5才からはじめるプリンセス入門⑦|第六章 手紙の検閲、その他もろもろ
引っ越して、1ヶ月。
新しいお城の、新しいお部屋で、5才のあなたは、目をさまします。
パンケーキは、出ます(よかった)。
イチゴは、のっていません(よくない)。
お目付役のおばあさんが、にっこり笑って、言います。
「お姫さま、こちらの国では、朝はパンケーキにイチゴはのせないんですよ」
は?
5才のあなたは、人生初のカルチャーショックを、ここで経験します。
イチゴが、のっていない。
たったそれだけのことで、あなたは、急に、お母さまに会いたくなります。
「お母さま、ここではイチゴ、のせないんだって」
「お母さま、わたし、知らなかったよ」 「お母さま、わたし……」
ここで、5才のあなたは、こう思います。
「お手紙、書こう」
やめておきましょう。
え、と思いましたね。
なぜ手紙を書いてはいけないのか。
理由は、前章で書いたとおりです。
手紙は、検閲されます。
検閲、というシステム
検閲、というのは、こういうものです。
5才のあなたが、夜、こっそりお部屋で、お手紙を書きます。
「お母さま、お元気ですか。わたしは、ちょっと、さみしいです。
イチゴ、のせてもらえないんです」
これを、封をして、侍従にわたします。
侍従は、それを、お目付役にわたします。
お目付役は、それを、こっそり開封します。
そして、こう判断します。
「『さみしい』はNG。検閲対象」
手紙は、書き直しを命じられるか、そのまま破棄されるか、
あるいは、一部だけ墨で塗りつぶされて、お母さまに届きます。
お母さまに届いた手紙は、こうなっています。
「お母さま、お元気ですか。わたしは、ちょっと、■■■■■。
イチゴ、のせてもらえないんです」
■■■■■。
これを見たお母さまは、夜、泣きます。
つまり、検閲というのは、
手紙の中身が改ざんされるシステム
ではなく、
「お母さまに、心配をかける」というシステム
なのです。
5才のあなたが「さみしい」と書くと、■■■■■になって届き、
お母さまは消された部分を想像して、勝手に最悪の事態を心配します。
これは、5才のあなたのせいではないのですが、
結果的に、お母さまを傷つけます。
検閲を、かいくぐる方法
では、どうするか。
ここで、プリンセスの第三戦が始まります。
「検閲を、味方につけます。」
まず、原則です。
お目付役が読んでも、問題ない手紙を書きます。
「お母さま、お元気ですか。 こちらでの暮らしは、たいへん、楽しゅうございます。 新しいおともだちもでき、毎日、絵本を読み、お庭で遊んでおります。 お目付役のおばあさまも、たいへん、よくしてくださいます。 わたくしは、元気です。 お母さまも、どうぞお元気で。」
これを、書きます。
5才には、ちょっと、文体が古いですね。
でも、これでいいんです。
なぜか。
この手紙は、お目付役のためのものだからです。
お目付役は、これを読んで、安心します。
「あ、このお姫さま、適応してるな」 「報告書も、書きやすいな」
そして、そのまま、お母さまに届けます。
「え、これだと、お母さまには、何も伝わらないじゃない」
そう思いましたね。
ここからが、本番です。
暗号、という技術
5才のあなたが、嫁ぐ前に、お母さまと、
ふたつだけ、約束をしておきます。
約束①:合言葉 「もしも本当にさみしいときは、手紙の中に、
『お庭の薔薇』って書く」
約束②:色の暗号 「便箋の角に、ピンクのリボンを結んだら、元気。
白いリボンを結んだら、助けて」
これだけです。
これがあるだけで、検閲は、かいくぐれます。
「お母さま、お元気ですか。 こちらでの暮らしは、たいへん、楽しゅうございます。 お庭の薔薇も、きれいに咲いております。 わたくしは、元気です」
便箋の角には、白いリボン。
これを受け取ったお母さまは、すべてを、理解します。
「ああ、この子は、いま、さみしいんだな」 「でも、表向きは、ちゃんとやっているんだな」
検閲役は、何も気づきません。
お庭の薔薇は、本当にあります。 リボンは、ただの飾りです。
これが、5才のプリンセスの、最初の暗号通信です。
スパイ映画みたいですね。
でも、これが、現実です。
大事なこと
ここで、5才のあなたに、伝えておかなければならないことがあります。
暗号を使うのは、「本当に必要なとき」だけにしてください。
毎週、白いリボンを結んでいたら、お母さまは、毎週、心配して泣きます。
5才のあなたが、毎週、白いリボンを結ぶ理由は、たぶん、こうです。
イチゴがのっていない
王子がピーマンを残した(前章で食べられるって嘘ついた件)
お目付役がねこをかわいがりすぎる(嫉妬)
