タイタニック号と細野晴臣 yuriも一寸 笑うつもりです

僕は一寸
作詞 細野晴臣
作曲 細野晴臣
編曲 細野晴臣
ひなたぼっこでも
していきませんか
そこにまあ すわって
お茶でも飲んで お話を
どんな話をしゃべりましょうか
日の出ずる国の明日の事でも・・・
散歩がてらに 歩きませんか
そこから 立ちあがって
服のすそでも はらって
どんなところを歩きましょうか
日の出ずる国の輝く道でも・・・
道のぬかるみ 入り日が映り
だまりこくる 夕焼けの午後
僕は一寸 笑うつもりです―
ここら辺りに住みつきませんか
あそこを ひきはらって
生で聞けるからカントリーミュージック
白い家でも見つけましょうか
日の出ずる丘に彼女と2人で
外の日溜り 枯木に埋まり
だまりこくる 家の中の午後
僕は一寸 だまるつもりです―
yuriの音楽は、はっぴいえんどに始まり細野晴臣を寄り道して、
はっぴいえんどに終わります。
この道を教えてくれたのは、家庭教師のお兄さんでした。

これ、聞いてごらんと手渡されたのが、荒井由美の「ひこうき雲」でした。
なんとなく、少し大人になったような、そんな気持ちで聞いたアルバム。
そこから、中に封入されていた、歌詞カードに載っている方達の曲を片っ端から聞いて行きました。
結果、はっぴいえんど、はちみつぱい、ティンパンアレー、シュガーベイブ、ムーンライダーズ、矢野顕子、吉田美奈子.etcといわゆる日本のニューミュージックの金鉱を掘り当ててしまった。そんな感じです。
この「HOSONO HOUSE」は、家庭教師のお兄さんが、大学を卒業し、後輩にyuriの家庭教師を引き継ぐ時に頂いたものです。
まだ、13歳のyuriには、細野晴臣の「HOSONO HOUSE」は、様々な曲調が収められていて、「ろっかまいべいびい」なんかはまだ、もう少し背伸びしないと届かない世界だった気がします。
その中で、割と聞きやすかったのが「僕は一寸」です。曲はカントリーミュージック調で、アコースティックな優しい調べに、日本語の歴史言葉が広がっていくような曲。
秋から冬の陽だまりの中を、両手をダッフルコートに突っ込み、散歩したり、明治神宮の代々木口から入って先に広がる芝生で寝転んで、ごろごろしたくなるような曲です。

細野晴臣さんも、その後は、高橋幸宏さん、坂本龍一さんと、イエローマジックオーケストラで、一世を風靡し、いわゆる「テクノポップ」というジャンルの開拓者として、金字塔を打ち立てるのですが、yuri的には、やっはり、シンセサイザーの音よりは、アコースティックなウッドベースの音が気持ちよくて、イエローマジックオーケストラはあまり聞いていません。
無知というものは怖い事で、無知だからこそ音の本質を理解できるのかもしれませんが、細野晴臣さんという人間理解においては、やはり、知識は必要だと思いました。

多くの方がご存じの通り、画像の細野正文(ほそのまさぶみ)さんは、細野晴臣さんの祖父にあたります。
正文さんの来歴は以下の通り(Wikipediaより抜粋)
1870年 新潟県直江津市近郊の豪農の四男として誕生。
1896年 東京高等商業学校(現在の一橋大学)本科卒業。三菱合資会社入社1897年 同社を退社し逓信省に入省。鉄道作業局に配属され 新橋駅(後の汐留駅)貨物係に配属。
1906年 東京外語学校(現在の東京外国語大学)ロシア語科修了。
1910年 鉄道研究のためロシアへの1年間の留学を命ぜられた。
1910年 8月から留学。
1912年 鉄道院在外研究員としてサンクトペテルブルク留学。
イギリスから日本への帰路、タイタニック号に乗船。
1913年 鉄道院副参事を免官、嘱託となった。
1925年 鉄道事務官退官後、岩倉鉄道学校(現在の岩倉高等学校)勤務。
1939年 死去。享年68歳。従五位勲六等
一橋大学、外国語大学、逓信省、ロシア、留学。とエリート官僚だったということです。
ただ、以下の部分が引っかかります。
「イギリスから日本への帰路、タイタニック号に乗船。
1913年、鉄道院副参事を免官、嘱託となった。」
つまり、正文さんは、タイタニック号に乗船した。
でも、生きて、日本に戻り、後に免官となった。
事情は知りませんが、まぁ、辞めさせられたのかもしれないと思われます。

