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【noteでBL】サタネラ【5000字小説】

ジャンル

現代劇(バレエもの)

あらすじ

鳴かず飛ばずの兼業バレエダンサーである山城の、誰にも知らせていない秘密基地のようなアトリエに、招かれざる客が居る。
招かれざる客こと、才能ある若きバレエダンサー・野分は、スポンサー相手の不本意な会食から逃げ、山城のアトリエへと勝手に入り込んでいた。
山城の振り付けた作品に憧れ、山城の作るバレエを自分が踊りたいと話す野分の言葉に、山城は自分でも見ないフリをしてきた欲求に気がついてしまう。
チャンスをつかめなかったダンサーとして生きて来た地獄から、抜けた先にあるのは、未知の領域、次なる地獄。
各々の欲求のままに、手を差し出し合う二人の男。男を惑わす悪魔と成るのは、果たしてどちらの男なのか。

サタネラ

カンカンと、階段を上がる自分の足音が、ことさら夜の街に響いているような気がする。
足音の隙間を縫うように、向かう先から音楽が聴こえて、俺はため息を吐いた。
やっぱり“居る”らしい。

予想が当たったことへの条件反射のような達成感と、予想が当たったとしたって、自分にとっては何ら有益じゃない、という苛立ちが同時に沸き起こる。

「教えるんじゃなかったな……」

と、今更後悔したところで手遅れだ。

階段を上がりきって、音楽がはっきりとする。
チェザレ・プーニの『ヴェネツィアの謝肉祭』。
クラシックバレエ界隈では『サタネラ』と呼ばれて知られている楽曲だ。
悪魔の娘サタネラに誘惑されて、婚約者を捨てる人間の男、カール。種族を越えた二人の結婚式で、魅惑的なサタネラが踊る、軽やかな女性ヴァリエーション。

扉を開ける前に、一瞬踊り場で佇む。
覗き窓の向こうに見えるのは、ハリボテの城や、森、キラキラと光る作り物の湖面。その他ありとあらゆる小道具や大道具が、バラバラに分解されて無造作に積み上げられている。
その奥には、古いなりに手入れをしたアップライトピアノと、鏡とスチル製のバー、リノリウムを引いた空間がある。職場であるスタジオでも、カンパニーの稽古場でもない俺だけの秘密基地。

けれど今や、すっかり侵食されてしまった。

「あ、山城さん、おかえりなさい」

扉を開ける音に悪びれもせず、くるりと振り返った。我が物顔で居座るこの若造、野分颯に。


「なんでここに居んだよ。鍵とかどうやって入った」
後ろ手に扉を閉めながら、俺はため息まじりに呟いた。おおかた、家主が勝手に入れたのだろうけど。

「大家さんに声かけたら上がってていいって言われまして」
やっぱりだ。
倉庫の片隅とはいえ好き勝手に間借りをしている身で、家主の行動をとやかく言う権利はないのだけれど。こうやすやすと入られるのは、何というか癪だ。
「それに、山城さんも好きな時に来て良いって言ってくれましたよね」
と、キラキラした目を向けられて、なおのこと癪に障る。
言った覚えはない、と答えられればいいのだけれど。いかんせん言った覚えがあるもので、分が悪いのだ。

「そもそも、今日は会食だったろ?」
と言えば、野分はぎくりと身体を強張らせた。
「理央から俺に電話があったぞ。今度の公演のスポンサーとの会食だなんだって。出るように言われてたんだろ?」

俺にとっては昔馴染みの理央と、目の前の野分の二人は、同じ海外のバレエ団に所属していて、近々、来日公演が予定しているらしい。
その折衝を兼ねた食事会を、野分は逃げ出してきたようだ。
自分が野分の立場でも、出たくはないだろうなと同情はするが。

「俺は食事会に出るなんて言ってないんですよ。理央さんが勝手に……」
不本意な社交を逃げ出すのは、一向構わないけれど。

「なんだって俺のとこに来るんだよ」
無関係な俺のところに。

ポケットの中で携帯端末が震えている。
理央からの着信が、何度も何度も入るのだ。
当たり前に、野分が俺のところに逃げて来ると決め込んでいることにも、それが正しいことにも辟易とする。

「俺はもっと、踊ることだけを考えてたいのになあ」
と、野分が呻くような声を上げたのが、まるで聞こえてでもいたかのように、理央からの執拗な通知がぴたりとやんだ。
壁にかかった時計は、20時をさしている。リミットの時間だったのかもしれない。

『ユキは、どうしてもっと、踊ることだけを考えられないかな』
それは、理央の口癖だったはずだ。
主に、ふがいないパートナーである俺に対しての。余計なことに悩んだり、戸惑ったり、足踏みをしてばかりいて、とうとう理央が置いていった俺への。

「理央はお前から見て、踊ることだけを考えられていない人間か?」
尋ねるべきではなかったかもしれない。

自分が指摘されたことを、指摘していた当人はできていたのか、なんて。
あまりにも底意地が悪い問いだ。
口に出した先から後悔をし始めている。
野分は、何を考えているのか。
こちらをじっと見つめていたかと思えば、