ドレスの色が、なんかちがう
全部、白いリボン案件ではありません。
白いリボンは、人生に、5回くらいしか使ってはいけません。
本当に体調が悪いとき
本当に、心が、もう、もたないとき
国にクーデターが起きそうなとき
王子が浮気したとき(これは大人になってから)
お父さまに、何かあったとき
こういうときだけです。
それ以外のときは、ピンクのリボンで、
「お母さま、わたしは、元気です」
を、伝え続けてください。
なぜか。
お母さまも、5才のあなたを、心配しているからです。
お母さまは、毎週、お目付役の報告書を読みます。
そして、ピンクのリボンを待っています。
ピンクのリボンが届いた瞬間、お母さまは、
「ああ、今週も、あの子は、ちゃんと、生きているんだな」
と、安心します。
つまり、検閲というのは、本来、
「監視」のためのシステム
ですが、5才のプリンセスが、暗号を使うと、
「お母さまとの、定期通信」のシステム
に、変換されます。
これが、プリンセスの第三戦・勝利です。
(ちなみに、この本を読んでいる27才で一人暮らし1年目のあなた。
実家のお母さまに、最近、電話しましたか。
「忙しいから」「特に話すこともないから」と、3ヶ月くらい、放置していませんか。
お母さまは、ピンクのリボンを、待っています。
電話、3分でいいです。
「お母さま、わたしは、元気です」
これだけで、お母さまの1ヶ月が、変わります。
5才のプリンセスが、毎週やっていることを、27才のあなたが、3ヶ月もサボっているのは、ちょっと、もったいないですよ。)
おまけ:監視下での日常
さて、手紙以外にも、
5才のプリンセスは、監視下で日常を送るわけですが、
ここで、ひとつだけ、コツを書いておきます。
監視されている、ということを、忘れます。
え、と思いましたね。
矛盾しているように、聞こえますね。
でも、これは、大事なことです。
5才のあなたが、
ずっと「監視されている」と意識していたら、どうなるか。
お辞儀が、不自然になります
笑顔が、ひきつります
言葉が、棒読みになります
これ、逆に、報告されます。
「お姫さま、何かを隠しているご様子です」
監視を、かわす一番いい方法は、
監視を、忘れることです。
監視されている前提で、自然に振る舞う。
そのためには、監視されていないふりではなく、
本当に、忘れる必要があります。
5才には、難しいですね。
でも、できます。
お庭で、ねこと遊んでいるとき、あなたは、監視のことを忘れます。
イチゴを食べているとき、あなたは、監視のことを忘れます。
絵本を読んでいるとき、あなたは、監視のことを忘れます。
こういう瞬間を、たくさん作ることが、プリンセスの生存戦略です。
監視されていない瞬間ではなく、監視を忘れている瞬間を、たくさん作る。
これができるプリンセスは、ぜったいに、壊れません。
(この本を読んでいる44才で上司にメール監視されているリモートワーカーのあなた。
毎日、Slackの既読タイミングを気にして、メールの返信速度を気にして、勤怠管理ソフトのアクティブ状態を気にして、疲れていませんか。
監視は、たぶん、続きます。
でも、監視を忘れる瞬間を、1日に3回、作ってください。
朝のコーヒー(仕事しながら飲まない)
昼の散歩(スマホを置いていく)
夜のお風呂(Slackを切る)
これ、5才のプリンセスが、すでにやっていることです。
44才のあなたが、できないわけがありません。)
第六章、まとめ
手紙は、お目付役のために書く
お母さまには、暗号で伝える
白いリボンは、人生に5回まで
ピンクのリボンは、毎週
監視は、忘れる
5才には、けっこう、忙しいですね。
でも、もう、慣れてきましたね。
第一章で「は?」って言っていた5才は、もう、いません。
ここにいるのは、プリンセスです。
イチゴ、その後
ところで、ジャム瓶のイチゴは、まだ、食べていませんね?
引っ越しの朝、食べる予定でした。
でも、引っ越しの朝、バタバタしていて、食べそびれましたね。
そして、1ヶ月経った今、ジャム瓶のイチゴは、まだ、瓶の中にいます。
少し、しなびています。
でも、まだ、食べないでください。
ジャム瓶のイチゴは、白いリボンと、同じです。
人生で、本当に、本当に、しんどいときにだけ、食べます。
そのために、しなびていきます。
しなびたイチゴが、5才のあなたを、救う日が、来ます。
そのときまで、瓶の中で、待っていてもらいます。
では、次の章では、いよいよ、「王子と、どう仲良くなるか(あるいは、ならないか)」 について、見ていきます。
ピーマン、まだ覚えていますか。 あの伏線、ちゃんと回収します。
では、次の章で、会いましょう。

