5歳で背負ったもの
俺が初めて「背負う」という感覚を持ったのは、5歳の時だった。
弟が生まれたとき、本気で嬉しかった。
ずっと弟が欲しいと思っていたから、「俺が守る」と自然に思っていた。
誰かに言われたわけじゃない。
自分でそう決めていた。
弟が産まれて間もなく、両親が離婚した。
家を出ていく親父は、俺にこう言った。
「お前が俺の代わりに、ママと弟を守れ」
5歳の俺は、それを真に受けた。
重いとも理不尽だとも思わなかった。
むしろ、大人の役割を託されたことが誇らしかった。
「俺がやる」
本気でそう思えた。
だが、その直後に母が亡くなった。
当時、俺は一足先に親父とその彼女(今の母)が住む家へ移り、
弟は母の実家で預けられていた。
母の病気のことは知っていたし、大人の空気を察しやすかった俺は、
なんとなく「いつか居なくなるかも」と感じていた。
久しぶりに母のお見舞いに行く途中の、サービスエリアだった。
普段泣かない親父が泣きながら「ママが亡くなった」と言った。
それまで我慢していた感情が爆発した。
普段はあまり泣かない子どもだったけれど、
その時だけは、親父の胸で文字通り涙が枯れるまで、ひたすら泣き続けた。
その後、弟は施設に預ける予定だと聞いた。
親戚と親父が話し合っている中で、俺は周りの大人たちに向かって言った。
「俺が責任持って育てるから、施設に入れないで」
何もできるわけがない、5歳児の言葉だ。
それでも、本気だった。
父は驚いていた。
予想もしていなかったのだと思う。
親父は決められなかったんだと思う。
その場で当時の彼女に電話を繋ぎ、俺に受話器を渡した。
俺は必死に言った。
「俺が育てるから、連れて帰らせてください」
彼女は、了承してくれた。
あの時の俺は、何かを“決めた”のだと思う。
守る側でいること。背負う側でいること。
それが強さだと、どこかで定義した。
今振り返ると、俺はあの日から人生を「試練」だと捉えていたのかもしれない。
本当はただ起きただけの出来事に、
自分で意味を与え、
勝手に重さを乗せ、
「乗り越えるもの」にしてしまった。
背負わされたのか、自分で背負ったのか。
正直、もう分からない。
でも少なくとも、俺は
「試練を乗り越える自分」であろうとした。
それが、俺の生き方の原型になった。
