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今、また「災害と歴史教育」を読み返す

災害と歴史教育

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stand.fm『よみききの世界』(2024.8.10)
今、また「災害と歴史教育」を読み返す:2024改訂-2016-2012初版」(13分)
https://stand.fm/episodes/66b6998937e923f466fc171a

◆災害の定義とその拡張

 災害とは、一般に地震・津波・台風・火山の噴火などの自然災害や大規模な火災・事故・感染症などによって、人々の生命と安全・健康・財産・生活などを損ない害す災難を意味する。
 しかし、歴史教育の対象となる災害の定義は、さらに拡張される。
 とりわけ、近現代史においては、戦争による被害(戦災)や足尾銅山鉱毒事件・水俣病などによる人為的社会的な被害(公害)などを含まざるを得ない。
 さらに、オウム真理教による地下鉄サリン事件(1995年)、9.11アメリカ同時多発テロ(2001年)、世界各地で生起する自爆テロ事件など「テロによる被害」、チェルノブイリ原子力発電所事故(1986年)や3.11東日本大震災・東京電力福島第一原子力発電所事故(2011年)による「原子力災害」や「風評被害」などの時事問題的事象も歴史教育の対象となる。

◆歴史の中の災害―震災―

 歴史の中の災害は、繰り返される自然災害とともに、人為的社会的活動・文明の肥大化に伴い、時・空間軸において拡張の途にある。
 それは、単に一時の、一地域の災害ではなく、発生から復旧・復興・現状復帰まで災害が終息に至るには数十年または遙かにそれを越える長期間を有し、また広く自国の国土に及ぶだけではなく海を越えて他国・地域にまで及ぶ災害となる激甚災害も生起しているからである。
 ここでは、そうした激甚災害につながる歴史の中の災害、とりわけ震災について概観しておきたい。

【日本における大地震・津波年表(抄)】

416年、「地震」という言葉が初めて登場。(日本書紀)
679年、筑紫地震。考古学の遺跡発掘調査で検証。(日本書紀)
869年、貞観地震。多賀城の被害、津波が数キロ遡上し約千人が溺死。(日本三代実録)
1185年、琵琶湖南部地震。三ヶ月以上の余震。鴨長明が30歳頃この地震に遭遇・体験を記録。(方丈記)
―約500年間に30回以上地震を記録―
1707年、宝永地震。(鸚鵡籠中記)M8.6
1771年、沖縄・八重山地震・明和大津波(説84.5m)の被害。死者・不明者1万2000人。(牧野清『八重山の明和大津波』)M7.4
1854年、安政南海地震。(小泉八雲“A Living God”、中井常蔵「稲むらの火」、国定及び検定国語教科書教材)M8.4 *南海トラフ巨大地震の一つとされる
 **1855年、安政江戸地震が発生した
1896年、明治三陸地震・津波。M8.5
1923年、大正関東地震(関東大震災)。教材としての流言飛語と在日朝鮮人虐殺、警察署長・大川常吉美談。M7.9
1933年、昭和三陸地震・津波。M8.1
1944年、東南海地震。戦時下における震災情報の統制・隠蔽。袋井市立三川小学校「やすらぎ」碑。(上坂高生『あかりのない夜』)M7.9
1952年、十勝沖地震。M8.2
1960年、チリ地震津波。22時間後に津波襲来。M9.5
1994年、北海道東方沖地震・津波。M8.1
1995年、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)。ボランティア元年、盧進容「長詩・大震災」(叙事詩)M7.3
2004年、新潟中越地震。M6.8
2008年、岩手・宮城内陸地震。M7.2
2011年、東北地方太平洋沖地震(3.11東日本大震災・原子力災害)「生きる意味」「信頼」「互酬性」「絆」など個人及び社会・国家への本質的で根源的な問いを投げかけた歴史的災害となった。M9.0
               *寒川2011をもとに筆者が加除・編集。
 *「南海トラフ巨大地震の一つとされる」及び**「1855年安政江戸地震が発生した」は、2024.8.10に成田加筆

