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私家版インフォームドコンセント

 2年程,大動物臨床の経験がある.北部家畜保健衛生所の伊是名いぜな駐在員の頃で,新卒で本所に1年勤めた後の事である.直腸検査の体験は皆無に等しく,産後熱の母豚の耳静脈にリンゲル輸液用の針を挿入する術も知らず,むろん,聴診器で創傷性心膜炎を診断する芸当など及びもつかなかった.
 しかし,曲がりなりにも診療をして農家からなにがしかの鳥目を頂くからには,こちとらの技倆を先方様に見破られたらいけない.
 私は『ラ・ロシュフコー箴言集』(岩波文庫)に活路を求めた。
 106-「物事をよく知るためには細部を知らねばならない。そして細部はほとんど無限だから,われわれの知識は常に皮相で不完全なのである」に触発され,手元にあった近代出版の『牛病学(初版)』やデーリィマン社の『主要症状を基礎にした牛の臨床』などの成書には目もくれず,ひたすら普遍性の確立にプライオリティを置いて往診時のマニュアルをこしらえた.
 17世紀フランスのモラリストは記述する。
 257-「重々しさは精神の欠点を隠すために考案された肉体の秘術である」,20-「賢者の不動心とは,心の動揺を胸中に閉じこめる技巧に過ぎない」,や327-「われわれが小さな欠点を告白するのは,大きな欠点は無いと信じさせるために過ぎない」という言葉に感銘を受け,早速,稟告りんこく時に応用した.
 それでもなかなか世間に受け入れられなかった時は,148-「誉める非難があり,くさす賛辞がある」と解釈し,155-「すぐれた面を持ちながら疎んじられる人がおり,欠点だらけでも好かれる人がいる」や251-「短所でひき立つ人もいれば,長所で見劣りする人もいる」と自分を慰撫した。各頁を渉猟し,190-「大きな欠点を持つことは大きな人物しか許されない」という部分を見つけた時には欣喜雀躍した.
 また,179-「われわれは時どき,自分の軽はずみを見逃させるために,先手を打って友達を軽はずみに責める」という箇所の「友達」を「農家」に,76-「ほんとうの恋は幽霊と同じで,誰もがその話をするが見た人はほとんどいない」という箇所は「恋」を「医療」に,22-「哲学は過去の不幸と未来の不幸をたやすく克服する.しかし,現在の不幸は哲学を克服する」という箇所は「哲学」を「獣医学」に置換し,農家に自己責任の大切さや現代科学の限界を流布する事も忘れなかった.
 ある晩,私は島の銘酒泡盛「常磐ときわ」のオンザロックスで一杯ひっかけていると,いつの間にか学生時代に見たある映画がオーバーラップしていた.
 『カプリコン・1(ワン)』(1977年)は,アメリカ合衆国の莫大な連邦予算と威信を賭けた世界初の火星探査計画が失敗し,当局はそのミスを隠すため,架空の着陸シーンをスタジオ内で撮影するというSF巨編である.秘密を知られた宇宙飛行士達(あのO・Jシンプソンがウォーカー役を演じている)は国家から命を狙われ,必死の逃避行が続く.その中で絶対絶命の窮地に至った彼らは,自前のジョークを披露し,お互いを慰め合い,生き残る力をなんとか得る.その中の一つ. 
 ある男が,仕事でヨーロッパ一周の旅にでることになった.しかし,飼い猫をしばらく誰かに預けなければならない.彼は兄貴に世話を託した.男は行き先々で,猫の様子を電話で訊ね,それに安堵しながら旅を続ける.ある日コペンハーゲンから故郷の兄に電話を入れた.「兄さん,猫は元気かい?」「あぁ,あの猫なら死んじゃったゾ」「え!・・・兄さんそんな言い方はないだろう」「じゃ何て言ったらいいんだ.死だから死んだと言ったんだ」「例えば,こんな言い方はどうだろう.あぁー,猫ならリスを追いかけて樹に登ったんだ.リスが樹から屋根に飛び移った時,誤って足を滑らし,屋根から落ちてしまったんだョ.大急ぎで獣医さんに見せたんだが,もうどうしようも無くてね.それでも獣医さんは直ぐに手術をしてくれて,注射を何本も打ってくれたり,一生懸命,不寝ねずの看病をしてくれたんだ.その甲斐もあって,一旦快方に向かったように見えたんだがね,打ち所が悪かったらしく,昨日,皆に看取られて,とうとう息を引き取ったんだ.・・・こういう風にでも言ったら,ああ,兄さんにもいろいろ面倒をかけたね.奴もこれだけやって貰えて本望だったろうよ....って事になるんじゃないのかね」「ああ,そうだな俺も悪かったよ.」「いや,もういいんだ.兄さんさえ判ってくれたらいいんだよ.・・・ところで,母さんは元気にしてる?」「ああ,母さんならリスを追いかけて樹に登って・・・」

 爾来じらい,こうした私の啓蒙が功を奏し,崖っぷちに立たされた農家も自分の財産である家畜の健康には一層細心の注意を払うようになり,統計的にも対前任者と比較して往診件数が激減した事は,病気が少なくなったものと解釈でき,欣快に堪えなかった.
 数年前,私は島を離れて初めて,伊是名島を訪れた.往時を偲ぶ官舎に今は駐在獣医師の姿はなく,主のいない庭には秋茜が飛翔び交い,夏草が長い影を落としていた.
「夏草や・・・・・か」と私は短く呟き,そこを後にした.
 夜,久しぶりに旧友に逢った.三,四つ歳下の元JAの営農指導員はその後,繁殖から肥育,加工施設まで具備した肉屋まで手がけている.
「Kよ,ここまで来るのに大変だったな.」
「なに,最初の苦労を思えば今のはどうってことないスよ」
 Kのうなじは赤銅色に日焼けし,小鬢こびんには白いものが目立つようになっていた。
「そう言えば,初めの頃は農協の仕事もしながらの牛飼いだったからな,辛かった事も沢山あったろう」
「ああ,出張もよくあったからね」
 「常磐」が私のオン・ザ・ロックスの氷をすべて溶かし尽くし,Kは再び氷と酒を注ぎ始めた.
「でも,今だから言うが,あの時の又吉さんには厄介かけて感謝しているよ」
「何の事だ?」
「ほら,子牛が生まれて直ぐ,出張で家を空けなければならなかった事があったじゃないか.心配するな俺がちゃんと看てやるよと言ってくれたの覚えてない?初めての子牛で,しかも予定日よりずっと前に生まれたから不安だったけど,獣医さんがあんなに親身になってくれたことが嬉しくてさ.・・・オレ,内心感激だったヨ」
 氷がまた一つ解けて,グラスの頂上にあった氷が柔らかな音をたててゆっくりと滑り落ちた.
「あぁ,あのリスを追いかけて樹に登った子牛の話?」
           日本獣医師会雑誌 2010年2月号 診療室より抜粋

 


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