ふー、と。

やけに長い、長い溜息を吐いて、ゆらと天井を仰いだ。
「理央さんのやり方を否定する気はないですけど。あと、あれが理央さんが真剣に踊り続ける、ってことを考えて、それを叶えるためにやっていることなのは、わかるんですけど。俺は」

けど、俺は。

そう言ったきりで、野分は黙りこんだ。

かつて、理央は、目の前に飛び込んできたチャンスを正確に掴んで世界に飛び出して行った。
俺は、それについていけなかった。
俺のダンサーとしての才能の限界だった、と思ってきたけれど、それ以前の問題で、ただ単純に臆病だった。
理央は、俺を待ってはくれなかったし、一時はパートナーだったはずの俺たちのその後のキャリアは天と地ほどの差になった。
彼女は、海外の有名バレエ団のソリストとして、国内外で活躍をして、俺はかろうじて所属している日本のバレエ団の群舞で、それだけでは食べて行けずに、空いた時間はダンス教室の講師をしている。

パートナーに見切りをつけられた、旬の過ぎたダンサーとして扱われ続けるのは、正直に言って生き地獄だと思っていたけれど。

「ここにいるほうが、ずっと良い」
野分が唐突に言った。

「ここにいるほうが、って。何勝手に言ってんだ。ここは俺のアトリエだぞ」
呆れた調子で窘めれば、野分は子どもみたいな顔で笑った。

野分は、床に散らかしたいだけ本を散らかしている。
俺が資料と称して買い集めて、この場所にしまい込んでいるものを、勝手に広げていたようだ。
放り出されたタブレットからは、繰り返し『サタネラ』が流れている。

「これって、サタネラの原作ですよね?」
と、野分が広げていた本を手に取る。
「あー、カゾットの『悪魔の恋』な。確かに『サタネラ』の原作だけど、ストーリー全然違うぞ」
「山城さん、読みました?」
「まあ、ここに置いてる本は大体読んである」

シェイクスピア、ペロー童話、ギリシャ神話にロシア民話。三島由紀夫、プーシキン、メリメ、セルバンテス、ジャック・カゾット。
バレエの演目になっているたくさんの物語。
日々新しく生まれても来るそのすべてを網羅することはおよそ無理というものだけれど、それでも、もし自分だったら。この同じ物語をどう解釈して、どこをモチーフにして、どう振り付けていくだろうか。
本を読みながら、そんなことを考えていたりはした。

「珍しくないですか? こんなに原典にあたるダンサーって。俺も読まないで来たけど、俺の周りの連中もそんなに読んでなかったですよ」
「あらすじと振付さえ知ってれば、物語自体を知らなくっても踊れるからな」
決められた音で、決められた通り正確に踊ればいい。必要なのはそれだけのこと。

「けど、俺たちがバレエで演じるのは物語のはずだろ? だったら、物語を理解して、その振付が、その動きが、本当にその物語を伝えられているのか、意識しないと。何のために、手を上げるのか、何のために跳んだのか」
繰り返し演じられ続ける、何年も何年も残り続ける振付は、そうやって生まれたはずだ。

13歳の少女の死をも恐れぬ天真爛漫。
妖精たちに祝福された一国の姫の、生まれながらの優美な気品。
人の手の届かない場所をいたずらに飛んで行く精霊たちの気まぐれ。

それを正確に表して、伝えられるからこそ、愛されて踊られてきた。
そんなものをもし、自分が、自分の手で、作りだせたら。そんなに凄い、素晴らしいことは無い。

「俺が見た『テンペスト』もそうやって、ここで作ったんですか?」

ふと気が付くと、野分相手に随分熱心に喋っていた。野分はうっとりとした目で、俺を見ている。

気まずくなって口を噤む。
「黙らなくてもいいじゃないですか」
「いや、黙るよ。喋りすぎだ」
仕方がない。ここにいると、どうしてもこうなるのだ。見境がなくなる。自分がやりたいことに夢中になれる、そのための場所だから。
だからこそ、誰のことも入れたことはないのに。自分の為だけの場所だったのに。どうして、野分を連れてきたりしたんだろう。
数日前の自分を殴って止めたい。
ほだされたのだ。あまりにも熱心に、どんなに俺の作品が好きだったかを、話す野分に。仕方がない。作品を褒められて悪い気になれというほうが難しい。
野分は、あー、と大きな声を出すと、ごろりと転がった。
「俺、この部屋になりたいです」
「何言ってんだ?」

「この部屋になって、山城さんが作るとこ、全部見てたい。やばくないですか。俺、この部屋になれたら、山城さんが何が好きで、何がしたくて、何をどういう意図で作りたいのか、それぜんぶ分かるんでしょ。それが俺の中で起きるんですよ。何ひとつ漏らさずわかるんです」

