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「収入は減ったのに、人生は豊かになった」──安定か、自由か。選んだその先のリアル

興味を持っていただきありがとうございます!

このnoteは「安定収入を手放して気づいた、本当の自由と幸福」というテーマで、 脱サラしてライフコーチとして独立した私が、 「会社員として働きながら、いつか起業してみたい」と考えている方に向けて書いた体験記です。

“安定収入を失うこと”への不安、家族との関係、働き方の葛藤、 そして「確証はないけれど、確信を持って進んだ」という選択の背景を、全10章で描いています。

このnoteは約25,000字とボリュームがありますが、最初の4章まで無料で読めますので、続きを読みたいと思ってくださった方だけ購入して読んでいただけたら幸いです。

このnoteが、会社員を辞めるか迷っている人、 もっと自分らしく働きたいと思っている人にとって 少しでも背中を押すような一冊となり、あなたが本当に手に入れたい未来への勇気を少しでもお届けできたら嬉しいです。

2025年6月13日
人生加速コーチなおこ

はじめに

「会社員として働いているけど、いつかは独立したい」
「でも、安定収入を手放すのはやっぱり怖い…」


そんなふうに感じているあなたへ。――大丈夫、私もそうでした。

むしろ、自分のことを”一生サラリーマンで生きるのに向いている人”だとすら思っていたので、決して最初から「会社を辞めて起業しよう!」と鼻息荒く活動していたわけではありません。

2021年12月にコーチングを学び始めたのも、単に「仕事に活かせたらいいな」くらいの気持ちでした。

でも、コーチングという世界に触れ、自分らしく働いて自由を手にしている人たちを見て、「何それ、そんな生き方あるの!?私もそっちの世界に行きたい!」と心が動きはじめたのです。

とはいえ最初に有料契約が決まったときも、まだ独立なんて夢のまた夢。
「副業で月に数万円でも稼げたらいいな」くらいに思っていました。

でも、少しずつ環境が変わり、考え方が変わり、行動も変わっていく中で、起業が“夢物語”ではなく、現実味を帯びた「次のステップ」として見えてきたのです。

このnoteを読んでいるということは、あなたもきっと、どこかで今の働き方に違和感を感じているのではないでしょうか。

そしてきっと、自分の人生にもっと主導権を持ちたいと思っているはずです。

つまり今のあなたは、"もう始まりかけている”のです。


だから、大丈夫。


想像できることは、現実にできること。

私は、誰かに特別な許可をもらわなくても、自分で人生を動かせると知りました。
それに気づけたのは、コーチやメンターの支え、そして何より最初の一歩を踏み出した自分自身のおかげです。


私は決して“自分ひとりで決断した人間”ではありません。相談できる人がいる。本心に問いかけてくれる存在がいる。

このnoteには、そんな“現実が動き出すまでのリアル”をありのままに書いています。

ちなみに、私が初めて有料契約をいただいたのは、ブログに記事を投稿し始めたのがきっかけでした。

自分の言葉で発信したものが、誰かに届き、行動に繋がった――

そんな原体験もまた、今につながる一歩でした。


迷いながらでも、小さくてもいい。
一歩踏み出せば、見える景色はきっと変わります。

「会社を辞めても大丈夫だろうか」
「私に起業なんてできるんだろうか」


そんな迷いがある方にとって、このnoteがあなた自身と向き合う“内なる問いかけ”になれば嬉しいです。

目の前の現実は全て自分が作っている




第1章:このnoteを書こうと思ったきっかけ

きっかけはコーチとのセッション

このnoteを書こうと思ったのは、月1回のマイコーチとのセッションがきっかけでした。

コーチとのセッションはいつもLINE通話なので、私は外を歩きながら2時間半ぐらい話していました。


ちょうどコーチも自身の有料noteを執筆中だったのですが、「なおこさんも有料noteを書いてみたら?」と提案してくれたんです。


言われた瞬間は正直「えっ」と思いました。

無料のnoteは何十本も書いていたので、全く抵抗はなかったのですが、有料となると一気に考えることが多く、ハードルが高いと言うことを瞬時に無意識が判断して防衛反応が出ました。


