ZigがAIを禁止する理由。GitHub離脱、確固たる運営方針。
こんにちは。エンジニアの直也です。
YouTube「直也テック」でプログラミング教育、Webセキュリティ動画を作っています。
今回はJetBrainsが公開した、Zig言語の作者アンドリュー・ケリー(Andrew Kelley)氏へのロングインタビューを取り上げます。
アンドリュー氏は2018年に勤めていた会社を辞め、プログラミング言語Zigの開発に専念してきた人物です。8年が経った今、ZigはGhosttyやTigerBeetle、さらにはUberのクロスコンパイルなどを支える存在になりました。一方で「PRやIssueへの厳格なAI禁止ポリシー」「年間67万ドルの非営利財団」「GitHubからの離脱」「10年経っても1.0が出ない理由」など、賛否を呼ぶ決断でも知られています。
この記事では、動画で語られた内容を流れに沿って整理しお届けします。AIに関心のあるエンジニアやビジネスパーソンにとって、ひとつの「対極の哲学」として読んでいただける内容です。
そもそもなぜZigを作ったのか

インタビューはストレートな問いから始まります。すでにC、C++、Rust、Go、JavaScriptがある世界で、なぜ新しい言語を作ったのか。アンドリュー氏は、まさにそのラインナップで自分がデジタル・オーディオ・ワークステーション(DAW)を作ろうとしていたと振り返ります。
それぞれの言語を試すたびに、別々の「乗り越えられない壁」にぶつかったといいます。そして出した結論が印象的です。
(約1:09)"I concluded that no, it's not me that is having a skill issue. It's the programming language that's the problem."
自分のスキルの問題ではなく、プログラミング言語そのものが問題なのだと結論づけました。
ここから「新しい言語を作る」という大胆さ(本人いわく hubris=思い上がり)が生まれたと語ります。
Rust、Go、C、C++はこうして脱落していった

DAW作りの遍歴は具体的です。まずブラウザ上でJavaScriptを使おうとしたものの、抽象度が高すぎてコンピュータの性能に十分アクセスできず断念します。次にGoを試しますが、ウィンドウやボタンを作る既存のCライブラリとの連携がうまくいかず、さらにガベージコレクタという壁にぶつかりました。オーディオにはリアルタイムの締め切りがあり、決まった時間内に処理できなければ音飛びが起き、ライブ演奏用ソフトとしては許容できないからです。
続いてRust(1.0より前のバージョン)を試しますが、ルールを満たすコードを書くのに苦労し、いざ満たしても小さな変更が大量のコンパイルエラーを連鎖的に引き起こしたと語ります。フォントレンダリングに丸1か月かけて行き詰まった経験は、視聴者にも刺さったようです。
(約3:44)"Just a little typo here, little mistake there would result in a memory corruption bug that would cause me weeks in order to debug."
ちょっとしたタイプミスや小さな間違いが、デバッグに何週間もかかるメモリ破壊バグを引き起こしました。
これはC++に切り替えた後の話です。最終的にはC++コンパイラでビルドしつつCリンカでリンクするという制限的な使い方まで試したものの、「自分の足を撃ち抜きやすい」点は変わらなかったといいます。そして「自分ならもっとうまくやれる」と確信したのが出発点でした。
この遍歴については、視聴者からこんな声も上がっていました。
Haha, Zig exists because Andrew lost the fight with the Rust borrow checker. That's amazing.(@scottlott3794)
ハハ、ZigはアンドリューがRustの借用チェッカーとの戦いに敗れたから生まれたんだな。最高だ。
Usually, if somebody thinks the language is the problem, they're wrong. But then if they go on to develop Zig, I think they were probably right.(@pbrninja19)
普通、「言語のほうが悪い」と思う人はだいたい間違っている。でもその人がZigを作り上げたなら、たぶん正しかったんだろうね。
Zigは何のための言語か

