僕が今出来ることを-心赴くままに-
僕は今、仕事が出来ていない時間を
過ごしている。
「脳脊髄液減少症」と闘病中だからだ。
仕事どころか日常生活でも
頭痛と身体の痛みや違和感、ふらつきで
よたよたしながら歩く状態で
支障が出まくっている。
横になって過ごしているのが
1日の大半を占めている。
それでも今の僕が出来ることとして
伝えたい想いや気づきを届けたいと
noteで記事を書き始めた。
この時間でやる事といったら
もっぱら、自己観察と自己との対話
をしていることが多い。
そこで毎度の如く、想いを馳せるのは
「当たり前」「普通」「常識」とは
一体何なのだろう…。
ということだ。
「当たり前じゃん」
「これが普通でしょ」
「常識的に考えたら分かるよね」
日常の中で何の気なしに
流れていく言葉たち。
これは僕が思うことだが
集団心理の観点で便利な言葉だから
つい使ってしまう気がしている。
同調圧力から生まれる同調行動。
周囲と同じ行動や意見を選ぶことで
安心感を得られる。
そこには
「嫌われないため」
「ハブられないため」
「浮かないようにするため」など
「みんな」と同じように
足並み揃えることで安全で居ようと
する心理が働いてるように感じる。
では、果たして
「当たり前」「普通」「常識」は
全員が共通した認識で
理解できているのだろうか。
人それぞれ
育ってきた環境や関わってきた人
によって、全く違う常識や普通を
持って生きていると僕は思っている。
物理学者 アルバート・アインシュタインが
こんな言葉を残している。
「常識とは18歳までに身につけた
偏見のコレクションである」
18歳までに見聞きしてきた
言葉や日常が先入観や固定概念となり
その人の常識や当たり前になる
ということではないだろうか。
見聞きしたことがないことを
目の前にした時
「非常識」「意味不明」「有り得ない」
と批難や否定が生まれる。
自分の無知を受け入れたくないから。
僕はどうだろう。
ふとした発言や行動が
どんな影響を与えているだろうか。
あなたはどうだろうか。
少し振り返ってみる時間を作ると
気づきや発見があるかもしれない。
こんな感じで空想しながら
過ごしているとnoteで
すまいる村長さんの記事が
目に止まりました。
「軟骨無形成症」の息子さんのために
服作りをするクラウドファンディング
の拡散を促す記事。
僕が下手に説明するよりも
実際に自分の目で
すまいる村長さんの記事と
クラファン達成に挑戦している
GAGO-276-さんの記事を
見に行ってください。
お二人の記事を読んだ時に
何か僕に出来ることは何か無いか、
どうにか協力したいと想いが巡り
微力ながらもクラファンの支援をしました。
仕事が出来てない状態で
支援してる場合か、と頭によぎりつつも
そんなことより想いが上回り
気持ちを優先しました。
他に出来ることは無いか、と
考えた結果、自分も拡散してみようと
この記事を書いています。
「力になりたい」という
率直な心の声を素直に受け止めて
心赴くままに言葉にしています。
すまいる村長さんの
優しくも想いの込もった熱い記事
息子さんの
力強く前向きに生きる姿
息子さんから学びながら
「とりあえずやってみる」と
進んでいくGAGO-276-さん
それぞれが素敵で心打たれました。
クラウドファンディングの締切は、
2026年2月17日(火)23:00〆
クラファンページは是非見てください。
GAGO-276-さんの想いが詰まってます。
支援が難しい方は
少しでも拡散の協力を
支援が出来そうな方は
微力でも、もう一押しの支援を
想いは巡り、願いは実を結ぶ。
そう信じて。
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