見出し画像

真言宗はヒンズー教

この8月に高野山にてお世話になった宿坊で、ご住職とお話しする機会がありました。
真言宗についての住職のお考えを聞きたいな、と思って伺いました。
「真言宗はヒンズー教みたいなものです。」とおっしゃいました。「いや、もはやイコールと言ってもいいでしょう。ヒンズー教です」と。
ワオ。wow。ええ、ワーオ!
とても近い観念だそうです。
似ている点は、神様が1人でない、大きい一つに宇宙観の中に複数の神がいて各々が異なるメッセージを持っているという点だったり、神様の見た目でも類似しているものがたくさんあると。
例えばヒンズー教のシバ神、青黒い顔した女神カーリーに似た神様の絵が伽藍の一つの柱に描かれていました。あの絵をみた時は、あれ?ヒンズー教の神みたいだなと感じながら観ていました。
真言宗では神様は、大日如来なのに、多くの真言宗のお寺には一緒に不動明王が祀られています。本殿の真ん中にドーンと不動明王だけが祀られているところもあり、私の宿泊先のお寺もそうでした。
住職曰く、不動明王は大日如来がご立腹した姿だそうです。
そうなんだ!? 神様もお怒りになるんだ!?
「普段は柔和なマハディーバが悪と戦うためにカーリーになるようなものです。似ているんですよ。というか真言宗はヒンズー教です」
私たち人間に対し、「ちゃんと全て整え与えているのに、まだあなたはこういうあり方をするのですか?!」とお怒り時なった時に、不動明王のスイッチが入るということ。

 なるほど。なるほど。

不動明王

 お働きとしては、如来は宇宙で、実際に動くのは菩薩と天だと仰っておりました。
私の習っている霊気でも先生がそう仰っておりました。これからもう少し踏み込んで勉強していきたいと思いました。

それから、ヒンズー教と仏教についてですが、
高野山に着く前に、広島の宮島にて大乗院を訪問した際に、そこの最上階の千手観音様のお部屋で1人手を合わせていると、インド系の英国人が入ってきて、2人になりました。その方はヒンズー教でした。彼は日本の密教を学ばれている方で、ヒンズー教と仏教は非常に似ている。ほぼ同じ教えだが、仏教はラーマナーヤのような、込み入ったストーリーがなくよりシンプルなので彼は仏教、特に密教が好きだと話していました。

ふむふむ。
 昨年、インドへ行った時に、シバ神の祈り「オム ナマ シバヤ」を教えてもらいました。初めて聞いた時、日本語のお経なのか?と感じるようなイントネーションに驚きました。

金剛峯寺石庭。蟠龍庭。あまりの美しさに、日本を見るならここだけでも良いかも、と思うくらい。日本最大級の石庭と知ったのは訪問後でした。何も知らず行ったのですね〜。

そうそう、パワフルで煩悩まみれのお坊さんが多いことについても住職の考えをお聞きすることができました。
 修行の量に比例して煩悩が強くなる傾向があると仰っておりました。
面白い。修行をすればするほど、ギラギラしていくのですね!
 真言宗の教えでは煩悩を容認しているそうです。
修行を積めば積むほど、エネルギー量が上がり、沢山の事が同時にできる人が多い傾向があるという話をよく聞きます、と住職は言っておりました。

 例えば、一日中お寺のお仕事をし、途中、講演会なども行い、夕方になると山を降りて朝までスナックで飲みあかし、6時にしっかりお寺に戻ってきて朝のお勤めに出る。
 講演会やいろんな行事をされる方も多く興味があることにどんどん挑戦するエネルギーが強いようです。そこに煩悩も強く働くのでやりたい事は全てやり尽くす、のような状態になるようです。それが「やらねば」では無いところがすごいです。あまりにもやりたい事が多く、それができるエネルギーがあるのでこなす事ができ、さらに自分を信じるポジティブなエネルギーも働き、こなせてしまうのでしょう。
 スピード違反で捕まらない人が多いということもよく聞くと言っておられました。ポジティブだからなのでしょうか。私の友人の和尚さんも、絶対に捕まりませんと、確信しています。そして捕まらないんです。
 一方、一生懸命修行をしている人の中に、突然病気になったり、ポックリ亡くなるという事もよく周りから聞くそうです。
 私の友人の和尚さんもまさにその通り。たくさん修行をされています。ご自分やご家族には念にを念を入れ、結界と方角を読み、特にご家族は一般人の日常は送れていないようにこちらからは見えます。  Aをするには、BーZをして。云々と、大変そうです。そこまでして、突然病気になったり生死の間を行き来したり、最愛の伴侶や子供が大病をしたりです。これが不思議でなりませんでした。

 私も、入学、就職、引越しとみてもらっていましたが、あとは自分の力でやります、という気持ちが働き、全ての人生を読んでもらうことはしませんでした。 
 私は密教の教えは勉強中で詳しくは分かりませんが、私が感じるのは、陰陽があり、陽の力が強くなればなるほど陰の力も強くなるという事なのかな、と個人的に思いました。
 例えば、自分に病気を治したいと強く祈ると悪化するように、光が強くなると闇が強くなるような。
それとも、私利私欲に身内や自分だけの平穏を祈ることに力を入れると、全体の調和から外れるのでしょうか。
 または宿命、天命という運命なのでしょうか。天命を全うされる方というのは最強の運の持ち主だそうですが、その運を全うするまでの時間はとても短いそうです。例えばイエス キリストや、織田信長などが挙げられるそうですが、この方々が、実質世界を変えるようなことを成し遂げるのはこの世から去るまでの約3年などほんの数年しかなかったそうです。世を動かす天命を全うされる方は少ないと感じますが、そういった運命論もあるのかなと。

「なぜ、早死や病気などが起きるのでしょうか?」の私の質問は、梵字の「阿」を説明していくようなものでとても深くなるのでここでサクッとはご説明できません、という事でした。
そして、帰る時は笑顔で「真言宗はヒンズー教です」と繰り返していました。それがとても印象的でした。

余談ですが、宮島の大乗院で出会ったインド系イングリッシュの男性は、同日の夜、広島の楽楽園の銭湯で、息子がのぼせて倒れて顎をざっくり切ったその時に、その場で再び再開しました。息子も私もびっくりしました。


奥の院 巨人の世界へ入ったような気分でした
奥の院へ。 往復2時間は必要。
至る所で見かけたこの紋章
街並み。平日なので日本人観光客は少なく数組しか見かけません。

いいなと思ったら応援しよう!