京都5日目の朝に思うこと
いつかできたらいいなぁ、という夢とか妄想とか、いい歳の大人になっても、あれこれ考えているのは楽しい。
なかでも「京都に住んでみたい」は、ずっと上位にあって、やろうと思えばたぶんできる、と、なんの縁も根拠もないのに、ぼんやりと思い続けていた。
本当にぼんやりとでも思い続けていれば、不意に実現することもあるようで、この11月、わたしはしばらく京都に住んでいる。
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これほどスペシャルなタイミングは最初で最後、だろう。
まさかこんな機会が巡ってこようとは、本当に思ってもみなかった。
そもそもこのnoteは、ライターとしての場をつくろうと始めたため、エッセイのような日記のような、個人的な文章を載せることはほぼしてこなかった。
けれど、せっかくもせっかくである。
帰京するまでの間、5日分ずつ、ここに綴って残すことにした。
これは、伊豆の田舎に生まれ育ち、東京で長らく暮らしていたフリーランス5年目のアートライターが、しばらく京都で過ごす日常の記録である。
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京都1日目。
朝5時に起き、9時前には京都駅にいた。
スーツケースを手に地下鉄に乗り、初めて歩く道をあちこち観察しながら、滞在拠点にたどりつく。
11時からさっそく取材の予定があったため、取り急ぎスーツケースを置き、リュックから荷物を出して、普段の手荷物で改めて出発。
この日、初日を迎えた「京都モダン建築祭」のキックオフイベントや、

文化庁が主催する建築イベント「LinkArchiScape─建築ツーリズムをつなぐ」のトークイベントも取材する。

その合間には、通信課程を卒業した、京都芸術大学大学のホームカミングデー(卒業生が集まるイベント)に、ほんの30分だけ立ち寄った。
参加の申し込みをした当時は、昼過ぎから最後までいるつもりだったが、企画を提案したお仕事にGOが出たため、こちらはスキマ時間での滞在になったのだ。
2024年春の卒業式ぶりに、お世話になった先生方にお会いしたかったがかなわず。
しかし、都内でお会いしたことのあるライターの方にはばったり会えた。卒業生であり、10年以上好きな美術作家の方にも。
そして、どうしても観たかった田名網敬一さんの追悼展も拝見できた。

バスと地下鉄の一日乗車券(¥1,100)を駆使し、市内を北に南に移動して、ふたたび滞在拠点にもどったのは、21時過ぎだった。ねむい。
京都で取材、となると、いつもこうだ。交通経路を調べつつ、テトリスのようにできるだけ予定をつめこみ、あちこち行っておきたくなってしまう。
京都2日目。
嬉しかったのが、ふつうに自転車に乗って、あちこち移動できること。
市内を転々と移動せねばならない予定があり、試しに自転車で出かけた。滞在拠点の立地のおかげで、たいがいのエリアに行けてしまえることに気づき、じわじわと嬉しくなった。
移動に、交通費の節約、運動と、一石三鳥である。

普段、東京で暮らしているエリアは、坂が多くて道も狭い。子どもを乗せた保護者の自転車も、宅配のために爆走するロードバイクも多い。相変わらずイヤホンをつけたままの人も。
自分が気をつけるにしても限界がある。車道を走るとき、いつもヒヤヒヤしていたが、マジ危ないからできれば乗らないで、と家族に止められて数年。
今夏、10年以上乗り、ぼろぼろになっていた愛車を、ついに手放していた。
京都の道路は、いたるところに自転車用のレーンが整備され、駐輪場もたくさんある。道が平坦だから、電動アシストがなくてもすいすい移動できる。
だから地域の方々も観光の方々も、自転車で移動するのだろう。
この日も「京都モダン建築祭」の取材のため、いくつかのエリアを自転車で巡り、鴨川沿いをゆるゆる走っては建物の外観を撮影。
決して少なくない観光客、街は大賑わいだけれど、銀座や新宿よりずっと快適だと思う。
空が広いから、なのかな。

「来てよかったなぁ。このままずっといたいなぁ」
自転車を停め、鴨川沿いに座っておにぎりをほおばり、好きな鳥たちを眺めて思わずつぶやいていた。
気づいたら手と足がだいぶ疲れていて、結局、10キロくらい乗っていた。
自転車さえあれば、どこへでも、どこまでも行けそうだ、京都。
京都3日目。
ちょっと奈良まで行ってきた。

