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2026/04/10(金) お祝いイベントで初コラボ成功の日/私が誰かと弾きたい理由


ああ、もう1週間が経とうとしている。早いよ。


4/10(金)。

この日はおなじみ荻窪アルカフェにて
まるさんの音楽活動10周年記念イベントが
開催されました。



いちおうイベント名にはBarと付いてましたが
実質オープンマイクです。

ちょっとアーカイブに残ってないのが
もったいないくらい
素敵な&おもしろい演奏が
目白押しでしたよ。
あの時その場に居た人しか
知らない演奏ということで、
それもそれでまた音楽の良さですね。

あと、その場にいる人が皆して
お祝いする空気って
やっぱり清々しいものです。
なんか幸せになりますよね。


私は弾き疲れて(すげ〜集中したんや)
早めに退場しましたが
お祝いの一部になれて幸いでした。


やった曲
♪春泥棒/ヨルシカ
   (まるさんギタボ、私ピアノ)
♪いえでさんオリジナル曲セッション
   (いえでさんギタボ、まるさんギター、
     飯塚さんベース、私ピアノ)
♪死んでとまでは、言わないけれど/まる
   (まるさんギタボ、私ピアノと小声歌)



流れ
・まずホスト演奏に始まり、その後
 会場に居る人が順繰りに流れで
 (時に名指しで)演奏していく

・その流れで春泥棒やる
 なんかすごく喜んでいただける
 天才少女と言っていただけた
 (※どう頑張ったって少女とは言えないのだ※)

・「なんでも弾けるでしょ」と言われて
 いえでさんより
 8つのコードだけが書かれた紙片を賜る
 なんでもは弾けない
 ビビる
 「それが循環するだけだから」ということで
 ビビりながら手探りでセッションに参加する

・で〜最後の締めにホスト演奏ということで
 この流れで
 『死んでとまでは、言わないけれど』
 を、やらせていただいた。




大団円。ほっこりイベント。拍手いっぱい。
 


あの、この書き方だと
あたかもまるさんを祝うために
コラボしたかのように思えそうですが、
そんな殊勝なことではまったくなくて。



お祝いをするために
コラボを持ちかけたんではなく、
発端は逆だったんです。




「死んでとまでは〜、が名曲で刺さったので
 コラボしたいです。
 あとヨルシカもやってみたいです」

まるさん
「じゃあちょうど4月に僕のイベントあるので
 そこでやりましょう」


的な(超要約)
つまり100%私発信の
コラボしたい欲を満たす形で、
ちょうどよ〜くタイミングがはまったのですね。



おかげでこの時期ぴったりの
春泥棒も弾けましたし。
なんかうまいこと行ってよかったなーって
思いました。



そうそう。
まるさんはたくさんオリジナル曲を作って
いろんなところで演奏されていますが、
たまたま1月のアルカフェスタでの共演時に
初めて耳にした
『死んでとまでは、言わないけれど』
を、私はいたく
気に入ってしまったのです。
なので、自分でも
弾いて歌ってみたくなったのでした。
そんで、お願いして
歌詞とコードをもらいました。



実際、弾いて歌うと
すごいスッキリします。
ストレス社会の現代日本に
うってつけの曲ではないでしょうかって。
特に新生活でいろいろ溜まりがちな4月、
フィットする人も少なくないんじゃないかなぁ。


私の一番好きな歌詞

「無いとは思うけど
 悔い改める日が来たのなら
 その時は許してあげる
 なんて言うとでも思うのか!
 バーカ!」

死んでとまでは、言わないけれど/まる



こちらの動画↓の終盤の方、



2:08:00〜あたりから
〜2:12:40あたりまでで
聴けますのでね。
ぜひ。



私が人と一緒に弾きたがる理由



「いろんな人と一緒に演奏してるから
 どれが誰なんだかわかんなくなる笑」



といったようなことを言われるほど、
この約半年間だけでも
いろんな人と演奏させていただいた私ですが



(はい、私自身も時々
 自分が何やってんだかよくわからなくなります)



じゃ、なぜそんなに
いろんな人と演奏したがるの?


お声がけいただく機会のみに限らず、
自分から進んでナンパしに行ってまで
なんでそんなにいろいろやってるの?



