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観てきた!ショパン-200年の肖像 展 at 練馬区立美術館

普段、ラジオや、iTunesから音楽を選ぶ(洋邦・歌声ありなし問わず)など、何かしらのBGMを流して生活していますが、ここ1年ほどで”クラシックを聴く心地よさ”に、格段に拍車がかかりました。
クラシック、いいですよね。

わたくし、吹奏楽やバイオリンの経験はあるものの、”王道”とも言えそうなピアノは習ってこなかった人生のため、いつか弾けるようになりたい、とずっと思っているからか、ピアノの音が好きです。

この展覧会、予備知識ほぼゼロで出かけてきましたが、思った以上に見どころが多く、とても楽しめました。キラキラと豊かな気分になれて、行って良かったです。すでに数日たちましたが、ショパンが作った曲たちを聴くたびに展覧会を思い出し、余韻に浸り続けています。

場所:練馬区立美術館(東京・中村橋)
会期:2020年6月2日(火)~6月28日(日) 
時間:10:00~18:00 ※入館は閉館の30分前まで
休館:月曜
観覧料:一般1,000円、高校・大学生および65~74歳800円
    中学生以下および75歳以上無料

今後の巡回予定:静岡市美術館 2020年8月1日(土)〜9月22日(火・祝)


◎観に行こうと思ったきっかけ

開催を知ったのは、ネットで展覧会情報をパトロールしていたタイミングだったかと。
ショパンの音楽が好きでわりと聴くのに、そもそもいつ頃に生きてた人物なのか、とか、基本的な情報をほぼ認識してなかったので、彼がどんな人物だったのか、どんな人生でどんな時代を生きたのか、興味を持ちました。
また、合わせて展示されるという、ワルシャワ国立博物館やドルトレヒト美術館(オランダ)、国内の美術館が所蔵する油彩画など、なかなか他の企画展では観られなさそうな作品が出てきそうだなぁ、と思ったからです。

◎どんな展覧会?

誰もが音楽の授業で名前を聞いたことのある、超有名な作曲家・フレデリク・ショパン(1810~1849)
ドイツの右隣にあるポーランド共和国の出身ですが、昨年、そのポーランドと日本が国交樹立100周年!でした。これを記念して企画された展覧会です。
ちなみにショパンのお名前、”フレデリック・ショパン”と表記することが一般的なようですが、この展覧会では、原語の発音により近い”フレデリク”表記が採用されています。

”幼い頃から身体が弱く、恋人であった作家ジョルジュ・サンドとの別れによる傷心のうちに、若くして亡くなった”という画一的なイメージが流布しています。そこで本展では、ショパンの息吹を感じる自筆譜や手紙、遺品のみならず、彼にまつわる様々な美術作品や資料に基づき、ショパンという芸術家の人間像と音楽創造の背景を見つめ直します。(公式サイトより)

今回なんと、ポーランド国立フリデリク・ショパン研究所(NIFC)が全面協力!しています。
この研究所は、ショパンの遺品・権利などを一括管理し、研究、出版、音楽会、普及活動や、「フリデリク・ショパン博物館」の運営、あの有名な「ショパン国際ピアノコンクール」も開催してるところです。

単にショパンが生きた時代についてや生い立ち、遺したものだけでなく、ショパンをテーマに創作されたポスターや絵画など様々な作品の展示が充実していました。もちろん、「ショパン国際ピアノコンクール」についてや、マンガ『ピアノの森』についての展示も。
全部でなんと約250点!という、本当に多面的な作品・資料が、ぎゅぎゅっと会場に並んでいます。

◎ショパンが育った頃のポーランドは大転換期!

ショパンが生まれてから20歳まで過ごした、ポーランド・ワルシャワ。
当時のワルシャワは、参政権が貴族だけから一部庶民にも与えられ、奴隷制社会が少しずつ変化し、農民たちが都市部で仕事に就くようになったことで工業や金融業が発展していきました。

公共施設の整備が進み、オペラなどが上演された国民劇場が造られ、ヨーロッパ初の文部省・国民教育委員会の創設、新聞の発刊など、近代国家としてどんどん変化していった時期です。
街が豊かになるにつれ、大貴族、知識人、富裕市民などがサロンを主催して集うなど、文化を担う知識人たちもたくさん活躍。
後にショパンを教えることになる、作曲家で音楽教育者だった、ユゼフ・エルスネルさん(1769〜1854)も登場します。

ショパンの父であるニコラさんは、フランスからポーランドにやってきて、貴族の家庭教師から高校の先生になった方。職場だったワルシャワ高校は宮殿の中で、家もその近くにあったそうです。
つまりショパンは偶然にも、最先端の知識人が多くが集まっていたであろう時代に、文化的にとても恵まれた環境で育っていったんですね。