「正倉院 正倉を特別公開します!」という情報は、10月のうちに知っていて、行こうかな、行けるかな、と迷っていた。ほんとは、原稿を書かねばならない。締切がせまっている。大事なお仕事である。
でも、これは一生に一度、あるかないか、の機会なのだ。
しかも、今、わたしは東京ではなく、京都にいる。4時間ではなく、1時間で行ける場所にいる。行けるんだったら行っとこう。

朝9時すぎ、近鉄奈良線の急行に乗ると、10時すぎには奈良に着いた。
東京から横浜へ行く、くらいの感覚で、奈良に来れた。
せっかくの奈良、できることなら、鹿の皆さんを心ゆくまで観察し、あちこちで愛でていたい。
が、今回は正倉院がお待ちである。先を急がねば、と思ったら、スコールのように雨が降り始め、奈良国立博物館でしばらく雨宿りをした。

なんとなく明るくなったなぁ、と屋外に出ると、真っ青な空と日差しが。
雨上がりのすがすがしい空気のなかで見た正倉院は、それはそれは美しかった。


そしてもう一つ、観たかったものが。
奈良県立美術館で開催されている特別展「奈良ゆかりの現代作家展 安藤榮作 -約束の船-」。
同時開催しているミニ企画展とコレクション展も合わせて約2時間、ゆっくり鑑賞できて本当に良かった。展示を観て泣きそうになっていた。

京都ほど訪れていないため、街の中もあちこち巡れてないから確信を持てずにいるが、わたしはたぶん、奈良のほうがもっと好きかもしれない。
京都へ向かう急行に乗り、館の公式YouTubeで公開されていた安藤さんのロングインタビュー映像を聴きつつ、ぼんやりと思っていた。
京都4日目。
初めて丸一日、一歩も外出せず、滞在拠点で過ごす。休日のような仕事の日。
そういえば、京都へ来る前の2週間も、やっぱり慌ただしかった。
三重県内を転々と移動しながら1泊2日の取材旅をしたり、都内を転々と移動しながら丸1日のプレスツアーに参加したり。
その合間に、この滞在のための自分の荷造りと、家を空けるにあたっての家族のための準備、滞在中にするお仕事の準備。
突然、五月雨に連絡が来る依頼や、急なインタビュー取材の依頼、新たな取引先とのオンラインでの面談。
テトリスのようにスケジュールを調整し、京都に行っているうちに終わってしまう都内での展覧会にも慌てて観に行く。間に合わなかったもの、たどり着けなかった展覧会もあった。でも、仕方ない。どこでもドアが本当に欲しい。
京都5日目。
昨日に続いて、今日も丸一日、一歩も外出せず、滞在拠点で過ごす。わかりやすく締め切りに追われる。
3食とも自炊しながら、原稿を提出し、メールを返し、あっという間に夜になった。
結局、ここ1ヶ月ほどは休みという休みはなく、ずーっと仕事をしていた。が、遊んでいた、とも言えるような。これだからフリーランスは不思議な立場である。
かつて、3年も同じ会社にいると、居場所を変えたくなって転職していた。今、ライターになって5年が経つが、居場所を変えたいとは全く思わない。
少しずついろんな方々といろんな場でお仕事をすること、あちこちへ取材に行き、依頼や目的に合わせて伝えることを自分で考え、文章や写真でご紹介することが、好きで、得意で、向いているのだろう。
そして、続ければ続けるほど、お仕事が次のお仕事を連れてきてくれている。ありがたい限りである。
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「え、家族は大丈夫なんですか?」
京都にしばらく住む、と話したとき、男性の方々にだけ言われた。
久しぶりにモヤっとした。同じことを男性にも聞くのかな。大丈夫だから行くんだけどな。
もちろん「行ってきなよ!」と言ってくれた家族には、本当に心の底から感謝している。
でも、わたしは、わたし、である。家族のものでも、誰のものでもない。
ちなみに女性の方々の反応は、「いーなー!!!」が100%だった。
そもそも、なぜわたしは京都の古い街並みに身を置くと、とても落ち着くのだろうか。
京都を初めて訪れたのは、中学生の頃。修学旅行でのことだった。
今はもうなくなってしまった、烏丸御池駅近くの宿泊施設に滞在し、「からす」という漢字を覚えた。
京都タワーと京都駅の建築の美しさに見とれ、最上階から建物の写真を撮ったし、班で貸し切りしたタクシーの運転手さんが連れて行ってくれた権太呂のうどんと、金閣寺のお庭、知恩院の階段も、とてもよく覚えている。
約20年後、京都の大学に編入し、卒業し、今はこうして仕事をしながら、京都にいる。
人生、何が起こるかわからないから、面白い、と思う。
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