Zigは、コンピュータを完全にコントロールしたいとき、性能やメモリ使用量を一切妥協したくないときに使う言語だとアンドリュー氏は説明します。根底にあるのは「ユーザー体験を妥協しない」という哲学です。「Goだから」「JavaScriptだから」という言い訳で制約を受け入れるのではなく、必要ならツールチェーンごと変えてでもコンピュータに最高の体験を出させる、という発想の転換でした。
実際に誰がZigを使っているのか
プロダクションでの利用例も具体的に挙げられます。まずはミッチェル・ハシモト氏が作るターミナルエミュレータ「Ghostty」。コードの品質が高く、ファズテストやコミュニティ運営もしっかりしている点を評価しています。
次に金融取引データベースの「TigerBeetle」。一般的なリレーショナルDBの上にOLTPを構築する手法に対し、専用設計によって1000倍高速だといいます。起動時に使うメモリをすべて事前確保し、以降は動的確保を一切しないことで、レイテンシを予測可能で一定に保っているのが特徴です。Zigが「低レイテンシ重視」と「GC的な高スループット」のどちらも選べる点を象徴する例として紹介されます。
JavaScriptランタイムの「Bun」も登場します。JavaScriptCoreなどのC++ライブラリをつなぐグルーコードがZigで書かれており、このプロジェクトが最近Anthropicに売却されたことで、AI分野でZigを使う人が増えたと語ります。
さらにUberの事例も。UberはGoのコードを多く抱えていますが、Cコードを含むGoをクロスコンパイルするのは標準のままでは難しい。そこでZigのCコンパイラ(zig cc)を使うことで、ARM64などへのクロスコンパイルを実現しているといいます。
名前の由来と「ジグアナ」
なぜ「Zig」なのか。当時「Zig programming language」で検索しても結果がゼロになる短い単語を探していたそうです。ランダムに単語を出力するPythonスクリプトを書き、その中から「Zig」が目に留まったのが理由でした。マスコットがイグアナなのは「Ziguana(ジグアナ)」という言葉遊びからです。
10年経っても1.0が出ない理由

最も賛否を呼ぶテーマのひとつが「なぜ1.0が出ないのか」です。アンドリュー氏は、1.0の意味はプロジェクトごとに違うと前置きします。Goは1.0で長く言語を固定した一方、Rustは早めに1.0を出しつつ「エディション」で言語を進化させ続けている。つまり1.0とは本質的に「後方互換性の約束」だという整理です。
そのうえで強調するのが、Zig Software Foundationがスタートアップではないという点です。
(約10:50)"When we tag 1.0, it will be like a true uncompromising labor of love. We will not have to be stuck with any like bad decisions that we had to rush to lock in."
1.0を切るときは、妥協のない愛情の結晶になります。急いで固定してしまった悪い決定に縛られる必要はないのです。
投資家もおらず、501c3の非営利団体として急いで売却や撤退をする必要がない。だからこそ時間をかけて着実に改善できる、という主張です。1.0が出れば採用が急増するのは確実だとしつつも、自分は「50年使われる言語」という長期の未来を見ていると語ります。インタビュアーが0.16の締め切りを尋ねると、「この動画のアップロードと、0.16のタグ付け、どっちが早いか競争にしよう」と冗談で返す場面もありました(コメント欄によれば、その後0.16はリリースされたようです)。
「Worse is better」への違和感
「とにかく早く出して後で直す」というPHPやGo的な「Worse is better(劣っているほうが良い)」の考え方について問われると、アンドリュー氏はこれが持論的に引っかかると述べます。言語的に筋が通らないというのです。彼の整理では、世の中には「少ないもので少ないことをする」か「多くのもので多くをする」かの軸がある。Zigはその第三の選択肢、すなわち「少ないもので多くをする」を目指しているといいます。comptime機能の複雑さの小ささに対する有用性の高さや、フラグひとつで別のOS・アーキテクチャを狙えるツールチェーンが、その具体例として挙げられました。
年間67万ドルの財団と、お金との距離の取り方

2024年の総収入が67万ドルに上るZig財団について、その内訳が語られます。アンドリュー氏が誇るのは、収入源の多様さです。多くは個人の寄付者で、加えて様々な企業からの寄付がバランスよく入っている。だからこそ、単一の出資者に依存せずに済むといいます。
(約13:39)"I'm sorry but we will not do what you say and if you take your money away we will survive."
申し訳ないが、あなたの言う通りにはしません。お金を引き上げても、私たちは生き延びます。
スポンサーが開発に影響を与えられるかという問いには、「誰でもできる形でなら影響を与えられる」と答えます。バグトラッカーに参加し、プルリクエストを送り、開発チャンネルで議論する。秘密の優先チャンネルなどはなく、全員が対等だという立場です。
自分の給料は15.4万ドル
アンドリュー氏自身の年収は15.4万ドル。これは財団設立時、非営利団体が作られたニューヨーク市のシニアエンジニアの給与中央値を基準に理事会が決めたものだといいます。インタビュアーが「もっともらってよいのでは」と暗に示すと、彼は感謝しつつもこう答えます。自分は「アッパーミドルクラス」だと感じていて、食料品も問題なく買えるし、住むオレゴン州ポートランドで家のローンも組める。だから「これ以上は必要ない」というのです。
カオスな金融環境にも耐えられる、無駄のない非営利団体の自律性こそが、余分な小遣いより価値があると語ります。大規模なテックレイオフが相次いだ年に、契約者の報酬を引き上げられたことを誇りにしているとも述べました。
この姿勢は視聴者の心を強く掴んだようで、コメント欄でも繰り返し引用されていました。
His statement "I'm comfy. I don't need more." is the difference between a real hacker / engineer and the modern crop of pseudo engineer tech bros who are just trying to find a way to become billionaires.(@noname-ll2vk)
「自分は満たされている。これ以上はいらない」という彼の言葉こそ、本物のハッカー/エンジニアと、億万長者になる道を探しているだけの今どきのエセエンジニアな“テックブロ”との違いだと思う。
「1億ドル渡されたら受け取るか」