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ショパンはその後、演奏の機会を求めて、ウィーン、そしてパリへ向かいます。パリに到着したのは1931年9月のことでした。
当時のパリと言えば、前年1930年7月に「7月革命」が!!!激動の時代ですね。

ポーランドでは、実質的に支配していたロシア帝国に対するポーランド人の反乱「11月蜂起」が起こります(1830年11月29日〜1831年10月21日)。
この時、多数の軍人や知識人が亡命。特にフランスは、政府が亡命者に支援金を給付したこともあって、だいたい常に5,000人以上もの亡命者がいたそうです。ショパンの知り合いもたくさん、パリに来ていたそうですよ。

◎ショパンとドラクロワ、サンドが出会ったサロン

ショパンは、本当に数多くの肖像画が描かれていますが、この展覧会では、パリで活躍したオランダ出身の画家、アリ・シェフェールさんの作品が展示されています。これらはドルトレヒト美術館(オランダ)の収蔵作品です。

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▲シェフェールさんが描いたショパン。会場で買えるポストカードです。

当時、シェフェールさんのサロンには、ショパンや、ショパンの恋人になったジョルジュ・サンドさん、そして、フランスの画家・ドラクロワさんも出入りしていたそう。

ドラクロワさんと言えば!「7月革命」を描いた超有名な絵画『民衆を導く自由の女神』ですよね。
ドラクロワさんは、ショパンの12歳年上でしたが、サロンで仲良くなって、1938年には、ショパンとサンドの二人を描いた絵画作品も手掛けているほど。
会場の展示を観ながらそんなエピソードを追いかけると、きっととても活気があって、毎日みんなで集まって創作活動して、絶対楽しかったろうなぁ・・・なんて思いました。

◎ショパンの手、美しすぎ!

晩年、結核でどんどん衰弱していってしまったショパン。故郷・ワルシャワに戻ることなく、1849年10月17日、パリ・ヴァンドーム広場12番地で、39年という短い生涯を終えました・・・。

亡くなった後、彫刻家のオーギュスト・クレサンジェさんが、約半年にわたって現地に滞在し、ショパンのデスマスクや手などを石膏で型取り、のちにブロンズ等で17点もの作品を制作していますが・・・

なんと!会場には、そのショパンのデスマスク!!!
そして、左手が!!!展示されてるんです!!!!
息をのみました・・・

ケースに収められているものの、かなり近くで鑑賞できます。
これはもう、一生にあるかないか、なことでは。
わたし、思わず、自分の左手と比べてしまいました・・・
そして小顔・・・!横顔が本当に美しかったです・・・
これは本当に貴重な展示かと思います。ぜひ!ぜひ実物をご覧ください!


◎あるほうが充実。音声ガイド

展示の多くには、結構細かく解説文のパネルがついていました。
ただ、作曲家が主役の展覧会、名曲の数々とともに、声優・坂本真綾さんによる作品解説が聴ける音声ガイド(¥600)を、レンタルされることをお勧めします。解説パネルにない情報がかなりたっぷりと聴けました。

ただし!!!ものすごーく残念に思ったことが一つ・・・
このご時世、イヤホンが使い捨てのため、音質が・・・涙
一般的なイヤホンジャックなので、ぜひお手持ちのイヤホンを持参されることを強くお勧めします!!!


◎日本初公開!!!

混雑を避けるためか、あんまり宣伝・告知されてないですが、本国のフリデリク・ショパン博物館でもなかなか展示されない、という貴重品が来日してます・・・もちろん日本初公開です。
デスマスクに左手もなかなかのパンチがありますけども、こちらもぜひ。


①ショパン自筆の楽譜2種類
言われてみれば案外見たことない、有名作曲家の直筆の楽譜。
すでに200年近く前のものなので、インクも薄くなってしまっていますが、
印刷された楽譜では分からない、いろんな書き込みや迷いの跡などが確認できます。
拡大&解説が加えられたパネルと丁寧な説明文があるので、しっかりじっくり鑑賞できました。とっても繊細で美しかったです・・・

展示されていたのは2曲分。どの曲の楽譜かは、ぜひ現地で確かめてみてください。
そのうち1曲は、印刷するために書かれた”製版用”。
もう1曲は、プレゼントするため装飾の入った紙に書かれた”贈答用”でした。
個人的にはこの贈答用の紙にも釘付けに。細かなところまでおしゃれです。

