【シロクマ文芸部】祈ること【5000字小説】
※※R18-Gかもしれません……※※
「祈ることは、とうにやめたんですよねえ」
と、お坊様が言う。
白い衣に返り血をべっとりと浴びて、困ったように笑いながら。
巡礼の列に行き合って、短い間だけれど、一緒に峠越えをさせてもらうことになった。私は一人旅だったのだけれど、次の町に移動するまでの間だけでも一緒に行きましょうと声をかけてくれたのは巡礼の人たちのほうからだった。
「この山はとくに険しいからね、一人で越えないほうがいい。道が険しいだけじゃないんだよ。なにしろ鬼が出るって話だから」
巡礼一行のリーダーみたいなおじいさんが神妙な顔で言った。
鬼。
数は随分昔より減っていると聞くけれど、こういう辺境地帯では、まだ出るのが当たり前みたいだ。
本音を言えば、この人たちだってどんな人たちなのかわからないから、どうしようかと思ったのだけれど、巡礼の人たちは私以外にも、一人旅風の人たちに声をかけていた。
それで、私は少し安心して、一緒に行かせてもらうことにした。
お坊様も、声をかけられたうちの一人だったようだ。
私はてっきり、お坊様は最初から巡礼一行の中の人たちなのだと思っていたから、
「やだなあ、違いますよ」
と言われたときは面食らってしまった。
違うから違うで、別に構わないけど。私が驚いたのは「やだなあ」と言われたことだ。
やだなあって。
巡礼でしょ?
お坊様こそ行かないとなんじゃないの?
私も巡礼には出たことがないから、人のことをとやかく言えるわけじゃないけれど。
でもなんだか、変なの、と思った。
巡礼の中に、私と同い年だという女の子がいて、話しているうちに少し仲良くなった。なんにせよ、年が近いというのは色々と話しやすいものなのだ。
そうして色んな話をするうちに、お坊様の話になって、巡礼の女の子は「あのお坊様、本当は偽物なんじゃないかしら」と言った。
私はそんなこと、思いつきもしなかった。でもそう言われると、途端に怪しく思えてきてしまう。
偽物。
どうなんだろう。べつに、本当はお坊様じゃなくたっていいけれど。
もしも偽物だとしたら、なんだろう。
逃げているとか?
何からかはわからないけれど。
罪人、だとお坊様の格好は目立ちすぎるかしら。
お坊様は列の一番後ろをのろのろとついてくる。
若い男の人の癖に足が遅い。
お坊様って、身体とか鍛えているものじゃないのだろうか、とふと思う。だって修行とかって厳しそうだから。
私の故郷にあった立派な僧院は、いつも屈強なお坊様が出入りしていた。
鬼や魔物、それに悪い人たちと戦うには、まず、強くないといけないからと。
あの、故郷のお坊様たちとくらべると、随分と小柄で華奢で、お坊様らしくないお坊様だった。やっぱり、偽物なのかもしれない。
もし、偽物だとしたら、どうしよう。
私がこっそり相談をすると、
「鬼だったりして」
と巡礼の女の子は小さな声で言った。
「まさか」
「わかんないわよ、鬼は自分が殺した人間の皮を被るって言うから。戦って殺した坊主の皮を被っているのかも」
にこにこと笑いながら、随分怖いことを言う。
「ごめんごめん、こわかった?」
私が黙ってしまったから、女の子はおどけて舌を見せた。
こわくはないけれど、少し驚いたのだ。
若いうちから巡礼で旅を続けているから、こんなきわどい話題でも平気になってしまうのかもしれない。
お坊様は、列の一番後ろをゆっくりと歩いてくるし、一休みをするときも、一人だけほんの少し離れたところに座る。
錫杖を腕に抱えて、寄り掛かるようにして目をつむっている。
お坊様は、目をつむると途端に幼い顔になる。鬼でも、罪人でもなさそうだった。
かといって、厳しい修行を耐えられるようにも思えないから、やっぱりお坊様ではないかもしれない。白い衣は、たしかに見慣れたお坊様の装束だし、首にも念珠を下げてはいるのだけれど。
わけあって、お坊様の振りをしている普通の人で、鬼が出て来ても戦ったりできないから、こうして集団で旅をしている中にさりげなく混ざろうと思ったのかもしれない。
