もはや「子育て」は、ご機嫌なおじさんを地球に納品する18年がかりの壮大なプロジェクトである。
我が家には小6、小4、4歳の息子がいる。
「男の子が3人!?大変でしょう!」
何度となく言っていただけた、そのセリフ。
離乳食やら、保活やらを経て思うこと。
3人それぞれ自分でトイレに行き、ご飯を食べ、
お風呂に入り、着替えられるようになった今、
いわゆる、ひよこクラブ的な「子育てフェーズ」は終えつつある。
今日は、私が取り組んでいるのは子育てなんかじゃない。
「おじさんを地球に納品するプロジェクト」であるという話をしたい。
習い事は何がいいのか?
中学受験はするのか?
といった直近の選択肢について考えたり、
何かをいただいた時は笑顔でお礼を言えたか?
忘れ物をしないようにするには?
時間を守るには?
ゴミはゴミ箱に!
嘘はつかない!!
などの、基本的な人間力を養うステージである。
誰しも、こう思う。
親としてこんな子どもでいてほしいと理想を押し付けることはしたくはない。
しかし、オギャーと生まれて38年目の人間からしてみると、一度通過済みである子ども時代にタイムスリップできるなら言いたいことは山ほどある。
スムーズに生きるためのライフハックは思いつく限り伝授しておきたい。
知っておくだけで辛い思いを回避できることもあるだろう。
「お母さん、抱っこ!」と、
まだ言う三男さえも10年も経てば反抗期真っ最中で「うるせえ、BBA!」と言ってくるかもしれない。
3人もこの世に爆誕させたからには、
地球の役に立つおじさんに仕上げるところまでが私のミッションである。
子育てルーキーの頃は、
何もかもが初めてで、自分の意思ではどうにもならない生き物との暮らしが、始まったあの日からもぅ一旦停止ボタンはなく、寝不足も手伝って誰もがこう思う。
「早く大きくなってほしい!」
具体的には、
「朝まで起きずに寝てくれる日はいつ?」
「寝返りはまだ?」
「離乳食を食べないのはなんで?」
毎日命を守っているだけで立派なのに、自分だけが何も成し遂げずに終わったような気がしていたあの頃。
白目で寝かしつける夜が続くと、
出口のないトンネルに迷い込んだような気持ちになった。
友人である薬膳の先生は、主婦の仕事は「在庫管理」と「軌道修正」だと教えてくれた。
まさに、である。
そういうトンネルを抜け出したなと感じたのは、全員と意思疎通が取れるようになった頃だった。
(三男にいたっては、意味不明にグズるということがなく、「眠いからちょっと寝てくるわ!」と言って自主的に寝るような2歳児であった。)
そして最近、私は気がついた。
この長期プロジェクトのゴールは、この少年たちに食べさせて着替えさせて寝かせて…
細胞を分裂させまくった結果、おじさんにすることではないか。
そう、私が取り組んでいるのは「おじさんを地球に納品するプロジェクト」である。
ならば、どんなおじさんがいいのか?
考えた結果、答えはシンプルだった。
「ご機嫌なおじさん」しかない。
勉強ができたら、選択肢も広がるだろう。
スポーツができたら、モテるかもしれない。
イケメンだったら、息を吸うだけでちやほやされるかもしれない。
料理ができたら、高嶺の花もなびくかもしれない。
好きなことをみつけて熱中し、好きな働き方で特技を活かす仕事に就ければ良いなと思う。
平成のウルフルズよろしく、「とにかく笑えれば」である。
思い返せば私は彼らを幼少期から子ども扱いせず、イチ1人の男として、つんくさんがモー娘。をプロデュースする勢いで指導してきた。
1個単位でミニトマトの取り合いをしていれば、
「細かい男はモテへんで!」
アルミ缶の上にあるみかんと言おうもんなら、
「おもんないこと言うぐらいやったら、息止めて黙っとき!」
スマブラで弟をボコボコにしようもんなら、
「年下を泣かせるとか、ダサいで!」
鍋から米をよそって、蓋を閉めずに放置しようもんなら
「吉野家のバイトやったらクビやで!」
母にコンコンと怒られてる時にテレビに視線を奪われた一瞬を逃さず、
「そんな態度やったら彼女にフラれんで!」
容赦なく、私はそう言ってきた。
最低限のスペックを兼ね備えたおじさんになるには、やはり日頃の両親の声かけ、思春期以降に出会う親以外の自分より年上の人、読む本、観る映画、旅や日常の中の経験が大事である。
環境こそ人を創る。
私がごきげんでいてほしい理由は、たったひとつ。
私たち人類は、たった100年程度、地球に遊びにきているだけだから。
それは、きっと想像するよりも短い。
そして後ろを振り返っている時間も、未来を恐れている時間もなければ、落ち込んでいる暇も、怒ってる暇も、ないのだ。
この不安定な時代をしなやかに楽しむには、
かつて、マリオが左から右にしか進めなかったように過ぎた過去は取り戻せないのだから、前を向いて、全ての事象を自分に都合よく解釈して進むしかない。
旅行先で財布をなくしたら、家族全員が元気に帰れて良かったと思う。
理不尽な店員さんに出会ってしまったら、昨夜彼氏と喧嘩したのかなと想像をする。
納品した後に何度も修正を依頼されたら、納得いくまで追求してくれるクライアントさんでラッキー!と思う。
壊れたら、また買えばいい。
買えなければ、作ればいい。
作れないなら、借りればいい。
誰かに助けてもらったら、誰かを助けられる人になるだろう。
つまり、私は【ごきげんなおじさんは、基本的に前向きなので山あり谷ありの人生でもなんとかなる説】について、人生をかけて検証している最中である。
結果的におじさんになるエンディングであれば、このように毎日髪を振り乱している私VSややこしい年頃の少年たちの今inひっくり返ったリビングが、俄然尊くなる気がした。

つい今しがた『なおちゃんは頑張ってる!主婦とサーカス団員を器用に両立させている感じ🎪』と言ってもらった。
(あぁ嬉しい。せめて団長希望ではある。)
今日も、私はおじさんの卵を育てている。
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ありがとうございます。目を閉じて味わいながらフラペチーノをいただきます。