でも、コーチと話しているうちに、とにかく言葉にしたい、今の自分にしか書けない言葉を書き残しておきたいという衝動が湧き上がってきたのです。

それに、「コーチがやっていることで私にもできそうな事はどんどん取り入れてみる」と決めているので、コーチがそう言うならやろうという気持ちもありました。

会社員からフリーランスへ。道半ばの私だから書けること

私は2024年11月末に正社員を辞め、同年12月からは会社と業務委託契約を結びながら、フリーランスのライフコーチとしてスタートし、半年ほど経過したところです。

コーチとしての活動自体は2022年6月にコーチングスクールを卒業してからなので、ちょうど3年位です。


はじめの頃は、無料セッションで回数を重ね、低単価で有料化して、徐々に単価を上げていきました。

独立してから半年が経った今、「この働き方を選んでよかった」と心から思っています。


時間の使い方を変えることで、人生の質がこんなにも変わるとは思いませんでした。

とはいえ、まだいわゆる“経済的な成功”を手に入れたとは言えません。

月によって売上の波はあり、売上ゼロの月もあります。
年収ベースでは、まだ会社員時代に届いていないというのが正直なところです。

ただし一方で、いわゆる高単価の継続セッションが複数人に売れている状態でもあります。

月収ベースで見れば、マネージャー時代の月収を超える月も出てきました。

このまま積み上げていけば、いずれは経済的にも“成功者”と呼ばれる日が来るかもしれない。

でも、だからこそ「今」書きたいと思ったのです。

もっと稼げるようになってから書いたら、「そりゃうまくいってるから言えるんでしょ」と思われてしまうことでしょう。

だけど今は、“まだ道半ば”だからこそ伝えられることがある。

「収入が追いつく前から、すでに幸せを感じている」というこの感覚を、言語化して伝えておきたいと思いました。

多くの人が、安定収入を手放すことに恐怖を感じます。それは自然なことですし、私もかつてはそうでした。

でも私は、安定収入を“失う”のではなく、未来の自由を手に入れるための“先行投資”だと捉えることにしました。


この選択は、目先の損得ではなく「自分がどう生きたいか」に対する長期的なリターンを見越した決断でもありました。

それこそが、“理想の未来への始まり”。

「マジで勇気出してよかった!」と思える、何にも代え難い報酬がすでにあるということを、このnoteを通じて伝えられたら嬉しいです。

このnoteを書くことを決めた時の私はこんな感じ



第2章:会社員との両立は理想じゃなかった

はじめての有料契約で感じた可能性


冒頭にも書きましたが、私が初めて有料のクライアントさんと出会ったのは、自分がまだ「起業しよう」なんて思ってもいなかった頃のことです。


コーチングスクールを卒業し、「コーチングって楽しい!」「せっかく学んだし、これをぜひ継続していきたい」と思い、まずは所属しているオンラインサロンの中で無料のセッションを受けてくれるクライアントさんを募集し始めました。


コーチングスクールの方との相互セッション以外でのセッションは、無料とはいえとても緊張感のあるものでした。


でもそれを続けるうちに、「そろそろ有料でセッションができるようになりたいなぁ」という気持ちが自然と芽生えてきたのです。

でも、そのオンラインサロン内では有料サービスの提供が禁止されているため、外部で募集をすることにしました。


そこで、はてなブログでコーチングを学んだ気づきや、自分の変化、家族との向き合い方などを綴っていて、記事の末尾に体験セッションの申込フォームのリンクを置いていたんです。(後にnoteにお引っ越し)

すると、しばらくしてそこから実際に申し込みが入りました。2023年6月のことでした。つまりコーチングスクールを卒業して1年後。ずいぶん昔のことのように感じますが、今から2年前です。