では、ある大企業が無条件で1億ドルを差し出したら受け取るのか。アンドリュー氏の答えは現実的でした。年間収益が常に100万ドル未満だった団体にとって、そのお金には2つの制約があるといいます。
ひとつは持続可能性。大きく使ってしまえば、翌年以降も同額を調達する「義務」が生まれ、贈り物だったはずのものが必要不可欠なものに変わってしまう。もうひとつはチームの規模です。今は5人のチームを率いているが、それ以上を管理するスキルもモチベーションもない。100人のマネージャーになるつもりはないと明言します。
ただし、もし1億ドルあれば銀行に入れ、100年間は資金調達をしなくて済む——だから「受け取るが、成長はしない」というのが結論でした。多少は人を増やせるかもしれないが、10人を超えるのは自分には厳しいだろうと付け加えます。
財団のお金はどこへ行くのか
財団の従業員はアンドリュー氏ただ一人で、ほかに5人ほどの契約者がフルタイムで動いています。昨年は収入の91%が契約者への支払いに充てられたといいます。寄付の大半が、実際にZigを開発する人々の報酬に直接回っている計算です。
ここで彼は、米国の非営利の種類の違いにも触れます。Zigは501c3で、政府へのロビー活動は許されず、ミッションのためだけに存在する。一方Rust財団は501c6(業界団体)で、Amazon、Netflix、Microsoft、Metaといった企業がRustの成功という共通利益のために寄付している、という対比です。収支を公開するのは一部義務でもありますが、自発的な透明性でもあり、それ自体がマーケティングや資金調達の機会になっていると語ります。
なぜSNSやGitHubから離れたのか

2022年、ZigはRedditとTwitterを離れました。理由は、これらのサイトへの投稿がかつてのSlashdotやDiggのように「もはや意味を持たなくなってきた」と感じたからだといいます。エンジニアとしてマーケティングは最小限にしたい。トロールや、何が見られるかを左右するアルゴリズムに振り回されるより、Zig Dayのようなリアルのイベントに投資するほうが良いという判断でした。
そして2025年後半、メインリポジトリをGitHubからCodebergへ移します。理由はシンプルで、GitHubが機能しなくなったからだといいます。
(約20:59)"GitHub simply stopped working for us. We moved to Codeberg and now our continuous integration server works again."
GitHubは私たちにとって単純に動かなくなりました。Codebergに移したら、CIサーバーがまた動くようになったのです。
GitHubにいたスポンサーを置いていくのは怖い決断だったと認めつつ、「我々はソフトウェアを書くためにいる。CIが動かないなら、動くものを探すしかない」と語ります。MITライセンスで提供している以上、寄付は「無条件の贈り物」であり、誰かが寄付をやめても責める気はない。プラットフォーム移行についても、人々はとても理解があり寛容だったと振り返ります。
なぜGitLabや自前サーバーではなくCodebergなのか。CodebergはGitHubのクローンに近く移行が容易だったこと、そしてドイツの非営利団体である点を挙げます。常に次の四半期の利益を追う企業より、淡々と同じことを続ける非営利団体のほうが安定している、というのが彼の選好です。
こうした一連の「撤退」がZigの成長を止め、ニッチ言語にしてしまうのでは、という懸念に対しては、コードフォージ(GitやCodeberg)はマーケティングの手段ではないと反論します。人々がZigを知るのはトークやミートアップ、まさにこのYouTube動画のような場であり、バグトラッカーがどこにあるかは作業の利便性に影響しても、人気とは別問題だという立場です。
LLVMから離れ、100万行を50ミリ秒でコンパイルする
技術的な大きな決断として、LLVMからの脱却が語られます。ここで持ち出されるのが、アンドリュー氏がプレイする10人対戦のアーケードゲーム「Killer Queen」の話です。開発者が物理エンジンにUnityを使った結果、競技プレイに極めて重要なその物理挙動が、Unityのバージョン更新で変わってしまい、バグ修正ですら競技コミュニティに混乱を招く。だから新バージョンに更新すらできない、という事例です。
ここから導かれる教訓が、コメント欄でも共感を集めていました。
"Never use dependencies for your core product" is something I tried to explain so many times(@gambuzzi)
「自分のコア製品に依存関係を使うな」は、私が何度も説明しようとしてきたことだ。何度も、人が聞く耳を持たずに壁に激突するのを見てきた。
Zigにとってのコア製品の依存がLLVMであり、それを今「自転車の補助輪を外すように」取り除いている最中だといいます。10年やってきてコンパイラ開発の知識も増え、今ならLLVMと張り合える、と。その成果のひとつが、独自のx86バックエンドによるインクリメンタルコンパイルです。
(約25:58)"You make a change to your code, it's you have a new binary already updated, 50 milliseconds, million line codebase."
コードを変更すれば、もう新しいバイナリが更新されている。100万行のコードベースでも50ミリ秒です。
これはLLVMでは不可能で、自前のコードだからこそ実現できたと強調します。
厳格な「AI禁止」ポリシーの理由

