異世界スキル整備士 第3話
魔鉄鉱脈の試練
朝のギルドは、騒がしかった。
木製の扉を開けた瞬間、酒と汗と鉄の匂いが混ざった空気が流れ込んでくる。
ざわめきが止まり、視線が集まった。
昨日の暴走騒ぎの余波だろう。
整備士の噂は、もう広がっているらしい。
「……帰っていい?」
俺の口が、勝手に弱音を吐く。
レイナが即答した。
「ダメだ」
セリスは目を輝かせて周囲を見回す。
「本物の冒険者ギルド……!」
視線が刺さる。
昨日まで“ただの子ども”だったはずの俺を、ここではみんなが知っているみたいだった。
「あれが……スキルを直すって噂の」
「ガキだぞ?」
「嘘くせぇ」
居心地が悪い。
逃げたい気持ちが喉の奥でうずく。
前世の癖だ。
前世の俺なら、この空気だけで引き返していた。
――でも今は違う。
直せるものがあるなら、逃げる理由にはならない。
レイナが俺の背中を軽く叩いた。
「気にするな。ここはそういう場所だ」
俺は小さく息を吐く。
「……分かってる」
そのとき、奥のカウンターから低い声が飛んだ。
「噂の整備士はどいつだ」
受付の奥から大柄な男が現れる。腕を組み、俺たちを見下ろした。肩幅が扉と同じくらいある。
「ギルド長だ」レイナが小声で言う。
俺は一歩前に出た。
「俺だ」
空気が変わる。
ギルド長は俺を見下ろし、低く言った。
「噂は聞いてる。スキルを直すガキだろ」
ガキは余計だが、否定はしない。
「ここは壊れた奴が多い。需要はある」
壁際で、腕を押さえる冒険者が目に入った。
視界に回路が浮かぶ。摩耗、逆流、暴走寸前。
俺は思わず言った。
「先にあの人、直していい?」
ギルド長が目を細める。
「……やってみろ」
俺は冒険者に近づいた。
「触るぞ」
「……腕が燃えるように痛い……本当にだいじょうぶなのか」
腕に手を当てると、回路が視界に広がる。
焼けた線を切り離し、再接続。
魔力を流す。
光が整い――収束。
冒険者がゆっくり拳を握った。
「……痛みが消えた」
安堵と驚きが混じった声だった。
ざわめきが広がる。
さっき疑いの目を向けていた冒険者が、小さく頷いたのが見えた。
ギルド長が鼻を鳴らした。
「噂は本当のようだな。だが、所属にするかは――もう一つ試させてもらう」
空気が張る。
「北の洞窟に魔鉄鉱脈がある。採取依頼だ。ただし最近“暴走体”が出る。止めて戻れ。長引けば洞窟ごと崩れる」
時間制限付きか。
胸の奥がきしむ。
レイナが笑う。
「上等だ」
セリスが杖を握る。
「やります」
俺は頷いた。
「受ける」
ギルド長は短く言った。
「行ってこい」
洞窟はひんやりしていた。
足音が反響し、水滴の音が遠くで響く。
岩壁に触れた瞬間、視界に光が広がる。
細い線が岩の中を流れている。
だが、その光は妙だった。
均等すぎる。自然の揺らぎではない。
誰かが設計したみたいに整っている。
嫌な既視感が胸をかすめた。
どこかで見た構造――壊される前の、人工の回路に似ている。
「……これ、普通の鉱脈じゃない」
レイナが振り向く。
「何が違う?」
「光が揃いすぎてる。自然ならこうならない」
セリスが小さく呟く。
「人工物みたい……」
胸の奥がざわつく。
――これは壊れた何かの名残だ。
その瞬間、洞窟が揺れた。
岩が砕け、光の塊が飛び出す。
人型の暴走体。
全身から魔力が噴き出している。
洞窟の天井が軋む。
時間がない。
「来るぞ!」
レイナが剣を抜く。
セリスが杖を掲げる。
「拘束します!」
光の輪が暴走体を縛る――が、弾ける。
「もう一回!」
セリスは歯を食いしばり、魔法陣を二重展開した。
拘束が強まり、動きが鈍る。
暴走体が俺に向き直る。
逃げろ、と本能が叫ぶ。
前世の俺なら、間違いなく退いていた。
だが――
レイナが割り込んだ。
剣が火花を散らし、暴走体の腕を弾き返す。
「触れろ、カイト!」
その背中は揺るがない。
俺は踏み込んだ。
「任せろ!」
亀裂に触れる。
回路が爆ぜる。
光の線が絡まり、赤く焼けている。
「……詰まってる」
洞窟がまた揺れる。
天井から砂が落ちる。
時間がない。
逃げたい衝動を押し殺し、光をほどく。
逆流していた流れが正しい向きに戻る。
暴れていた光が静かに落ち着いていく。
「もう少し……!」
最後の結び目を整える。
赤い光が消えた。
――収束。
暴走体は動きを止め、崩れ落ちた。
静寂が洞窟を満たす。
「止まった……」
セリスが息を吐く。
レイナが笑った。
「見事な連携だな」
俺は壁に手をつき、魔鉄を切り出す。
光は静かで、美しすぎるほど整っていた。
違和感は消えない。
そのとき――
洞窟の奥で空気が揺れた。
背筋が冷える。
昨日感じたのと同じ気配。
姿は見えない。
だが、“見られている”。
「……いる」
レイナが剣に手をかける。
俺は暗闇を見つめた。
「昨日の……あいつと同じ気配だ」
返事はない。
気配は消えた。
だが胸のざわめきは残る。
誰かが、この世界を壊している。
俺は拳を握る。
なら――直すだけだ。
この力がある限り。
―――――
ギルドへ戻ると、空気が変わった。
俺たちを見る視線が、さっきとは違う。
ざわめきが広がる。
「戻ってきたぞ…」
「本当に止めたのか?」
ギルド長が腕を組んで立っていた。
「……報告しろ」
レイナが短く答える。
「暴走体は鎮圧。魔鉄も回収済みだ」
俺は袋を差し出した。
ギルド長は中を確認し、ゆっくり息を吐いた。
「……合格だ」
広間がざわつく。
「今日からお前はギルド所属だ、整備士」
その言葉が、胸の奥に落ちた。
居場所ができた。
逃げ場じゃない。
立つ場所だ。
レイナが肩を叩く。
「歓迎されてるぞ」
セリスが笑う。
「これから一緒ですね!」
俺は小さく息を吐く。
「……よろしく頼む」
ギルドの喧騒が戻る。
だが今度は、そこに俺の席がある。
整備士としての人生が、本当に動き出した。
第3話・完
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