何日も一緒に野宿をして、ようやく次の町に到着する最後の山道に差し掛かった時だ。
巡礼の人の中で騒ぎが起こった。
赤ん坊を連れていたはずの若い女の人がいなくなってしまったみたいだ。
巡礼の人たちが手分けして探す間、ここで待っていてほしいと言われて、谷合の水場で少し待つことになった。
巡礼の人たちが仲間の名前を呼びながら、元来た道を探しに行っている間、私は足を休める。
どれくらい待っていればいいのかもわからないし、こうしてのんびりしているのも気が引けると思っていたら、同じように思ったらしい若い男の人が、巡礼の人たちを手伝いに行ってくると言って、あとを追いかけていった。
逆に、ここまで連れて来てもらって悪いけれど、先を急ぎたいと言って、少し年のいった女の人は、もう一人いた女の人と一緒に、町に向かって先に歩き出してしまった。
なんだか薄情にも感じるけれど、たしかに巡礼の人たちに義理があるかというとそういうわけでもないし、私はといえば、手伝うこともしないでこうやってのんびりしているだけで、あの女の人たちのことをとやかくは言えないだろう。
どうしたものか決めかねて、そわそわしている私の隣には、あのお坊様がやっぱり目をつむって座っている。
眠っているのかもしれない。
そんな、一人だけのんきな様を見ていたら、私はだんだんと腹が立ってきてしまって、かえって巡礼の人たちの手伝いをしようという決意ができてしまった。
もう、こんな人と一緒にはされたくない。
そんな気持ちで私が身支度を整えていると、お坊様が、
「ここにいたほうがいいですよ」
と、声をかけてきた。
「なんでですか?」
「なんで?」
お坊様は私の言葉を中途半端に繰り返すと、首を傾げて黙ってしまった。
やっぱり、変な人だったんだ。
そう思うと、このお坊様と二人きりの状況が急にこわくなってきて、私はそうっと立ち上がった。
それなのに、
「ああ、いや、だからおよしなさい」
お坊様に手を引かれて、すとんとしりもちをついてしまう。
本当に軽い力で手を取られただけなのに、一体何をされたのかわからなくて、目をぱちぱちと瞬いた。
「なんで、と聞かれると自分でもさしたる理由が思いつかないのですが」
お坊様は、私にしりもちをつかせておきながら、それについては何も言わずに、さっきしていた話の続きをしている。
「多分、あなたがお若いから。それでだと思います」
「意味が」
わからない。そう言い切るよりも早く、お坊様の手で口をふさがれる。
お坊様は、腕に抱えていた錫杖を手に取ると、私たちの周りの地面にぐるりと円を描いた。
その途端、元来た道のほうから、さっき巡礼を追いかけていった男の人が、必死の形相で駆け戻ってくるのが見えた。何かから逃げるようにして、必死に走っている。その後ろから、鬼が笑いながら追いかけて来る。悲鳴をあげそうになった私の口を、お坊様がぎゅっと抑える。
見る間に、鬼は男の人に追いついて、首を噛みちぎった。あたりに、血が飛び散る。
町に向かう道のほうからは、別の鬼が、くったりと力の抜けた人形をふたつ引きずってやってくる。人形に見えたそれが、さっき先にいってしまった女の人たちだということには、あとから気が付いた。
巡礼の人たち以外の、ここまで一緒に旅をしてきた人たちが、私とお坊様以外、全員鬼に殺されてしまった。
ぞろぞろと増えていく鬼たちは、何かをきょろきょろと探しているそぶりだ。
巡礼の人たちを探しているのかもしれない。
そもそも、あの赤ん坊連れの女の人も、この鬼たちにやられたんだろうか。そうに違いない。
そんなことを思っていると、鬼たちが何かに気が付いたように、一斉に視線を同じ方向に向けた。
そこには、あの巡礼の女の子が震えながら立っていた。
「いけない!」
私は、お坊様の腕を振り切って、慌てて女の子のほうへと走った。
「逃げて!」
私が大きな声で叫ぶと、恐怖におびえた顔をしていた女の子は、私のほうを見て、にっこりと笑い、その口が大きく耳の後ろまで避けた。
(え?)