この動画で最も注目を集めたテーマが、IssueやプルリクエストへのAI禁止ポリシーです。理由として最初に挙げるのは、そうした貢献が「ほぼ例外なくゴミ」だということ。
(約26:43)"Those kinds of contributions are invariably garbage."
ああいう貢献は、決まってゴミなのです。
それらは価値がないどころか、限られたチームのレビュー時間を奪う「マイナスの価値」を持つといいます。現在200を超えるプルリクエストがレビュー待ちで並んでおり、少人数のチームにとってレビュー時間は常にボトルネックです。AI製の「スロップ(中身のない大量生産物)」をレビューすると、数回のやり取りで本人が何も分かっていないことが判明する。チャットの出力を貼り、それを「自分が使っていないふり」をして書き直して送ってくる——彼はこれを「コントリビューター・ポーカー」と呼びます。
コードレビューの本来の目的はメンタリングだといいます。貢献者がいずれコアチームに加わったり、より優れたシステムプログラマーになって他所でも活躍したりする。その人に時間を投資する価値があるかを見極めるのが「ポーカー」です。AIを使う人は学んでいないため、常に投資する価値のない側に入ってしまう。Zigは教育プロジェクトでもあり、AIのプルリクはその目的をむしろ損なう、というのが彼の論理です。
「良いAIのPRだけ通す」とすると自分が判定者にならねばならず、「一切なし」のほうがルールとして守りやすい、とも述べます。
このポリシーは多くの視聴者の支持を集めました。
clicked for the No-AI policy, and found gold. What an amazing interview(@garic4)
AI禁止ポリシーが気になってクリックしたら、お宝だった。なんて素晴らしいインタビューなんだ。
AI生成コンテンツはどう見抜くのか
検出は必ずしも簡単ではないと認めます。最近の投稿者はLLMのテキストを直接コピペせず、自分の声で書き直したり「人間っぽく聞こえるように」加工したりして「ロンダリング」している。それでも膨大な数のレビューを重ねた経験から、「これは人間がこのフィードバックに対して取る反応ではない」と分かる瞬間があるといいます。とはいえ攻勢は容赦なく、今後は誰でも貢献できる現在の方針から、貢献の許可を得るためのより強いフィルターが必要になるかもしれないと語ります。
ZigのAIをめぐる「矛盾」

ここで興味深い矛盾が指摘されます。Zigはほぼパブリックドメインに近いMITライセンスで、大企業を含む誰もがコードをAIの学習に使える。一方で、AIによる貢献は禁止している——これは矛盾ではないか、と。
アンドリュー氏は「皮肉ですよね」と認めつつ、個人的には問題ないと答えます。Zigは世界への「無条件の贈り物」であり、誰かがAI学習に使いたいなら構わない。気に入らない使い方をする企業がいても、それがZigを使うこと自体は気にならない。むしろZigが使われるほど、それが価値ある証拠だと捉えているといいます。
LLMがZigコードを苦手とするのかという問いには、自分ではあまり試していないが、実際には問題ないようだと答えます。ミッチェル・ハシモト氏はGhosttyでAIコーディングを多用しており、Zig向けにAIを改善するツールを作って成功を報告している人もいる。一方でうまくいかないという声もあり、評価は割れているとのことです。
「バイブコーディング」についての本音
Mastodonでの投稿(バイブコーディングのブログは「シェフが料理する姿ではなくレストランのレビューを読むようで退屈」)について問われ、彼は持論を展開します。誰かが長い時間をかけ、苦労して学びながら成し遂げたプロジェクトの説明を読むと、想像力をかき立てられ、何かを教えられ、その人と感情的につながれる。それが素晴らしいのだといいます。
一方で「このバージョンのClaudeやOpenAIを試したら、驚くほどうまく動いた」という声には違和感を示します。
(約33:33)"The bar that I want to hold software to is uncompromising perfection. I don't want to be surprised by the absence of a bug."
私がソフトウェアに課したい基準は、妥協のない完璧さです。バグがないことに驚かされるなんて、嫌なのです。
この一節はコメント欄でも炎のように引用されていました。
34:00 "The bar that I want to hold software to is uncompromising perfection." 🔥🔥🔥(@donfabio90)
友人のリチャード・フェルドマン氏にZedでのバイブコーディングを教わって試したこともあるそうです。技術自体は根本的に面白いと感じる一方、強く拒否感を覚えるのは、それが4社ほどに中央集権的に支配されている点だといいます。自分のコンピュータと電気でコードを書く生活から、ネット越しに他人のコンピュータ上のクローズドソースを、月額(人によっては月300ドル)を払って使う生活に移るのは「正気とは思えない提案だ」と語ります。
人類はこれからもコードを書くか