ということについて、




はて、なんででしょうね……(他人事)
ということで、




自分でも
あらためて考えてみたのですが。


1番は

・たのしいから。


うん。なんだかんだと
理屈を後付けしたところで、
やっぱりこれに尽きますね。
たのしいんです。単純に。
それが一番大きい原動力です。
楽しみのためなら勇気も出せるし
頑張りも利くのです。シンプルです。



・私のできないことをやっている人、
 持ってないものを持っている人に
 学ばせてもらって、吸収したい



→ひとりじゃできない、
 ピアノだけじゃできない、
 私一人の限られた人生の中では
 まだ知らない、
 まだできないことが
 たくさんあるのです。
 人に学ぶのが一番早いです。
 そうして勝手に貰っていくのです。



・自分ではやらない曲、
 選ばない音楽を知るきっかけになる
 


・なんとなく、言葉以上に
 その人の人柄が見える気がするから

→と、いうことは、
 同時に私も見透かされている可能性も
 十分にあるということも、
 常に念頭に置いておかねば
 なりませんね。いやん
 えらそうなこと書いていますが、
 自分自身が誇れる人間性かというのは、
 また全然別のお話です。


・練習に張り合いが出る


→自分のためだけだとね、やっぱり
 たるんでしまいがちなので。


・面白くなりそうな予感がすると
 身体がムズムズしてしまう


→いわゆる「俺に弾かせろ」発作です。
 これはもう持病の一種だと
 最近は思っています。

 かと思えば
 頼まれても全然弾きたくない時もあるので
 やっぱり持病の発作なんだと
 思います。


 仕事ではない、と線を引いてるがゆえに
 気まぐれに過ぎるんですよね。
 それで良いと思ってるけど。



・人はひとりでは生きていない
 ということを実感したい


・良くも悪くも、
 自分の狭い頭の中で
 勝手に描いてることと違って
 思い通りにならないことばっかり
 人生にはたくさんある
 ということを、
 常にできるだけ己に戒めていたい


→ままならないことばっかりが
 たくさん起きる。
 でもそれがある意味
 人間社会で生きる上での
 デフォルトだってこと、
 常に忘れずにいたいのです。
 ひとりで勝手に傷つかないようにしたい。


 その上で、
 人の手を借り
 人に自分を預けることで、
 想像以上の素敵なことや
 予想外の展開も
 訪れる可能性があるという
 希望を常に持っていたい
 という意味もあります。


 これは、勝手な期待とは
 また全然異なる種類のものです。

 そう簡単に、勝手に
 悲観したり絶望したりに
 陥らないために。 

 まだ自分にもやれることがあるし、 
 人に助けてもらえることもあると
 そういう意味での希望の光を
 持っておきたいからです。



なんか、思ってることを
正直に書いてるんですけど、
これって、読む人によっては
結構重たい話に受け取られたり
するんですかね。



まあ、いいや。
これも私なので……。



そんな思いで、
ソロだけでなく
海猫もぼちぼちやってるし、
やってみたい、楽しくなりそう、と思った人に
自らお声がけもしたりしてしまうし、


やってくれ、と言っていただけたら
いつもいつでもはやれないけれど、
できる範囲で、私のやりたい範囲で
やらせていただいている感じです。


(生活の糧を得るための
 お仕事としてやってはいないので、
「私のやりたい範囲で」という
  傲慢さも発生しているんですね。


   だから、やりたくない時はやらないです。
   つまり、やっている時はいつも
   やりたくてやっています。)


ここまでお読みいただいておわかりのように、
私が誰かと演奏したいのって
全部自分のためでしかないんですよ。

(もちろん、その結果として
  一緒に演奏した相手や聴いている人が
  喜んでくれるんなら
  それはもちろんとってもとっても嬉しい)


誰かのため、だなんて
おこがましいことは
とてもじゃないけど、言えない。


お金の代わりにサービスしている
わけでもないので。
それができなかった人間ですし。


そんな感じで……


人と一緒に演奏するのは
たのしいです。


これからもやっていきたい所存です。


もしいつかどこかで
鼻息荒めの私にナンパされたら
引き受けてくれたら嬉しいです
(もちろん引き受けなくても大丈夫です)

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なお|ピアノ弾く 応援ありがとうございます。オープンマイクへの参加費とドリンク代、または楽譜購入代、またはスタジオレンタル代へ循環させていただきます。