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▲楽譜のポストカードも売ってました。思わず購入。

驚くと同時に、確かにそうだなぁとも思ったのが、我々が目にする楽譜には、出版年代や発行元の違いによる、”○○版”と呼ばれるバージョンの違いが存在すること。今回、初めて知りました。
作曲家本人が手書きしたものには、音符だけじゃなく、テンポや、どんな風に演奏してほしいか、が、事細かに書かれているものですが、製版用であっても、印刷するためにきれいに整える役割の人を経て、ちょっとだけ解釈が変わって・・・なんてことが起こるようです。なるほどねぇ・・・。

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②男友達に当てた直筆の手紙2通
当時、多くの芸術家は、日記や音楽評論など、何かしら手書きのものを残していることが多かったようですが、ショパンは手紙くらいしかなく、しかも戦争で失われたものも多いため、現存するものは非常に少ないそうです・・・そんな貴重品が2つも!展示されていました。

いずれも、ショパンと同じ高校に通い、音楽学校でも同じ先生についていた、友人のユリアン・フォンタナさん(1810〜1869)宛て。
マネージャーのように、ショパンのパリでの活動をサポートしていた人物です。

一通は1838年11月15日付けで、恋人サンドと滞在していたマジョルカ島パルマから。もう一通は、約1年後の1839年10月8日付けで、サンドの別荘があったノアンからパリに戻る前に書かれたものでした。
これらも和訳のパネルが会場にありますので、ご興味あれば読んでみてください。

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③晩年、療養中に使っていた呼び鈴
思いがけずアジアテイストのデザインだったので、ちょっと驚きました。
シノワズリの名残りなのか、19世紀中頃だしひょっとしてジャポニズムと関係が・・・?ぜひ間近で実物をご覧になってみてください。


◎やっぱりすごかった!ショパンコンクール

会場内、最後は、ショパン国際コンクールにまつわる展示があります。
5年に一度だけ開催される、超絶最難関のピアノコンクール。しかもチャレンジできるのは30歳以下、という年齢制限付き!
これまでの年表 & 選考過程の解説パネルを読んで、本当に痺れました・・・

ちなみに今年2020年に第18回のコンクールが開催予定でしたが、来年に延期されています。
これまでもすごいコンクールだとは思ってましたが、完全に見る目が変わりました。今から楽しみで仕方ありません・・・。


◎グッズは? & 地味にゴージャス!高級オーディオのBGM

特設のグッズ売り場は、ロビーにこじんまりと。
定番のポストカードやクリアファイルの他、ワルシャワ・フリデリク・ショパン博物館から直輸入のトート、バッジなどがありました。種類はさほど多くないです。
公式図録は、求龍堂さんが発行元で、かなりの充実っぷりです。

え!なんで!!!と一番思ったのが、CDが全く売ってない!こと。
なんででしょう・・・うーん・・・

ちなみにグッズ売り場、チケット、音声ガイドのどれも、現金オンリーです。ご注意ください。

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展示を観ていると、どこからか音楽が聞こえてきます。もちろんショパン。

これ、なんとポーランドのフレデリク・ショパン研究所が発行しているCDだそう。これ、本当にグッズ売り場で売ってたらほしかった!!!

・ワルツ 変ホ長調 作品18「華麗なるワルツ」
・エチュード ホ長調 作品10-3「別れの曲」
・スケルツォ 第2番 変ロ長調 作品31
・マズルカ 変イ長調 作品59-2
・子守歌 変ニ長調 作品57

そして、オーディオに全くもって疎いわたしでもわかる、高音質・・・
ヤマハの下記機材でしたよ。"プリメインアンプ"って、初めて知りました。

プリメインアンプ A-S2100
CDプレーヤー CD-S2100
スピーカー NS-F901


◎会期が短いので、ぜひお急ぎを!

今回、チケットの事前予約制などは行われていません。
ただ、感染症対策のため、いくつかのルールがありました。
お出かけ前は、必ずこちらをご確認ください。

残念ながら、東京での会期は今月中のみ。
こうしてまとめてみると、見どころがとってもあり、楽しみ方も多彩。マンガ『ピアノの森』も読みたくなりましたし、とても充実した素敵な企画展だなぁと思いました。

何よりも、わずか39年の生涯だったのに、こんなにも世界中の人々に愛され続けるショパンに、わたしもすっかり魅了されてしまいました。
(そしてこの記事、結局5,600字超えの長文に・・・汗)

ゆったりじっくり、ポーランドとパリに生きたショパンの姿を、この展覧会で味わってみてください。

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Naomi┃アートライター・編集 記事を読んでいただきありがとうございます。いただいたサポートは書籍購入などに使わせていただきます。何よりそんな広く優しい心をお持ちの方には きっといいことがあるはず✨メッセージも合わせて書いていただけたら必ずお返事いたします✏︎