10年、20年後も人間はコードを書くのか。アンドリュー氏は「書くのをやめることは決してない」と断言します。コードを書くのは本当に楽しく、少なくとも趣味としては永遠に残るからです。自分が使うアプリで最高のものは、人々が趣味として自由時間に作ったものばかりだといいます。
(約36:05)"Whenever I use an app that was made by someone as a hobby, it respects me. It treats me as the boss of the computer."
誰かが趣味で作ったアプリを使うと、それは私を尊重してくれる。私をコンピュータの主人として扱ってくれるのです。
企業が作るアプリには、購入を迫られたり広告を見せられたりエンゲージメント指標に誘導されたりと「敵対的な関係」を感じる。人々は常に、自分がデバイスの主人である関係を求め続ける——それは決してなくならない、というのが彼の確信です。
心から尊敬するオープンソース3選
肥大化したソフトを批判しがちな彼が、本当に称賛するプロジェクトを3つ挙げます。
1つ目はLinux。プロプライエタリなOSしかない世界は今よりずっと悪かっただろうとし、世界中の国や企業がLinuxの上に無料でビジネスを築けることは経済にとっても大きな恩恵だと語ります。
2つ目はBlender。潤沢な資金と開発力を持つ企業と競争しながら、プロの現場で使われ、勝っているオープンソースかつ非営利の存在として尊敬しているといいます。
3つ目はVLC。同じく非営利で、運営が非常にうまいと評価します。大学を出たばかりの頃、VLCが依存するFFmpegに貢献したことで、その非営利団体の費用でダブリンやパリのVideoLAN Dev Daysに行けた——若い自分にとって素晴らしい経験だったと振り返ります。
この3選は、コメント欄でも共感を呼んでいました。
Yes yes yes yes Heroes "Linux, Blender, VLC" and "I have never used JetBrains product because it is closed source". I love this guy.(@babykosh5415)
そうそうそう、ヒーローたちだ。「Linux、Blender、VLC」、そして「JetBrains製品はクローズドソースだから一度も使ったことがない」。この人、大好きだ。
ブラウザの多様性という懸念

配信でFirefoxを使っていることについて問われると、ブラウザの多様性の乏しさへの懸念を語ります。Internet Explorerが消えた今、残るのはChromium、Safari、Firefoxで、Chromiumが市場の大半を占める。ウェブにとって独占は良くないという立場から、当初は「弱者で非営利だから」Firefoxを選んだといいます。ただ最近はMozillaに不満があり、非営利でありながら腐敗の例だと感じ、ユーザーと利害が一致していないと述べます。ChromiumはGoogle、SafariはApple、そしてFirefoxは失速気味——代替がない現状にフラストレーションを感じ、新しいブラウザプロジェクトが実るまでどうすべきか分からないと正直に語りました。
なぜZigはCより良いのか
ZigはしばしばCの代替と位置づけられます。Cが持つパワーを一切捨てずに、Cの欠点や弱点を改善しているから優れているのだとアンドリュー氏は説明します。CからZigへは、CでできることはすべてZigでもでき、しかも「足を撃つ」危険が少ない、特に滑らかな移行だといいます。例えばCのセグフォルトは「segmentation fault」としか出ず幸運を祈るしかないが、Zigなら発生箇所を指すフルスタックトレースが得られる、と。
さらに、ZigはCより「C的」だとさえ言います。Cは符号付き整数しか最適化された整数を持たず、符号なし整数しかラップアラウンドの意味論を持たない。Zigではどちらも選べ、ラップアラウンドもオーバーフローしない保証も自由に組み合わせられる。これはCに欠けている機能であり、パワーの欠如だと指摘します。
Cを置き換えるには、Cと同じ土俵で戦い、OSカーネルでも組み込みでもゲームでもWebAssemblyでも、どこでも再利用できるコードを書ける必要がある。Zigはそれを提供し、Cと同等の安定性に達すれば、人々はより良いほうを選ぶ——だからZigはCを置き換えられると考えていると語ります。
ZigとRustの違い
ZigとRustの核心的な違いは型システムだといいます。Zigはより単純な言語で、「どの型をどの関数に渡してよいか」を記述するメタ言語を持ちません。Rustでは引数がCloneや特定のトレイトを満たすことを記述する必要がありますが、Zigにはその機構がなく、具体的な型か、C++のテンプレートのように実体が差し替わるジェネリック型を渡します。結果として、Rustは型システムの保証が多く、Zigは読むコードの単純さが増す、というトレードオフです。
メモリ管理にも違いがあります。RustはC++に近く、参照カウントとスコープ離脱時の自動破棄に導かれる。Zigではアロケータがより明示的で、参照カウントも書けますが、実際にはアプリに合わせたメモリ配置——アリーナアロケータでまとめて確保し一括破棄するなど——がよく使われます。メモリレイアウトの最適化に重きを置けるのがZigらしさで、Rustはオブジェクト指向的なライフタイム戦略に縛られがちだといいます。どちらを選ぶかは、「CPUに何をさせたいか」を考えて書きたいならZig、というのが彼の整理です。
キラー機能はツールチェーン
Zigのキラー機能は何かと問われ、即座に「ツールチェーン」と答えます。Zigを使うとき、システムに一切依存しないソフトウェアスイートを使うことになり、どんなOS上でも動き、どんなOSにも向けてビルドできる。彼が「ハックしやすさ」の尺度として重視するのが「READMEチェック」です。理想は、READMEのビルド手順が「zig build」の一行だけで、どんなコンピュータでも必ず動くこと。Zigはこの理想を達成したといいます。
未使用変数がコンパイルエラーになる理由