1時間の無料セッションを3回提供し、3回目の最後に「これ以降で継続する場合は有料で、1回3,000円です。どうされますか?」と伝えました。


そうしたら、「はい、お願いします」とお返事をもらえました。


私の0→1達成はこんな流れでした。
めちゃくちゃシンプルでしょ?笑

手の込んだセールストークでもなんでもなく、提案用のスライドもウェブページも何も用意していません。

もちろん、有料提案することには不安もありました。

でも、ちょうどその少し前にコーチングスクールの同期が同じような流れで有料クライアントを獲得していたので、「私にもできるかもしれない」と思えていたんです。


というか、同期が先に有料クライアントを取れていたことが内心めちゃくちゃ悔しくて、「私も早く1人目を取りたい…!」という気持ちになっていたところでした。

生まれて初めて、勤め先からの給与ではなく『私』という存在に対して個人から入金された3,000円。

いま振り返れば、これは“確証”ではなかったけれど、『この道を進みたい』という気持ちが、静かに自信へと変わる体験でした。

30万円の給与よりずっと価値の高い3000円だった


安定と自由のはざまで揺れる毎日

フリーランスとして独立する前の私は、会社員とコーチ業を両立する「二足のわらじ」の働き方が理想だと思っていました。


平日は会社に勤めて安定収入を得ながら、週末やすきま時間にコーチとして活動する。

ある程度の経済的安心を確保したまま、やりたいことにも挑戦できる。
そんな“いいとこ取り”の働き方が、自分にとってベストだと思っていたのです。

実際私は、当時勤務していた会社で正社員として働きながら徐々にコーチとしての活動を広げていきました。

リモートワークやフレックス勤務ができる環境だったので、平日の日中に勤務を中抜けしてセッションを入れることもありましたが、やはり平日は業務と家事育児でパンパンになってしまうので、結果的にセッションのメインは土日の早朝。

そこが誰にも邪魔されず、1番集中できる時間だったからです。


よく言えば、うまくスケジュールをやりくりして両立していたのかもしれません。

ただ、現実は思っていたほど理想的ではありませんでした。

コーチングスクールに入ったのとほぼ同じ時期に入社した会社では、ありがたいことに一定の評価をいただいて徐々に任される仕事や役割が増えていきました。


そしてマネージャーへの打診もありました。
ますます多忙になることが目に見えていたので迷いましたが、引き受けることにしました。


そして想像通り、いや想像を超える激務の日々が始まりました。

“私”にしかできないことにエネルギーを注ぎたい


仕事と家事育児で常に時間に追われ、目の前の『やるべきタスクをただひたすらこなしていく』日々。

そんななか、ありがたいことに継続してくれるクライアントさんが増えたり、単価も上げていったことで、私の中でのコーチングの比重が段々と大きくなっていきました。

でも、そのクライアント対応が“合間の時間”に追いやられている自分に、次第に違和感を抱くようになったのです。

「私は、一体何に大切なエネルギーを使っているんだろう?」

次第にそんな問いが浮かんできました。

会社の業務の多くは、仕組み化・標準化することが正義であり、属人化は基本的にNGの世界です。
特に管理職というのは、「私がいなくても回るようにするのが仕事」です。

一方で、コーチングは「私にお願いしたい」という理由で個人指名をいただく仕事です。
コーチングの世界では属人化こそが正義なのです。

私という個人を選んでくれたクライアントさんに、私は本当に全力で応えられているだろうか?

疲れ切った頭と心でセッションに臨んで、十分なエネルギーを届けられているだろうか?
決して安くないセッション料金の対価を提供できているだろうか?
未来のクライアント候補に対して、万全の状態で体験セッションに臨めているだろうか?


…いや、全然できてないよね。

そして、もう一つ。

私が気づいた大きな違和感は、“コーチとしての在り方”そのものについてでした。

私は、コーチという仕事は「スキル」や「テクニック」で何かを解決する存在というよりも、“自分自身がどう生きているか”を通じてクライアントを導く存在だと思っています。

つまり、コーチ自身もまた、自分の人生をより良く、理想に近づけるためにチャレンジをし続ける存在であるべきだと。

なのに私は、「本当はこれが理想じゃない」と思いながら会社員との両立を続け、どこか妥協しながら、無理をして、疲弊していた。

「会社員を辞めてコーチングで起業する」

その目標を具体的に掲げたことがありました。
そこには、「2027年の2月28日に会社員を卒業してコーチとして独立する」と書かれていました。


…遠っ(笑)


