わたしは人前が苦手なわけじゃなかったみたい
そういえば、先日ギターの発表会に参加してしまった。
「してしまった」というのは、当初まったく参加する気がなかったからだ。
ある日、教室で先生が言った。
「今年は俺のオーディションの関係もあって、6月に発表会やるねん」
「へー」
と返したら、
「へーじゃなくて、なっちゃんも出るねん」
と笑われた。
「いやいやいやいや、無理無理無理無理」
そんなやり取りを何度かしたはずなのに、なぜか参加することになっていた。
幼少期、女講師による恐怖のピアノレッスンに、わたしの繊細なハートは耐えられず逃亡した。
教室と隣の建物の「隙間」に体をねじ込み、身を潜めること約1年。
折り目が一切つかないバイエル。
もちろん、まったく上達しない。
それでも娘の異変に気づく気配すらないピュアな母。
「才能がないのね……」
そう察したのか、ついに母のほうから言った。
「なっちゃん、ピアノやめる?」
ありがとうございます。
こうしてわたしは、何かを発表する機会を得ないまま41歳になった。
そんな41歳が、ギターの発表会に参加した。
人前で何かをするのが苦手。
話すのも苦手。
心を開いているように見せかけて、本当は野生のイタチ並みに警戒心が強い。
心には進撃の巨人レベルの壁が何重にもある。
そんなわたしが。
ギターの先生は、とても不思議な人だ。
いとも簡単に、その壁を越えてきた。
(まだ2枚くらい壁あるけどね♡)
元夫はギター講師だった。
でも、わたしがギターを弾くことを、とーっても嫌がっていた。
まさかである。
「一緒に弾けたらこの険悪な空気も変わるかも」
そんな淡い期待で買ったギターは、いつの間にか夫のサブギターになり、わたしはほとんど触らせてもらえなかった。
それでも、わたしはギターが好きだった。
夫を好きじゃなくなっても、ギターは弾けるようになりたかった。
約1年前、わたしは離婚調停中だった。
夫がギター講師だということは伏せて、レッスンに通い始めた。
先生は、とんでもなくおしゃべりだった。
そして、とんでもなく聞き上手だった。
「あれ、この感じ……誰かに似てる」
そう思っていたら思い出した。
今では親友と言っても過言ではない、鍼の先生・くみちゃんだ。
わたしは普段、他人と話すとき細心の注意を払う。
頭の中で何度も言葉を選ぶ。
なのに、その日は口が滑った。
夫がギター講師で、モラハラされて家を出たこと。
離婚届を置いてきたのに応じてもらえず、離婚調停中であること。
しかも相手は全部欠席していること。
……そこまで話してしまった。
情報量多いな。
先生は見事に目を丸くしていた。
そりゃそうだ。
「あ、やってしまった」
と思ったけれど、先生は、むしろ食いついてきた。話が止まらなくなった。
気づけばレッスン時間を大幅にオーバー。
大幅どころじゃない。
1時間のレッスンが、5時間になっていた。
もはやレッスンより雑談のほうが長い。
「あのー、延長料金って……」
恐る恐る聞くと、
「そんなん、いらんっすよ」
先生、経営大丈夫?
月2回のレッスンは、わたしにとってカウンセリングのような時間だった。
離婚調停で心が荒みきっていた頃、間違いなく救ってくれた人の一人だ。
本人には、そんな自覚はまったくなさそうだけど。
だから、発表会に出たんだと思う。
最初は嫌で仕方なかった。
緊張するし、逃げたかった。
でも、いざステージに立ってみたら、不思議なくらい緊張しなかった。
みんな、きゅうりに見えた。
緑好きやし寧ろ安心感。
その日わかったことがある。
わたしは、人前が苦手なんじゃなかった。
知っている人の前が苦手だった。
自分に関係のない人に、どう思われても案外平気だった。
むしろ、知っている人のほうが怖い。
嫌われたくない。
がっかりされたくない。
失いたくない。
だから、変に頑張ってしまう。
甘え下手なくせに、距離が近くなると甘えてしまって、相手を傷つけることもある。
41年も生きてきて、そんなことを今さら思い知った。
発表会でギターが上達したかは、正直よくわからない。
でも、自分のことは前よりちょっとわかった。
参加してよかった。
……いや。
やっぱり先生の強引さのおかげか。
ありがとうございます。

https://www.instagram.com/natsu.com_2023?igsh=MWF0cm02cXI2MGZ5Yw%3D%3D&utm_source=qr
