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【シロクマ文芸部】夜に釣り【2000字小説】

「夜に釣りをしてた男がいなくなったらしいぜ、藤三郎とうざぶろうの旦那」
と、小柄な男が言った。
興奮しているのか、目を爛々と光らせている。
「おめえがそんな上機嫌ってこたぁ、ただいなくなっただけじゃねえわけか」
小柄な男とは真反対に屈強な青年、藤三郎は酒を片手に苦笑する。

小柄な男は萬来亭ばんらいてい小坊主こばうずと言って、まだ若い修行中の噺家はなしかだ。
藤三郎はもとは火消しだったけれど、御一新ごいっしんの後にできあがった新政府様のおかげで仕事がなくなり、今は拾ってくれた大店おおだなで用心棒のようなことをしている。
噺家と、元火消しの用心棒。
生きて来た道も、見てきたものも、何もかも違うのに妙に馬が合って、時折こんな風に飲んでいる。

もっとも、小坊主はふらふらとしていて、寄席にいる以外ではどこにいるのかがまるでわからない。どこにいるのかわからない男を探しようはないから、藤三郎が小坊主に会いに行く、ということもない。
もっぱら、一方的にやって来る小坊主に、藤三郎が応じているばかりだ。
続けざまに現れると思えばふた月以上見かけないこともある。最初の内こそ案じていたが、最近はもう慣れてしまって、藤三郎も気にしないようになった。

「日本橋のほうでさ、男が釣りに行ったっきり帰ってこないってんで、ちょっとした騒ぎなんだけどよ。なんでもそこで、ちょうど男の姿が見えなくなったのと同じ時分に、大きな光る魚の入った網を下げた小男とすれ違ったって奴がいんだよ」
「大きな光る魚ねえ。それがいなくなった男とどう関わりがあるってんだ」
「それがさ、いなくなった男がその魚にされちまったんじゃないかって話なんだ。どうだい、薄気味悪いだろ」

寄席の仕事をしていない間の小坊主が何をしているのか、といえば、こんな胡散臭い怪しげな話を、ほうぼうで拾い集めている、というのは界隈では有名な話だった。
落語のネタにでもするのか、出入りしている芝居小屋の戯作者げさくしゃに売りでもするのか。
そんな風に思われていたこともあったけれど、どうやらそうではないらしい。怪しげな話を、どこで披露するということもなく、ただ、集める。
暇つぶしというには、合点がいかないほど、話を聞きたがる本人の気合いが入り過ぎているので、何か知らないが、小坊主には小坊主のなんらかの思い入れがあるのだろう、と皆納得して気にしないでいる。
さあでは小坊主が怪異譚を拾い集めたがるそのわけはというと、それについては誰も知らない。

そもそも、拾い集めた話を誰かに話す、ということもこれまではしてこなかったのだ。けれど、どういうわけか、知り合って間のない藤三郎には話して聞かせる。
まるで、子供が拾ってきた小石や貝殻やなんか、本人にとっては宝物なんだろう小さなものを、家に帰って親に見せびらかしているかのようだ、とは、小坊主の師匠の談だが、藤三郎は小坊主の師匠とは会って話をしたことがないので、勝手に親扱いをされていることは知らなかった。
あまりに懐いている様子を見て取って、
「火消しの旦那はお前の親か何かかい」
と師匠がからかったのは小坊主だけれど、そんな話を当人に伝えたりはしない。
師匠に対しても、笑って肩をすくめたばかりで、それ以上は師匠も何も言わなかった。

そんなことよりも、今は日本橋の光る魚が大問題の小坊主だ。

「光る魚ってのはなんだか得体が知れないけれど」
「だろう? なんでもその大きな魚を網に入れて歩いていた小男は、頭に烏帽子えぼしを乗せて、水干すいかん風の着物でまるきり昔話のいで立ちだったそうだよ」
「明治のこの世にねえ」
呆れた声音の藤三郎に気づいているのかいないのか。小坊主は、身を乗り出して詰め寄ってくる。
まるで犬だな、と藤三郎は思って笑ってしまった。
こんな調子でも、噺家としての小坊主を贔屓にしようという客がいる程度には、売れているのだけれど。藤三郎にとっての小坊主は、飼い主に遊んでもらおうと、手当たり次第におもちゃを運んでくる犬の子供みたいに思えてならない。

「日本橋に行こうって誘いなわけか」
小坊主は我が意を得たりと膝を打った。
「来てくれるか」
「行くとは言ってないよ。気が早い奴だな」
「面白そうな話だろ?」
「そりゃ本当なら面白かろうが……」
言質を取ったと言わんばかり、腰を上げた小坊主の首根っこを捕まえる。
「落ち着けって」
「だって、光る魚だってんだぞ」
「光る魚もいいけれど、まずはこっちの肴をやっつけないことには、だ」
と、田楽の串を掲げて見せた。
空には月が白々と光っている。
おおかた、ただのホラ話。
目の前の男をさて、どう諦めさせようか考えながら、宵闇の迫る大通りに向けた藤三郎の目の端を小男が通り過ぎた。
その小男の頭には烏帽子、身につけているのは水干、背にした網には、
「光る魚……?」
一瞬のこと。
瞬きした途端、そこには誰もいない月の照らす通りがあるばかり。
「藤三郎の旦那?」
顔を覗き込んでくる小坊主に、
「なんでもない」
と首を振ると、藤三郎は田楽を頬張った。


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#シロクマ文芸部

今週もシロクマ文芸部さんにお邪魔しております。

今週は「夜に釣り」でした!

シロクマ文芸部さんに参加させていただくのは、今回で10回目。
2桁突入の大台……。


前回のシロクマ文芸部提出物はこちら
今回も楽しく参加させていただきました。感謝です。


見出し画像はChatGPTが作ってくれました。
これは水干か……?と一抹の思いはあれど、まあいいでしょう。ありがたく見出し画像にさせてもらいました。


最近なんか予定してたのと違う作品になる、という展開をしがち……

藤三郎と小坊主がここに出てくるとは……。


何のことかと言いますと、この二人、別のサイトで出してる短編の主人公たちです。

もとは、箸にも棒にもかからなかった映画シナリオの主人公コンビ。
そのうちしっかり、長編にしてあげたいなあという希望はあれど、寝かせています。

何しろ趣味に走ってる世界観でな!!
どこまでもどこまでも設定モリモリにしてしまいそうになるので、その辺りの匙加減、冷静に考えていきたい所存……。今年の目標ですね。

江戸風に感じるかもしれませんが、御一新、つまりは明治維新のあと。
専門職の定火消しも無くなって、一時的に大層治安が悪くなった過渡期。明治2〜4年くらいが設定年です。
まだ河竹黙阿弥三遊亭圓朝も生きてるくらい、ですね。
そのうち書くゾー💪

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