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【せりふ三題噺】香水手紙バスルーム【2000字小説】&コングラボード報告

マダム・グラシアスが、コンパートメントのバスルームで自殺をはかったらしい、というまことしやかな噂がささやかれている。太陽系惑星標準暦の時間によると、彼女が自殺をはかってから、すでに七日が過ぎている。

マダム・グラシアス、というのは本名ではない。
私が勝手に付けた名前だ。

もちろん、本人に言ったことはなかったけれど、同居人のコヨーテは、私が彼女に勝手に名前を付けていたことを知っている。
だからなのか、コヨーテは、すっかりコンパートメント住人同士の噂話にハマってしまっていて、帰ってくるたび、マダム・グラシアスについての新情報を聞かせてくれる。

七日の間、マダム・グラシアスの姿を誰も見ていないので、噂の真偽はわからない。彼女のコンパートメントのあたりも、しんと静かだ。

「自殺の前日に、外から手紙が届いてたみたいでさ。それが彼女の自殺の原因なんじゃないかって」
今日のコヨーテは興奮気味だ。

「どんな手紙だったのかわからないのに。だいたい、まだ生きてるかもしれないんでしょう?」
「失礼、そうだった。まだ生きてるかもしれない。でもね、だとしても、彼女が自分の命を絶とうとしたのは確かだよ。見た人がいるんだから」

それだって、コンパートメントから運び出される彼女を見ただけだろうに。
そもそも、バスルームで自殺、なんて情報もあやしいものだ。妙に具体的すぎる。

とにかくあやふやな噂話のわりに、変に決めつけているところがある。いい加減にするようコヨーテに言っても、今となっては噂話の虜で、私の注意に聞く耳を持たない。

自殺の原因、と住人たちが決め込んでいる手紙がどこから来たものなのか、どんな内容だったか。今日の話題は、その件で持ちきりだったらしい。

ついに資金がなくなって、このコンパートメントからの立ち退き要請が書かれた手紙だったのだ、とか。
老境の寂しさゆえ連絡を取った娘から、絶縁状が届いたのだ、とか。
かつて大恋愛の末引き裂かれた恋人の訃報が、彼女の生きる気力を奪ったのだ、とか。

彼女の財政状況も、家族構成も、恋愛遍歴も、誰も知らないのに。
勝手な物語で盛り上がっている。

彼女が運ばれる時、しきりに、
「約束したのに」
という、うわ言を繰り返していたなんて話もあって、その約束とやらがどんなものだったのか、という想像から話が膨らんだらしい。


要するに、ここの住人たちは暇なのだろうと思う。
コンパートメントの住人でいられさえすれば、生活の不安もなく、全てが快適に整っている。外からの刺激もなく、これといって新しいことも起こらない。
この保証された暮らしを提供されるに足る自分である、ということへの自負があるからか、彼らは、この生活に執着しているように私からは見える。それは、住人たちの大多数よりも、ずっと若い世代のはずのコヨーテにも言えることで、彼らは総じてコンパートメントから出ようとはしない。

そんな中、しょっちゅうコンパートメントと外部を行ったり来たりしていたマダム・グラシアスは、浮いていると言えば浮いていた。

私は、彼女が好きだった。
ろくに話したこともないのに、それこそ勝手な話だけれど。



彼女が出かけるとき、必ずつけている香水が独特の香りだった。
それで一度だけ、「いい香りですね」と声をかけたのだ。
それまで、挨拶程度しかしてこなかったのに、どうして話しかけたのだろう。
彼女も、驚いた顔をしていたけれど、話しかけたことをすぐに後悔して狼狽えていた私に、にっこりとほほ笑んでくれた。

香水が、かなり昔に流行った「グラシアス」という名前のものだ、ということは、このとき彼女から教わった。
それで私は心の中で、彼女をマダム・グラシアスと名付けたのだ。

「月下美人って知っている?」
「いいえ、何のことですか?」
「花の名前よ。夜に咲く白い花でね、一晩ですぐに枯れてしまうのだけれど。これは、その花と同じ香りなの」

月下美人。
私たちの先祖は地球を離れて久しく、このコンパートメントだって、すでに、月の下で夜を過ごせる私たちの故郷である星から、遠く離れた土地にある。
それでも、その名前が花の名前として残っていることが、地球を離れてもなお、花も、私たちも生き延びていることが、なんだか不思議だと思った。

彼女のコンパートメントの前を通りかかると、清掃員が荷物を運び出していた。プログラミング済みのオート型ロボットで、話しかけても誰も応答しない。

それを見て、彼女がここに戻って来ないことを理解する。
彼女が、生きているのか、死んでいるのか、戻ってこない理由も、自殺をはかったのかどうかも、受け取った手紙の内容も、うわ言の意味も、何ひとつわからないまま。

一瞬、あの香水の香りがして、彼女がいるのかと思った、そんなわけもないのに。
どこから香りが漂ってくるのだろうと見回すと、運び出された荷物の中に、大きな鉢植えがあった。

月下美人。
白い花が、今まさに咲こうとしていた。


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はらとけいさんの、
#せりふ三題噺
今回もまたSFです。

謎が謎のままの短編ですが、日常生活って人が知らないうちにいなくなるよな、と思っていたらこんな話に。
出会いも別れも知らない内に起きてしまうので、一瞬一瞬大切に生きたい所存。

はらとけいさん、よろしくお願いいたします。

今週の三題は、
#香水手紙バスルーム
セリフは「約束したのに」
でした。


そしてそして、月曜日の報告を水曜日にするという遅れっぷり。
コングラボード有難うの話です。


ふたつ、いただいております。

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コングラボード有難うございました。
読んで、スキを押してくださる皆々様のおかげさま。

頂戴した該当短編もSF。今日出したのもSF。
最近SFの気分なの。


先週の #せりふ三題噺 にもコングラボードいただけて嬉しいです。


※見出し画像はみんなのフォトギャラリーからお借りしました。

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