「ああ、なんだ、そんなところに隠れていたの」
そう言って、女の子は一足飛びで私のところまでたどり着くと、大きく開いた口で、私のことを噛み殺す、はずだった。
思わず目をつぶって、死ぬことを覚悟したけれど。
(あれ、どこも痛くない)
ぽつ、と肌に濡れた感触がして、おそるおそると顔を上げる。
そこには、大きく開けた口の中から、脳天を貫かれた鬼が、錫杖の先にぶら下がっていた。鬼の口から垂れ下がる血が、私の顔に降りかかっている。
悲鳴をあげることもできずに、へなへなと腰をぬかした私を一瞥すると、錫杖の持ち主であるお坊様は、
「まあ、そこで少しおとなしくなさっていてください」
とこともなげに言った。
女の子だった鬼を、腕の一振りで払ったお坊様に、鬼たちは一斉に警戒を強めていく。
その鬼たちの中から、あのリーダーのおじいさんが、ゆっくりと現れる。
「おお、むごいことをなされる」
お坊様は答えないで、肩をすくめている。
「どうでしょう、ここはひとつ手打ちといたしませぬか。あなたも腕に覚えのある僧侶のようだけれど、我ら一行とこれ以上相対するには、数の上では不利というもの。おまけに役に立たない小娘を庇いながらとあっては。あなたが私どもに手を出さなければ、私どももあなたを見逃しましょう。なに、その小娘を助けておやりになりたいとあれば、その小娘も同様に連れていかれて結構。悪い話ではないでしょう」
ぐるぐると唸り声をあげる鬼たちを制しながら、どう見ても人の姿のおじいさんはそんなことを言った。
私たちを見逃す代わりに、ここでこれ以上争うのはやめよう。虫のいい話だけれど、お坊様ひとりで、戦えるとも思えない。
この提案に乗ってもらうしかない、そんなことを思っていたら、
「あいにくと、化生のものとはそういった約定は結ばないことにしてまして」
と、お坊様はにべもなく答えてしまった。
「それはまた随分、お志の高いことで」
「志などと大層なものじゃないんですよ。あなたがたは人間みたいな口はきくけれど、約束を守った試しがない。そんな契約は無意味でしょう」
「後悔をなさいますよ」
「さあ、どうでしょうね。わたしはあまり先のことまで決めつけないもので、後悔というものをしたことがないので」
おじいさんは、甲高い声で笑うと、
「おとなしくこちらの提案を飲めばいいものを」
と吐き捨てると、鬼たちに向かって手を振った。
「最期のときを、神仏にでも祈ればいい。もっとも、無意味な祈りでしょうけれどな」
「ああ」
飛び掛かって来た最初の鬼を、錫杖で薙ぎ払いながら、お坊様は、
「祈ることは、とうにやめたんですよね」
と笑って言った。
そこからの動きは、正直に言って私の目では追いきれなかった。
お坊様は、たったひとりで、襲ってくる鬼たちを丁寧に殺して行った。
気が付くと、私は無事で、お坊様が最後の鬼を殺して、その頭を錫杖の先で突き刺しているところだった。
「あの……」
自分の声が、自分の声じゃないかのようにか細く響く。
「助けていただいて、ありがとうございます」
「いえ、助けようと思って助けたわけでもないので、あなたは運がよかった」
そう言われると、グッと言葉に詰まってしまう。
「えっと、お坊様は、巡礼たちが鬼だってわかっていらしたんですか」
「はじめのうちは、ことさら怪しいと思っていたわけでもないのですが、巡礼という割に、この道に慣れ過ぎているように思ったもので」
そうか、と思う。
「巡礼は、巡礼地を目指して旅をしているはず……」
同じ場所をなんども歩いているはずはない、それなのに。
「ええ、やけに詳しかったので」
寝やすい野宿の場所を、綺麗な飲み水の場所を、教えてくれた女の子を思い出す。
彼女も鬼だったわけだけれど。
お坊様は鬼たちの死骸をそのままに、さっさと歩いていってしまう。
「え、ちょっ、ちょっと待ってください」
「なにか?」
心底不思議そうな顔で振り返られると、何にも言えないけれど。
私は咄嗟に、お坊様の腕にしがみついた。
「おいていかないでください!」
お坊様は、驚いたような顔をすると、
「もう、このあたりに鬼はいないと思いますが」
と言った。
「そういう問題じゃありません!」
絶対に離さないぞと強い意思でしがみつく。
お坊様はため息を吐くと、
「次の町までですからね」
と言って、私の腕を引っ張ってくれた。
急に戦うお坊さんが描きたくなった次第。
※見出し画像はみんなのフォトギャラリーからお借りしました。