◆「災害史」教育への視点

 Post3.11の教育・社会において災害の本質的で根源的な理解をするためには歴史教育が果たす役割は大きく、以下のような三つの視点が求められる。

①年表・多様な史料の有意味性
 貞観地震をはじめ時間軸を貫く災害史の俯瞰、「津波てんでんこ」(自助優先思想)などの民間伝承への再評価、災害記録・物語・叙事詩等の保存・活用など歴史的文化的な視点の重要性である。

②リアルな社会関係認識と哲学
 個人の生命・安全・健康・人権・財産・生活の優先性と企業及び地域の経済活動の自由・利潤追求性との価値観・行動規範上の相克・ジレンマ、災害時の流言飛語や風評被害という心理の普遍的課題、危機管理下の情報統制・操作という事実と情報の公開・共有の重要性への社会関係認識への視点、また、人為的社会的活動・文明の肥大化に伴い、「真の文明は山を荒さず、川を荒さず、村を破らず、人を殺さざるべし」(田中正造、1912年の日記より)という哲学に注目したい。

③専門性を越境するアプローチ
 「災害史」教育を行う場合、教科や学問の専門性を越境する必要性が生じてくる。なぜならば、災害が人々の生命と安全・健康・財産・生活などのすべてを損ない害す災難であるからであり、一領域・一専門性の限界を超えて協働しなければ、災害の歴史像に迫ることはできないからである。したがって、災害のメカニズムを究明する自然諸科学はもとより、歴史学・考古学・地理学・政治学・経済学・社会学・民俗学・人類学・国際関係論・心理学・教育学・文学・芸術、そして哲学などの専門的知見をもとに、学際的アプローチが求められる。
 しかし、それは、単なる諸学問の寄せ集めなどではなく、災害の歴史象に通底する本質的で根源的な問い、災害から逆照射される歴史的現在の「生」の在り方への問題意識を共有する必要がある。
                            〈成田喜一郎〉

【参考文献】
●寒川 旭『日本人はどんな大地震を経験してきたのか-地震考古学入門-』平凡社(pp.254-259)、2011
●小松 裕『真の文明は人を殺さず-田中正造の言葉に学ぶ明日の日本』小学館(p.10)、2011
●奥村 弘『大震災と歴史資料保存―阪神・淡路大震災から東日本大震災へ―』吉川弘文館、2012

出典:成田喜一郎(2012)「災害と歴史教育」『新版 社会科教育事典』ぎょうせい、pp.174-175.

その後、わたくしのWeb Site『越境するSocial Studies 』に
今だからこそ、「災害と歴史教育」を読み返す:2016.5.5」をアップした。
2016年4月14日 21:46、熊本県熊本地方で最大震度7、M6.5ー4月16日 0:25、最大震度7、M7.3の地震が発生した。

そして、2024年1月1日 16:10ごろ、「能登半島地震」が起こった。最大震度7、M7.6だった。
この地震を契機に「並進」概念の意味が“Mutual Care”に拡張・深化した。並進=Mutual translation /Mutual Reflection /Mutual Care /Mutual Documentation /Mutual Reading、そしてMutual Educationへ
https://genkaikyoukaiekkyo.blogspot.com/2023/11/translationmutual-translationmutual.html

2024年8月8日、16:43ごろ、日向灘を震源とする震度6弱、M7.1の地震が発生し、南海トラフ地震臨時情報「巨大地震情報」が出された。

2024年8月9日、19:57ごろ、神奈川県西部を震源とする震度5弱、M5.3の地震が発生した。

2024年8月9日、21:54過ぎ、宮城県仙台市に住むある方から、報道-専門家筋の話には出てこないが、現在「南海トラフ巨大地震」に備えるお仕事をされている知人からの伝聞として、「1854年の安政(南海)地震(南海トラフ巨大地震)」のあと、「首都(江戸)直下型」地震も発生した」とのこと、今回の一連の地震がその再現にならないよう祈念されているとのご心配を頂いた。上記の初版の抄録年表には記載されていないが、大阪歴史博物館のWeb Siteに「安政南海地震と安政江戸地震」がある。他所ごととせず、注意=備えをしておきたい。)

*写真は、仙台市にお住まいの方から頂いたアンカーコーヒーのカップオンドリップ「MOTHERPORTBLEND」

2024年8月10日5:14am記


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