Zigが未使用変数に厳しすぎるという批判については、「大量のコードをリファクタリングする立場になった瞬間に意見がひっくり返る」と語ります。そのエラーはバグを捕まえて時間を節約してくれる一方、変数を破棄する注釈を足すのは手間ではない、と。しかもZLSチームのおかげで、エディタの設定で注釈を自動付与・自動削除できる。エラーが欲しい人は設定をオフに、煩わしい人はオンにでき、同じコードを一緒に編集できる。ソース上は常に注釈が残るので「全員が得をする」仕組みだと説明します。
新しいI/Oインターフェースは複雑なのか
0.15で入ったI/Oインターフェースを難しいと感じる開発者もいます。アンドリュー氏は「最適点を見つけた」と語ります。I/Oストリームの目的は抽象化であり、画像読み込みやシリアライズのような再利用可能なコードを、ReaderやWriterを引数に取って一度書けばよい形にすること。問題は抽象化層が性能を犠牲にしがちな点ですが、インターフェースにバッファを持たせることで、コンパイラが良いコードを生成しつつ再利用性も保てる最適点を見つけたといいます。
インターフェースを「使う」のは簡単だが「実装する」のには複雑さがある、と認めます。ただしその複雑さは偶発的なものではなく、性能と再利用性の最適点を求めた自然な帰結であり、Zigの優先順位の表れだと述べます。
Zigの学び方、最初の言語としてのZig
新規ユーザーには「Ziglings」を強く勧めます。ほぼ動くコードに問題が仕込まれており、それを直すことで言語機能を学んでいく演習集です。作者のデイブ・ガワー氏とメンテナのクリス・ボッシュ氏への感謝も述べています。
最初の言語としてZigを学ぶべきかは人によるとしつつ、Zigはコンピュータの仕組み——CPUやメモリ——を学べる良い言語だと語ります。
(約54:58)"You're not learning Zig rules, you're learning computer rules."
学んでいるのはZigのルールではなく、コンピュータのルールなのです。
そこで身につくスキルは他の言語にも移植でき、たとえ後でより高水準の言語に移っても価値が残るといいます。
開発環境と、AIより「リネーム機能」を望む理由
自身の開発環境は、ターミナルとVimというシンプルなものです。破壊的変更を頻繁に入れてきたため、構文を変えても編集でき、壊れにくいVimが必要だったといいます。Tree-sitterや言語サーバーは安定した構文を前提とするため壊れやすい、と。Zig自身はまだ言語サーバーを提供しておらず、その穴を埋めるZLSチームへの感謝も繰り返します。
JetBrains製品については「クローズドソースだから一度も使ったことがない」と率直に答えます。この場面を動画にそのまま残したJetBrainsの姿勢が、視聴者から称賛されました。
Kudos to JetBrains for keeping Andrew's answer about his use of JetBrains products in the video 56:31(@patrickbg110)
JetBrains製品を使っていないというアンドリューの答えを、動画に残したJetBrainsに拍手。
This guy is so admirable! And nice gesture of JetBrains to keep the part of the conversation where Andrew said he doesn't use JetBrains product because they are close-sourced.(@SherajusSalehin)
この人は本当に尊敬できる。そしてアンドリューがクローズドソースだからJetBrains製品を使わないと言った部分を残したJetBrainsの姿勢も素敵だ。
将来は、関数抽出やパラメータ並べ替え、グローバルなリネームといった高度なリファクタリングツールを自分のワークフローに加えたいと語ります。さらに型情報を使って何千行もの差分を確信を持って作れる「クエリ言語」のような機能も夢見ているといいます。