書いた日の3年後を目標にしていました。
つまり書いたのは2024年の2月です。


結局その9ヶ月後に会社員を辞めることになるわけですが、それほど先延ばししたいくらい、その一歩がどうしても怖くて踏み出せずにいたんですね。

でも、ある日に自分に私はこう問いかけました。

「そんな自分が、“ライフコーチ”を名乗る資格があるのだろうか?」

その答えは、はっきりしていました。
このままでは、自分自身に対して嘘をつくことになる。

だから私は、"ライフコーチ"を名乗る自分に対して誠実であるためにも、この働き方を変える必要があったのです。


ちょうどその頃会社でも重ためのプロジェクトを抱えているところだったので、正直なところ「え、このタイミングで降りるの?」と誰もが思ったことと思います。

何より私自身も、ここで戦線離脱するのは無責任なのではないか、逃げなのではないか?と自問自答の日々でした。

でも、最終的に出した答えは、こうでした。

「会社員との両立はもう限界だ」と。

理想だと思っていた“両立”は、現実には中途半端な状態を生み、本当に力を注ぎたい相手にも、自分自身にも、会社に対しても誠実でいられない感覚を抱えていました。


まさに「二兎を追うものは一兎をも得ず」。

会社という枠組みの中で自分の時間とエネルギーの大半を使い果たし、残りでやりくりするような生活ではなく、「誰のために、どんな在り方で生きたいか」を明確にした上で、本当に優先したいことを優先するために、働き方そのものから立て直す必要がある。

そう気づいたのでした。

無理ゲーじゃない?


【コラム】
会社員って本当に”安定”なの?

会社員として得られる給与は確かに毎月決まった金額が入ってくることが約束されているけれども、それって真の安定と言えるのでしょうか?

会社の業績が傾いてリストラにあったり潰れてしまったり、年齢とともに雇用の機会が失われたりすると、本人の努力にかかわらず仕事を失ってしまう。

与えられた仕事と引き換えに時間を差し出して、”一定”の給与をもらえているだけ。
何歳になっても、世界経済がどんな状況になっても、自分で自分の生活に見合った収入を生み出すことができる力を持つこと。
それが真の安定だと考えるようになりました。

でも、会社員でいる以上、その力をつけることができない。
人生トータルで見たら会社員でい続ける未来の方が不安でしかなくなっていきました。

第3章:優先順位のズレと「辞める」決断

娘に発した一言で気づいた違和感

「会社員を辞めよう」と決断した瞬間をはっきり覚えているわけではありません。

でも今思い返してみて、「あのときが転機だったな」と感じる出来事があります。

それはある日の夜、いつものようにノートPCを開いて会社の業務をしていたら、娘が「ねえねえ、聞いて〜!」と無邪気に話しかけてきたときのこと。

私はその言葉に対して、反射的にこう返してしまいました。

「今、話しかけないで!」

その一言を言った瞬間、自分の中で何かが崩れた気がしました。


私はいったい何を優先して、何を犠牲にしているんだろう?


誰よりも大切にしたい存在に対して、私は“目の前の仕事”を優先してしまった。


完全に、優先順位を見失っている。

“管理職としての責任”と“本当に大切なもの”の間で

その時期の私は、マネージャー業とコーチ業を両立しながら、綱渡りのような毎日を送っていました。

リモートワーク中心とはいえ、勤務時間は朝9時半から22時がデフォルト、時には23時まで会社の仕事。

朝のうちに夕食の支度を済ませ、昼休みなんてあってないようなもので、ランチは仕事をしながらが急いでかき込むのが当たり前。

夕方一度抜けて夕食、洗濯、娘の宿題チェックをして、20時頃からまた仕事に戻る。それが日常でした。


マネージャーになった当初、娘は小学1年生。
夫はフル出社のため朝7時半に家を出て、帰宅は20時〜21時台が通常のため、平日は実質ワンオペに近く家事も育児も、大部分は私が担っていました。

そうなるとクライアント対応は、仕事が終わったあと。
平日にセッションを入れる余裕は次第になくなり、土日に予定を入れざるを得なくなりました。

週末も家族との時間を削って対応していたため、「いったい何のためにコーチングやってるんだっけ?」と自問するようになりました。

確かにマネージャーとしての仕事自体は、組織の中で必要とされる役割でした。
自分にその責任を託してもらったこと自体はポジティブに受け止めていましたし、引き受けなければよかったとは思っていません。

ただ、業務内容が「管理職」へとシフトしたことで顧客対応以外にも社内資料の整備や調整、報告のための業務が増えていきました。

それは組織の健全な運営のためには必要だと、頭では理解していました
でも、心のどこかでこう思っていたのです。

「これは一体なんのために、誰のためにやっているんだろう?」

“自分の人生に誠実でいたい”という選択


疑念でいっぱいの感情を押し殺して、「やるべきこと」に日々追われていた自分。やりたいことを後回しにして、「ねばならない」に支配されていた自分。


“こんな私が、クライアントに「自分らしく生きていい」と言えるのだろうか?”

