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msfactory_21
空っぽの器
常に何かが盛られた器は
もはや器としての価値はない。
空っぽなことが
器の本質であって
何かを入れても
空にしておけば
器としての価値は保たれる。
入れたままだと
そこに新しく豊かなものを
入れることができない。
押し入れや引き出しも
モノで詰まっていれば
新しいものを収納できない。
室内にしても
何も床にモノを置かない。
拭き掃除がいつでも
できるように
隅々を空けておこう。
むかし
ルーブル美術館に入って
夥しい作品を見ているうちに
満腹で不快になった思い出がある。
極端なはなし
家の中に有名な画家の油絵や作品が
ところ狭しとぎっしりと詰まっていたら
軽やかな自由を感じないだろう。
頭の中で数十億円の価値として
計算したとしても
豊かさの代わりに
執着の重たい波動で
気分は悪いだろう。
ビフテキを毎日食べたような
重たい感覚になる。
家の中にあるものは
常にノイズを発している。
多ければ多いほど
空に浮かぶ無数の雲のように
すっきりとした青空を
見ることができない。
はやり
茶室のような空間がよい。
床の間には掛け軸と一輪の花が
飾られている。
外には豊かな日本庭園が広がる。
ほぼ空っぽの茶室に
風景の美しさが
流れ込む。
それはまるで
魂以外何も持たない存在の中に
宇宙のすべてが入るような感覚。
家は茶室のように
空っぽにしておきたいと思う。
本当に必要で使っているものだけを
残して、
不要なものや使わないものは
捨てて
空間を空けておきたい。
その透明で純粋な波動空間を
保っていれば
やがて
努力しなくても
至高の宝に満たされるだろう。