タイタニック号の沈没は、諸説ありますが、生存者は概ね710名。
犠牲者は1,500名から1,600名とされており、乗船していた日本人は、多分、正文さんお一人で、かつ、奇跡的に、生きて帰国できたということです。
諸説あるので、ここでは、言及はさけますが、奇跡の生還の裏には、何か不正があって、生還できたのではないかという憶測が、日本の男としてどうなのか?女性や子供を押しのけて、命が助かったのではないか?という根拠のない、噂になったことが、免官に繋がったのではないかとも思われます。奇跡の生還ですからね。そういう構造だったのかとyuriも思います。
少し、話を、「僕は一寸」にもどしましょう。
この曲の歌詞で特徴的なところは。
日の出ずる国の明日の事でも・・・
日の出ずる国の輝く道でも・・・
日の出ずる丘に彼女と2人で
「日の出ずる」という言葉が3回も使われている事です。
「日の出ずる」は厩戸皇子、聖徳太子を彷彿させ、
山岸凉子さんの「日出処の天子」などにも思いを馳せてしまいます。

実に、日本的な響きです。美しい言葉、隋との対等外交を企図し、遣隋使を派遣し、隋の帝王、煬帝を激怒させた言葉です。
それ以上の意味はないと思っていましたし。それで満足でした。
ただ、yuriは、Wikipediaのある記述に目をとめてしまいました。
細野正文さんの家族についての記述です。(Wikipediaより)
同郷出身の土肥トヨとの間に四男をもうけた
長男・細野日出児(1899年 - 1981年)
二男・細野日出男(ほその ひでお、1902年6月20日 - 1981年10月5日
三男・細野日出光
四男・細野日出臣(1916年 - 1991年)細野晴臣さんの父
ここからは、細野晴臣さんご本人も触れた記事とかはなさそうなので、yuriの完全な推測です。
正文さんが、タイタニック号の悲劇に遭遇したのが1912年。
船と一緒に沈んでいれば、細野日出臣は、この世に生を受ける事はなかった。(1916年生まれですから)
日出児
日出男
日出光
日出臣
4人の日出処の男たち。
細野晴臣さんの「僕は一寸」は、歌詞の配置上の問題で、
日の出ずる国の明日の事でも・・・
日の出ずる国の輝く道でも・・・
日の出ずる丘に彼女と2人で
4つではなく、3つの「日の出ずる」になったのか、それとも、細野晴臣さんの父親を削って、3つの「日の出ずる」を叔父たちに贈ったのか?
数の問題はもはや、推量の域をはるかに超えてしまいますが、日出児、日出男、日出光、日出臣の関係上、「日の出ずる」の裏には、北大西洋を横断するタイタニック号に思いを馳せ、奇跡の生還と、免官という、違和感を自分の叔父たちと父親の名前を書いたのかもしれない。
そんなことを「僕は一寸」を聞くと、いつも思ってしまうのです。