そう気づいたとき、私は“コーチとしてのあり方”に大きな矛盾を感じてしまったのです。

家族との時間も、クライアントとの時間も、どちらも私にとってかけがえのないもの。

なのに、そのどちらにも“中途半端にしか関われていない”自分に気づいてしまった。

会社のタスクは、誰かが代わりにやれるかもしれない。
でも、家族との今この瞬間や、クライアントさんが私を信じて投げかけてくれた言葉に応えることは、「私であること」にしかできない責任だと思いました。


そうして私は、静かに、自分の中で決断を下しました。

「会社員としての時間は、もう終わりにしよう」


もう取り戻せない時間




第3.5章:クライアントが背中を押してくれた


中途半端な自分とはもうお別れしよう


私が会社員を手放す決断を後押ししてくれたのは、実はコーチングの成果や売上ではなく、クライアントさんたちの存在でした。


多忙な本業と家事、育児の合間にクライアント対応をする。
それが自分にとって当たり前になっていたけれど、あるときふと強く思ったんです。


「私は、こんなことをしている場合じゃない」


その“こんなこと”とは、決してクライアントへの対応ではありません。
そう思ったのは、会社の業務に対してでした。

「クライアントさんがこの金額で私を選んでくれたのに、今の私は中途半端な関わり方しかできていないんじゃないか?」

そんな自責の念が、静かにのしかかっていました。


もっと、大切な人に全力で関わる自分でありたい。それなのに、会社との両立の中でいつも時間に追われ、“クライアントの人生”よりも“会社の報告資料”を優先しているような日々。

本当にやるべきことと、本当はもうやめるべきことが、くっきり見えてしまいました。

そしてその裏には、体験セッションのあと契約に至らなかった方々の存在もありました。

何人にも断られ、そのたびに「やっぱり会社がこんなに忙しいのに無理だよね」と言い訳をしてしまう自分。そんな自分にも、次第に嫌気がさしていきました。

“最優先事項”を見極めるきっかけになった時間


あるとき、私は自分に問いかけました。

「最優先すべきものは、なんだろう?」

『7つの習慣』にも出てくるように、本当に成果を出したいなら、“最優先事項を優先する”必要がある。
そう思ったとき、会社を最優先にするのは明らかに違うと気づきました。

もちろん、根底には家族がいます。
でもこの時期は、「まずはコーチングビジネスでしっかり成果を出す」ことを、短期的には最優先に据えた時期でした。

とはいえ、それを長く続けることはどう考えても無理があると、心身の限界を迎えてようやく悟りました。

結果としてこの時期は、「何を最優先にすべきか」を見極めるために必要な“追い込み期間”だったとも言えます。

何より大きかったのは、クライアントさんの中に、ビジネスだけでなく家族との関係や人生全体に本気で向き合っている方がいたことです。

その姿を見たとき、私はこう感じました。

「この人が本来の力を発揮したら、とんでもないことになるのでは?」
そんな未来の“予感”に、私はワクワクしました。

クライアントの可能性が花開く瞬間を、一番近くで支えたい。
もっと力になりたい。そう強く思いました。

会社の仕事は、誰がやってもいい。
私の代わりなどいくらでもいる。
コーチという”私にしかできない価値提供”に専念したい。
その気持ちが、私の背中を静かに、でも確実に押してくれたのです。


