた。私は考える間もなく、言われるがまま、同意書など複数の書類にサインをしていった。そして手続きが終わり、女性が手術室に入るまで見届けた後、自分の部屋に戻ったのは夜中の2時過ぎだった。

2日目:手術翌日

翌朝、寝不足の状態でなんとか起きて朝食を取り、他のメンバーと合流してざっくり説明する。その後、取材に出かける前に病室に寄った。
手術は無事に成功し、女性も落ち着いていた。担当医師から、スマホで腸の写真を見せられながら説明を聞く。ステテコ一丁でその辺を歩いていそうな普通のおっちゃんだが、この人が命を助けてくれたドクターだと思うと、後光がさして見えた。

私たちは4日目には島Bへ移動しなければならないが、ライター女性にはそのまま入院してもらうことになった。その後の経過を見て、医師の許可が下りれば、私たちが帰国する日に経由地のホーチミンで合流し、一緒に成田行きの便で帰国するという計画だった。

7日目:ホーチミンで合流

その後もメンバーと私は、島A、島Bと取材を続けた。
入院中は、島Aにある支店のスタッフが毎日病院へ行き、女性の様子を見てくれていた。術後の経過も順調で、私たちが現地を出発する日に合わせて退院できることになった。

本社が現地ツアー会社に依頼して、ホーチミンにいる日本語ガイドを手配してくれた。ガイドはホーチミンから島Aに飛び、病院へ女性を迎えに行き、一緒に飛行機でホーチミンまで移動し、島Bから移動した私たちとの合流地点、ホーチミンの夕食レストランで合流した。

ベトナムの病院に興味深々

開腹手術の後なので、もちろん本調子ではないものの、見た目は元気そうに見えた。レストランでライター女性用におかゆを頼み、他のメンバーも夕食を取りながら、みんな入院中の様子に興味深々で質問が集中した。
私もベトナムの病院事情については詳しくなく、全てが初めての出来事だったので、女性が話す体験談はかなり興味深かった。

病院の個室にはシャワーとトイレが完備され、テレビも付いていた。入院中は基本的に個室のベッドで過ごす。医師やスタッフはみんなとてもフレンドリーで、翻訳アプリを使って会話していたそうだ。ヒマだろうから、とテレビを見ることをさかんに勧めてくれたそうだ(もちろんテレビはベトナム語)。

最初は絶食で、少し経つと回復食としてフォーが出され、フルーツが食べられるようになったのはもっと後とのこと。日本はおもゆやおかゆがメジャーだけど、フォーというところがベトナムらしい。どちらも材料はお米だから、消化が良いのだろう。

手術代、検査代、個室代(6泊)、薬代など、必要なものを全て含めて、日本円で約20万円。これは全て海外旅行保険で賄えたようだ。

島A→島Bの行程にしていたこと、発症したのが島Aだったのは、不幸中の幸いだった。島Bには手術ができるような病院はないため、ドクターヘリを呼ぶしか方法がなく、300万円ぐらいかかるらしい。

今回私が直接交渉して手配した島Aのホテルは比較的新しく(当時)、人間ドック的な検査をリゾートで受けたい富裕層をターゲットに、敷地内にインターナショナルホスピタルを併設していた。インターナショナルなので英語が通じ、同意書などの書類も英語版を用意している。

また腸ねん転は、盲腸と同様に突発的に発症する病気で、理由は分からない。盲腸と症状がとても似ていて、予兆や予防策などもなく、運が悪かったとしか言いようがない。

せっかくの取材旅行が手術と入院で終わってしまった女性にはとても気の毒だったが、たくさんの人の協力を得て、その時にできる最大限のことはできたのではないかと思う。私としても、とてもいい経験になった。もう二度と経験したくない出来事ではあるけれど。


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