みなさんはどうお感じなりますか?音楽も実に深い物語ですね。
「僕は一寸 笑うつもりです―」
「yuriも一寸 笑うつもりです」
Bing 動画 細野晴臣 僕は一寸 アルバムHOSONO HOUSEより
おしまい。
はいはい。おまけのMLBだよー💛
今日の解説は小早川毅彦さんでした。
本日までの小早川毅彦さん、今期8試合登板で6勝2敗の勝率75%。9試合目の登板です。平均得点7.38 平均失点3.13 得失点差+4.25 大谷さんHR1本
人呼んで、安心安定の小早川毅彦さん、ワースポ解説陣のエースピッチャーですね。小早川毅彦さんは、大谷さんのことを多分「大谷」と呼び捨て出来ることが出来る数少ない一人です。
PNCパーク
天候 くもり 温度 29度 湿度 60% 風向 南南西 風速 1.7m/s
LAD 12 ー 3 PIT 今期9試合登板で7勝2敗の勝率77,78%。最近、始球式とかで渡米されていた、斎藤隆さんの勝率100%には及ばないものの、ほぼ、小早川毅彦さんが解説登板の試合は、勝負の勢いはLADに傾く傾向にある説がかなり、神話になりそうな勢いです。天候、くもりは、5月23日、田口壮さん解説登板のMIL戦 LAD 1 ー 5 MIL ロブレフスキが敗戦投手になって以来のことになります。
まぁ、仕事から帰って、試合結果を知っているので、あまり気にしないところですけども、リアルTV観戦なら、解説登板は小早川毅彦さんであっても、少し胸騒ぎ状態です。
なにしろ、PITの先発はあの昨年のサイヤング賞のポール・スキーンズくんですから、ちょっと点数は取れないかなと思ってしまいます。更に、LADは裏ローテに入っていて、11日(日本時間)開始の試合は大谷さんの先発ですが、10日(日本時間)本日の試合は、ラウアーさんの先発で、やや、PITに分がありそうなGAME1です。
ただ、ポール・スキーンズくんは今年は意外と勝ち星に恵まれず、ここまで、6勝5敗と無双状態ではないのが救いです。特に先月13日に勝利投手になってから、その後3連敗して、前の試合では勝敗付かずですから、昨年の無双状態とはやや違うかもしれないというのは、LADにとっては、希望かなと。

初回は静かな立ち上がりでしたけれど、2死ランナー無しから、連続ソロを浴び、この時点でLAD0-2PIT、スキーンズさん相手には、これ以上の失点はできない状況になりました。

2回にはすかさずLADがタッカーさんの犠牲フライでLAD1-2PITにします。取られたら1点でも取り返す。これは野球では大事なことです。
その後は、ラウアーさんも立ち直り、1点を返した、2回裏も抑え、ここからは、スキーンズさんとの投げ合い、投手戦へて入っていきます。

4回表、マンシーさんがライトフェンスへの一打。二塁打で出塁します。小早川毅彦さんも仰っていましたが、後もう少し、センター側にずれていたら、ホームランで、LAD2-2PITになるはずでした。ここで阻んだのは、このPNCパークの独特の構造です。

MLB独特の球場構造で、左右非対称、いわゆる非シンメトリック構造の球場です。左翼に比べ右翼が狭いため右翼フェンスが高くなっていて、このフェンスの高さは21フィート(約6.4メートル)だそうです。この21フィートの壁にマンシーさんのホームランは、幻になった。ということですね。
さて、何故21フィートなのか?ですが、これは、ロベルト・クレメンテの背番号21に、ちなんだものだそうです。

MLBの素敵なところは、こういった、過去の偉人を偲び、数値に反映させていたりするところで、選手へのリスペクトを大切にする文化はとてもすごいことだと思います。
ロベルト・クレメンテさんは、野球殿堂にも特例として、早期に選出されていて、カーショウさまのカーショウ財団のように、慈善活動家としても有名です。ロベルト・クレメンテーというものが、毎年9月15日にありますが、慈善活動中に事故死した彼を偲び、新たな慈善活動をしているMLBプレーヤーを祝福する日でもあります。

彼は元々、LADに所属していた時期もあるのですが、MLB規約第5条という条項があって、通称ルール5ドラフトで、PITが指名し、そのままPITの選手として、活躍したという過去の歴史が存在します。
そんな彼の気まぐれが、マンシーさんのホームランを阻止したのかもしれませんね。
少し話題を変えます、LADに苦言を言えば、5回表の攻撃のラッシングくん、気持ちはわかりますが、ラフプレーはあまりよい事だとは思いません。ダブルプレーを壊したいのは理解できますが、ベースではなく、PITの選手へのスラディングは誤解を呼びますから。それに結果的にアウトカウントを増やすだけなので。気を付けて欲しいと思いました。