ここで、AIエージェントがそれを解決できるのでは、という見方に明確に反論します。
(約58:03)"If I use a tool to rename a variable and I know that that tool will work, I can then do that, make a commit and never look at the commit. If I ask the AI tool, rename the variable, I still have to review the code. That's worse."
確実に動くツールで変数をリネームすれば、コミットして二度と見なくていい。100%正しいと分かっているからです。でもAIに頼めば、結局コードをレビューしなければならない。そのほうが悪いのです。
BDFL——終身の慈悲深い独裁者
「BDFL(Benevolent Dictator For Life)」とは何かを尋ねられ、アンドリュー氏はまず「バスの前を信号無視で渡るたびにこのことを考える」と冗談を交えます。ソフトウェアプロジェクトは階層的な統治か、何らかの民主的プロセスかを選ばねばならない。多くは権力闘争や合意形成の難しさを避けるため、シンプルな階層的統治を選びます。メンテナが一人なら、何もしなければ自動的にBDFLスタイルになる、と。
なぜC++の委員会のような形より一人の独裁者が言語設計に向くのか。一人が統治すれば、その人が全体を理解し、一貫したビジョンを持つ責任を負う。委員会では、各人が妥当だが対立するビジョンを持つことがあり、妥協すると「どちらかが勝ったほうが良かった」より悪い製品になってしまうといいます。委員会は協力し合おうとするがゆえに妥協に向かい、社会的には良くても一貫したビジョンを欠くトレードオフがある、というのが彼の見方です。
もしアンドリューが去ったら

このモデルにはリスクがある——今のZigはアンドリュー氏そのものではないか、と問われます。彼は、ソフトウェア面では同僚が有能なので大丈夫だと答えます。一方、組織・政治面では自分の仕事はまだ終わっていないといいます。
(約1:01:42)"Whenever money flows through a system, the system becomes corrupted."
お金がシステムを流れるとき、そのシステムは腐敗するのです。
強い階層的リーダーシップは、トップがその影響に抵抗する意志を持つ限り腐敗を防げる。しかし民主的プロセスを作ると、お金がそれを腐敗させやすい。とはいえ、強いリーダーが全てを統制するのは持続可能ではない、とも認めます。いつかは引退したいし、別のこともしたい。良い君主の次に悪い後継者が来て全てが崩れたヨーロッパの歴史を引き合いに出し、長期的な持続可能性には民主主義が必要で、課題はそれを腐敗させずに作ることだと語ります。
10年続ける原動力——「コンピュータへの祠」
10年以上Zigに取り組み続ける原動力を問われ、アンドリュー氏は「自分の仕事が大好きだ」と答えます。毎朝Zigに取り組むのが楽しみで起きる、と。
(約1:02:42)"Zig project is kind of a shrine to computers."
Zigプロジェクトは、いわばコンピュータへの祠のようなものです。
コンピュータを愛し、コンピュータに人々の役に立ってほしい。Zigは世界への楽観的な贈り物であり、優れた言語とツールチェーンがその未来をもたらすと信じている。ユーザーを喜ばせ、心に響く体験を作るのは、ミュージシャンがステージで演奏するのと同じ満足感だと語ります。
一番大変な部分は何かと聞かれると、間髪入れず「税金」と答えて笑いを誘います。半分冗談としつつ、非営利団体運営の事務作業が本当に大変だといいます。法的に正しくあり、より大きな寄付を受け取るために必要不可欠で、誰かがやらねばならず、今はそれが自分。会計をやる日と、プログラミングができる日があり、後者が「良い日」だと語ります。
コーディング自体の難しさとしては、大きな変更に伴うコード更新の長さを挙げます。0.15のI/O変更では、最適なAPIを見つけるところまでは満足だったが、その後6か月かけて標準ライブラリやエコシステムのコードを書き換える「自分がユーザーに強いた苦しみを自分も味わう」期間が続いた。続ける意志を奮い起こす必要があったが、やり遂げたといいます。
バーンアウトとの向き合い方
バーンアウトは、努力を注いでいるのに報酬が見えないときに起きるとアンドリュー氏は考えています。自分は大きな努力を注いでいるが、幸せなユーザーやリリースノートに並ぶ改善という報酬が見えているため、概ね守られているといいます。I/O変更のように報酬が数か月遅れるときはバーンアウトに近い感覚もあるが、最終的に報われると気分が良くなる、と。
アドバイスとしては、まず運動・睡眠・健康的な食事という基本を挙げます。そのうえで、多くの人の仕事は満たされておらず、価値を感じない仕事を必死にやるのはバーンアウトのレシピだといいます。選択肢は2つ——別の仕事を探すか起業するという大変な道か、今の会社で頑張るのをやめるか。意欲とエネルギーがあるなら前者が良いが、もし魂のない企業で働いているなら、5時に帰って頑張りすぎないのも一つの手だと語ります。
プログラミングの外にある喜び
OkCupidの社員を辞めてZigを本業にした日は、人生の美しい転機だったといいます。夜と週末にZigを進める生活から、それが本業になり、再び趣味を持つ時間ができた。最初にやったのはマラソンで、人生で一度だけ完走したそうです。21マイル地点で「壁」にぶつかって歩き始めたとき、70歳ほどの男性に走って追い抜かれた話を、今でも思い出すと笑いながら語ります。完走はしたが一部歩いたので、いつか全部走り切りたいとも。