第2領域の時間をどれだけ作れているか



第4章:自由な時間がくれた本当の幸福

“やりたいことに時間を使える”という贅沢


会社を辞めてまず最初に感じたのは、時間の流れが変わったことでした。

「やらなきゃいけないこと」に追われる日々から、
「今、やりたいこと」に時間を使える日々へ。


この変化は、想像していた以上に大きなものでした。


時間リッチこそ、最高の贅沢。

たとえば、こんな時。
平日の昼間に開催されるイベントのお誘いに、私は即答で「参加します!」と返事ができるようになりました。


まさにこれを書いている今も、平日の昼間に開催されたランチ会に行った帰り道です。

以前なら、「あ〜有休取れるかな…何とか調整できるかな…」とスケジュールとにらめっこの末、最終的に諦めることも少なくありませんでした。

でも今は、誰にも気兼ねなく自分の意思で決められる自由があります。

また、ウォーキング中に音声入力でこのnoteを書いている自分にも大きな変化を感じています。


ウォーキングは、1円もかからない健康法です。
でも、これを日常に取り入れられるようになったのは時間にゆとりができたからです。

今までなら時短のために自転車で行っていた場所にも、わざわざ時間をかけて歩いて行くようになりました。
特に用事がなくても1日に2~3回散歩に行く日もあります。

歩きながら考えを整理し、standfmを録ったり、noteの構成を練りながら、未来のクライアントを思い浮かべて言葉を紡ぐ時間。


そんな「身体も心も整う時間」が、今では日常の中にあるのです。

加えて、以前は週末にしか行けなかった近所のパン屋さんに平日の昼間にふらっと立ち寄れるようになったことや、ペットのオカメインコの気が済むまでじっくり撫でてあげられるようになったことにも、ささやかですが大きな喜びを感じています。

娘との時間が取り戻せたことが一番の喜び


そして何より印象深いのは、娘との時間の変化です。

マネージャー時代、娘に「一緒に寝て」と頼まれても、私は「無理、ひとりで寝て」と断ってしまったことが何度も何度もありました。

その結果、娘は小学1年生にして、お風呂もひとりで入り、寝るのもひとりでできるようになりました。
一見すると“成長”のように見えるかもしれません。でも、まだまだ甘えたい年齢だったはずです。


本当はもっと、安心して「ママ〜」と寄りかかりたかったはずなのに、私はそれに十分に応えてあげられませんでした。

「存分に甘えさせてあげられなかった」

その罪悪感は、とても大きなものでした。

だから今、小3になった娘が「寝かしつけして〜」と言ってきたときに、何の迷いもなく「いいよ」と2つ返事で応えられるようになった自分が、心から嬉しいのです。
最近では、私のほうが先に寝る準備ができてしまっている日もあるくらい笑

そんな日常のゆとりが、なによりの幸福だと感じています。

“命の使い道”を自分で選べる幸せ


以前の私は、常に“誰かに急かされるような時間”を生きていました。

会社、タスク、時間、空気…常に何かに追われていた感覚がありました。


でも今は、違います。

「自分の時間が、自分のものになった」


これは単なるスケジュールの自由ではなく、人生そのものの主導権を、誰の支配下にもなく自分の手に取り戻した感覚です。


以前の私は、ストレス解消のための消費をするための時間とお金が必要でした。“日常がストレスフルだからこそ必要な逃げ場”だったのだと思います。


でも起業後の私は、「感情を大切にする暮らし」ができているかを最優先に考えるようになりました。


日々の幸福の“閾値”が下がった今、時間に追われることなく、1日1日を“自分で決められる”生活。

PC作業中でもミルクちゃんファースト


映画を観に行く。サウナに行く。美術館に行く。今までなら何とか時間を捻出して休日や有給を取って行っていたもの達も、良い意味で「フツーに行ける」特別な機会ではなくなったこと。

それが想像以上に自分の暮らしを整えてくれたと実感しています。


確かに豪華な外食や旅行など、お金がないと楽しめない娯楽はたくさんあります。


でも、お金をかけなくても得られる幸せが相対的に増え、それが日常の当たり前にあるものになったことで、"収入が下がっても人生の幸福度は上がる"ということを実感できました。

言い換えれば、人生の幸福度を下げる要因を排除できたということだと思います。


典型的なのは、満員電車に乗っての通勤。
週に1回程度のオフィス出社でさえ、朝と帰りの満員電車に乗って通勤をすることがとても苦痛になっていました。


毎日電車に乗って通勤するのが当たり前だった頃は、それが嫌だという感覚さえ麻痺してしまっていたと思います。


自分の快・不快に正直に生きられるようになった今の私は、感覚がとても敏感になってきています。

駅にたくさんの人がいて、みんな険しい顔をしていてピリピリしているせいか時にいざこざも起きたりする、そんな空間にいること自体がしんどくなっていることに気づきました。

パーソナルスペースなんてまるでない空間で、じっと息を潜めてスマホを眺めながら降りる駅まで凌ぐ時間…。

大量の人、大きなアナウンスの音、苦手な匂い、全てが耐えがたいものになって、「うわっ」と思わず声が出るような、目の前がクラクラするような感覚に。


通勤電車から解放されるだけで、大抵の人の幸福度はかなり上がるのではないでしょうか?