6回に、マンシーさんのタイムリーで追いつき、LAD2-2PITのタイ。スキーンズに、PIT監督がマウンドに、どうするかを打診に行きますが、結果はシャーザーのように食ってかかりはしませんけど、続投。
6回まで終了です。
7回表、もう、LADの打線は止まりません。打者14人、PIT2番ドデルさんが、大炎上。ビドワさんも炎上でしたね。
このシーンについては、yuriの運命のノーとものshimashieさんのリンクを貼るので、そちらを参照ください。
実に、shimashieさん、しまっちの文章はいつ読んでも、切れがあって、うんうん、興奮しますね。
shimashieさんも触れてましたが、6回から7回にかけての攻防は、天気の急変から、雨になり、やがて、雨が上がります。
少し取りまとめて、この回が何故、そうなったかだけをyuri分析しちゃいましょう。
ソース:THE ANSWER によるストーリーより。

パイレーツの先発は昨季サイ・ヤング賞に輝いた剛腕ポール・スキーンズ。大谷は第1打席は二ゴロ、第2打席は空振り三振に倒れた。
パイレーツは大谷の三振後、「ポールがショウヘイを三振に斬ったことへの、このドジャースファンの少年のリアクションよ」としてXを更新。頭を抱え、悔しそうに口を結ぶ少年の動画を公開した。
PITという球団広報が発信したのであれば、これはもうルール破りかなって。あってはいけない行為ではないのかなって。勿論試合中のLADの選手も大谷さんも、そんな情報を見ていないでしょうけれど。
チャント、つまり、繰り返される煽りですね。例えば「ビートLA」とか、これはまだ許されるとしても、悔しがる子供の写真をですよ、ネタにするPITという球団、この記事が本当ならば、流石に、ちょっと、って思いませんか?だから。海賊って言われるわけだし。
野球の応援というのは、江戸時代の、「火事と喧嘩は江戸の華」なわけで、個人や、球団中傷レベルはするべきではない。yuriはそう思います。
「野次も過ぎると野暮に帰す」そういうことだと思います。

そもそもこの試合自体は、前日予報では、雨。
くもりから始まり、途中、パエズっちが、眩しがるほどの陽の光が出る、一瞬の晴れ、そこから、急変しての雨、そこから、雨があがり、ロベルト・クレメンテ橋に掛かる、「ダブルレインボー」。場内には「虹の彼方に」が曲として流れ、そこからのLADの猛攻開始。

フリーマンさんの2,500本安打を含め、1イニングで10点の超ビックイニングになりました。
PITの対応に、一度は、マンシーさんのホームランを奪った、ロベルト・クレメンテさんが、橋の向こうで気分を害して、LADにもたらしてくれた奇跡だったのかもしれませんね。野球とはそういう競技だとyuriは思っています。
明日は大谷さんの登板です。毎回、無得点が続くわけでもないですから、失点は最小限で、抑えてくれればいいなって。
気がかりなのは、明日(今日)は伊東勤さんが解説なことだけかな。
がんばれ、ドジャース。

明日(今日)も虹を越えてゆけー。レッツゴードジャース!💛
最後までお読み頂きましてありがとうございました。
少しお口直しに、yuriオススメのお蕎麦トピックを掲載されているyuriの尊敬する方のリンクを貼ります。是非、お蕎麦を食べて行ってくださいまし。

全日本干しそば党 党本部 党首の佐奈田堂さま。
コメントの約束は果たすのでござるよ。
この子が、布団の中にいたことで、yuriの親がyuriの布団をいきなり、がばーっ!「お前は誰だ!」
「ミッフィーですけど」「・・・」何も言わずにyuriの部屋から出て行った親でした。
ほんとのおしまい。



ラインハルト・ローエングラム 明日(今日のPIT戦を語る)
私を倒すだけの自信と覚悟があるなら、いつでも挑んできてかまわないぞ。
(勝利用)
卿に罪は無い。一度の敗戦は、一度の勝利でつぐなえばよいのだ。
(敗戦用)ブルペン崩壊の場合
でわでわ。