日本語を学んでいることにも触れます。米国生まれ育ちで英語しか知らず、世界の一員でありたくて、ずっと好きだったアニメーションや興味深い文化への思いから日本語を選んだといいます。難しさにバーンアウト気味になることもあったが、ポートランドで見つけた家庭教師の「ゆうこ先生」のおかげで毎日学ぶ意欲が湧いていると、感謝の言葉を述べました。学習時間は1日1時間ほどだそうです。
Zigにとっての「成功」とは
成功の定義には2つの答えがあるといいます。ひとつの意味では、すでに達成済み。多様な収入源による財政的独立があり、幸せなユーザーがいて、年に2回ほどの安定したリリースができている。今の路線は変える必要がない、と。
もうひとつの意味では、より多くの採用を見たいといいます。GoやRustと同水準の採用がひとつの指標です。商用採用は企業寄付につながり有用だが、多様性を保つ注意が必要だとも。役に立つものを作れば人は使う——たとえ自分が退屈に感じるバイブコーディングのプロジェクトでも、人々がそれをやっているのは言語が有用である証だと語ります。
「自分は基本的に雇われない人間だ」
最後に、2015年に戻れるとしてもZigを始めるかと問われ、即座に「絶対に始める」と答えます。OkCupidを辞めてZigに専念し始めた日は、その後の軌跡を思えば人生最高の日だった、と。深い充足感と独立、そして自己や社会への貢献に対する価値観を与えてくれたといいます。
そして印象的な言葉でインタビューは締めくくられます。
(約1:12:46)"I think that I'm basically unemployable and I got lucky through my career that no one found out. I just needed to be my own boss in order to be happy."
自分は基本的に雇われない人間で、キャリアを通じて誰にもバレなかったのは幸運だったと思います。幸せになるには、自分自身がボスである必要があったのです。
自分のボスになれたとき、彼は幸福を手にした——「今、私は幸せです」という言葉で動画は終わります。
視聴者の反応
この記事の主題とは直接結びつかないものの、動画全体への視聴者の熱量が伝わるコメントをいくつか紹介します。
Unfathomably based and likeable guy. Will have to learn zig now(@Ddotf0xd)
計り知れないほど“筋が通っていて”好感の持てる人だ。これはもうZigを学ぶしかない。
I have to learn Zig now. Never ever had I watched an one hour long interview and found someone's opinions match all of my own, until now.(@mroyme)
Zigを学ばなきゃ。1時間のインタビューを見て、ここまで自分の意見と全部一致する人に出会ったのは初めてだ。
it is so refreshing to have somebody so clear minded in the age of AI psychosis.(@gipfelino)
AI狂騒の時代に、これほど頭の澄んだ人がいるのは本当に清々しい。
As a jaded developer in 2026, this interview gives me some hope(@doriandavi8955)
2026年の擦れた開発者として、このインタビューは少し希望をくれた。
This guy is a breath of fresh air in the tech world. He wants to get things right ... without being pressured to ship something that isn't complete.(@andyjackson9614)
この人はテック業界の新鮮な風だ。未完成のものを出荷するよう急かされず、すべてをきちんとやり遂げたいと思っている。
Nice Andrew won that race!! lol 😂(@joebuydem)
アンドリュー、あの“競争”に勝ったんだな!(笑)
まとめ
このインタビューでアンドリュー・ケリー氏が一貫して語っていたのは、「妥協しない」という姿勢でした。ユーザー体験に妥協しないからこそ新しい言語を作り、後方互換性の約束に妥協しないからこそ10年経っても1.0を急がない。お金の影響に妥協しないからこそ非営利を選び、レビューの質に妥協しないからこそAIによる貢献を全面的に禁じる。
GitHubやSNSからの離脱、LLVMからの脱却、そして「自分は満たされている。これ以上はいらない」という言葉まで——多くの選択が、短期的な成長や利益より、長期的な独立と完璧さを優先するものでした。AIが急速に開発の前提を塗り替えつつある今だからこそ、その「対極」を貫くひとりのエンジニアの哲学は、多くの視聴者の心を打ったようです。
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