この苦痛と引き換えに安定収入を得ているとすれば、それだけでも十分に手放す価値はあると思います。


眉間のシワが固定化して取れなくなりそうでした


リモートワークだったとしても、1日8時間以上の拘束時間はかなり長いと感じます。

睡眠時間を除いた1日の可処分時間の半分以上を捧げているわけですから、人生の主導権を渡してしまっているようなものです。

仕事内容にもよると思いますが、自分の意思にかかわらず常にチャットが鳴り止まなかったり、電話やメールが客先から飛んでくる毎日は、相当な神経をすり減らします。

そのストレスの多くは自分でコントロールができないところにあると思います。つまり、自分に裁量や主導権がない状態。


会社でそれなりの役職について、意思決定の裁量を与えられていたとしても、言い方は悪いのですがそれは誰かの意思を汲んでそれをお手伝いする範疇でしかないと思っています。(それが良いとか悪いとかではなく、そういうものである)


ひとり起業は、やるも、やらないも、やめるも、全部自分で決められる。
うまくいったこともいかないことも含めて、全て自分で責任が取れる。

人間には自我というものがあって、「こうしたい」「したくない」という感情が、1歳ごろから芽生えてきます。自分の思った通りに行動したいというのは、人間の本能です。

特に2〜3歳頃のいわゆるイヤイヤ期は、自分の意思で物事をやりたい、決めたいという感情が爆発してしまうがゆえの大切な成長過程です。


「じぶんで!」が口癖のお年頃


しかし私たちは、社会生活を送る上で自分の意思に反する行動を取らされ続けるうちに、いつの間にかそれが当たり前になってしまいます。

だから自分の意思決定を自分自身に取り戻した、この状態こそが最も幸福度が高いのだと思っています。


これが、私が既に幸せだと言い切れる最大の理由です。


そして今、改めて強く思うのです。


自分の時間は、自分の命。


その命を、誰かの期待や“ねばならない”に差し出してはいけない。
本当に大切にしたいことのために、自分の意思で使う。


命の使い道を守れるのは、自分しかいません。


残りの人生、あなたは何に自分の命を使いたいですか?


どうか一度、真剣に考えてみてほしいのです。

【コラム】
ゆとりある生活の誤算

時間が一気に自由になって、ゆとりができたらこんな生活ができちゃうかも!?と描いていた理想のうち、「現実は全然そうならなかった~!」というものがあります。

それは娘の生活サイクルです。

「私が夜遅くまで仕事しなくなったら親子で早寝早起きできちゃうかもな♪」「毎日一緒に湯船にゆっくり浸かっちゃったりして♪」と想像していたのですが、実際はほとんど変わらず・・・。

幼児期と違って、小学生は親のペースよりも自分のペースで動くことがほとんどなので、私が忙しかろうが暇だろうが、マイペースでのんびり屋の娘が宿題を終わらせてお風呂に入って歯磨きして着替えて寝るのが早くなるわけでもないんだなぁと、冷静に考えれば当たり前なのですが、ちょっとした誤算だったのでした(笑)


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
無料部分はここまでとなります。


第5章〜第10章では、副業時代と違うあり方の変化、家族との関係、タイムパフォーマンス、そして「確証はないけど確信はある」という境地に至るまでのリアルを綴っています。


気になる方は、ぜひご購入のうえ続きをお読みください。


迷っているあなたの背中を押すきっかけになれば嬉しいです。


🎁 ご購入者様への特典 🎁

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「Zoomでの無料体験セッション(30分)」 をプレゼントいたします!


記事を読んで感じた心の葛藤や、あなた自身のこれからについて、
私と一緒に考えてみませんか?


受け取り方法は、有料部分の巻末(あとがき)に記載しています。

あなたとお話できるのを、心から楽しみにしています!

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