野分の言葉に、そんなのはダメだ、と強く思った。
その途端、俺の想いが届いたみたいに、

「ああ、でもダメだそれじゃ」

と、野分は勢いよく跳ね起きた。
「それじゃダメだ。だって、それじゃ俺、山城さんのバレエ踊れないもん。だからやっぱり、俺は俺じゃなきゃダメなんだ」

そりゃそうだ。
野分が踊らないなんて、そんなのはもちろんダメだ。

そんなことを口にしたら、何かが手遅れになりそうで、俺は何も言えない。もしかすると本当は、もうとっくに手遅れなのかもしれないけれど。

「山城さん、俺、山城さんがこれから先作りたいもの全部踊りたいんですけど。そのためには、どうしたらいいですか」
有り得ない。夢みたいなことを言う。
相変わらずうっとりした顔で。熱に浮かされた目で。肝心なことは何もわかっていない、こんな浮ついた調子でいるなら、悪魔にだってころりと騙されるだろう青年みたいな男が。

「何度も言っているけれど、俺の職業はバレエダンサーであって振付家じゃない」
「わかってます」
「ダンサーとしての知名度も、ろくにない。まして振付なんて。お前がたまたま観た舞台は運良く上演できただけで、その後のキャリアにも何にもなってない」
「知ってます。でも、俺は山城さんの作品踊りたい。絶対に。それで、できればその時山城さんには一緒に踊ってほしい」

当然のように差し出された手に、自分の手が伸びる。
欲しいものは何でも掴んでいけそうな、骨ばった大きな手が、恭しく俺の手に触れる。

「手始めに、男二人で『サタネラ』なんてどうです」
「どっちがカールで、どっちがサタネラなんだ」
「俺としては、山城さんがサタネラなんですが」

やっぱり、肝心なことは何もわかっていない。これだから若造は。
「俺とお前でサタネラをやるんなら、サタネラは野分だな」

純朴な婚約者という現実を捨てさせて、ただの平凡な人間の男の何を気に入ったのか、生涯の伴侶にしようとカーニヴァルに引きずり出す。
何でも欲しいままにできるだろうに、男を見る目があるとは言えない、哀れな悪魔の娘サタネラ。
そんなの。
「お前にぴったりだろ」

さて、どうやって野分のわがままを叶えれば良いのか。
先は見えないし、方法も検討がつかない。それでも、たった今、心が決まってしまったのだ。
あれだけ見ないフリをしようとして来たのに。野分が、何もわからないで無遠慮に踏み込んでくるばっかりに。
この男を自分が思うように踊らせたい、という欲求を、掴んで自覚してしまった。

チャンスをつかめなかった旬の過ぎたダンサーという生き地獄には慣れたところだけれど、ここから先は新しい地獄だ。

「お前しばらく日本にいられるんだろうな」
「山城さんが、うちのカンパニーに来てくれるって手もありますよね」
「そりゃ……、それができるってんならこの際行ってもいいけど」
理央に聞かせたら、腹を立てられそうなほどあっさりと、そんなことも口に出る。どうせこれは、現実を捨てた後の夢みたいな話なのだから。

「本気にしますよ」
「俺を連れて行けるんならな、やってみろよ」
「面倒なことを俺が全部整えたら、絶対来てくれます?」
「俺が考えるのはお前に何を踊らせるか。それだけでいいんだろ?」

目を閉じて、何度目かのリピートをされたメロディに集中をする。
閉じた瞼の中で、野分の腕がメロディを形作るのが見える。その軌跡を、暗闇の中で追いかける。

踊ることだけを、踊らせることだけを、考えていれば。面倒なことはこの悪魔が叶えてくれるのか。それはいいやと、ほくそ笑む。

野分が隣で、
「やっぱりサタネラは、山城さんのほうですよ」
なんてことを言ったらしいが、俺の耳には届いていなかった。

ご挨拶

はじめましての方も、そうではない方も。
お読みいただきありがとうございました、四四田です。

毎月のお楽しみ、なみさんの企画noteでBL、
今回のお題は、

「地獄」「土壇場でキャンセル」「オタク×オタク」

でした。

土壇場でキャンセルは、野分の会食ぶっち
地獄は山城のキャリア周り
オタク×オタクは、山城オタク野分×文系バレエオタク山城、で消化、
とさせていただきたい。

あとがき記事を鋭意作成中でございますが、
あとがき記事まで読んでる暇ないよの方のために、
創作意図を一言で表しますと、
『同じ文章表現・単語表現を使っていても、それが意味するところは人によって違う』
です。

直前に久しぶりに一週間何も考えられないほどのドデカイ風邪をくらいまして、回復したら、風邪になる前に書きかけてた話に対して、
「ちがうそうじゃない」
ってなってしまって、タイムリミットがほぼ一日くらいしかないというのに、完全に一から書き直してしまったのですが、なんだか比較的に好きな話にまとめることができました。
間に合って良かったです。

ちなみに風邪ひく前に書きかけてたほうは、お坊さんの話でした。
ボランティアで頼まれた地獄絵図の御開帳を企画者からドタキャンされる、っていう……オタク×オタクがどこにもないじゃんってなってお蔵入りとなりました。

※見出し画像はみんなのフォトギャラリーからお借りしました。

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