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あでで兄くんの就学、通常級か支援級か。専門職の母として悩んだ道のり

これまであまり書いてこなかったテーマについて、少しお話ししてみようと思います。
あでで兄くんの就学の頃の体験談です。

これはあくまで我が家のあでで兄くんのケースですが、同じように悩んでいる方の何かの参考になれば幸いです。
私の住んでいる自治体では、乳幼児健診などで発達に気がかりのあるお子さんに対して、療育センターの受診が勧められることがあります。

あでで兄くんの場合、3歳児健診までは特に指摘を受けることはありませんでした。

ただ、夫(あででパパ)に発達特性があるため、あでで兄くんがお腹の中にいる頃から、この子にも何らかの発達の凸凹があるかもしれないと、心の準備はしていました。

そして(私は発達を専門とする心理士の資格を持っていますが)その母の目から見ても、あでで兄くんが集団の中で少し目立つ存在であることは明らかでした。
みんなが楽しそうに踊っていても、一人だけ輪に入らずに眺めている。
みんなが座ってお話を聞いている時も、一人だけふらふらと歩いてしまう。
そんな子でした。

幸い、あでで兄くんが通っていたのは小規模で温かい雰囲気の保育園で、そんな彼のありのままを優しく受け止めてくれました。
先生方は、上手に声をかけて自然と席に戻してくれたり、立ち歩くことにも「〇〇が気になったんだね」と理由をつけてくれたりしました。
おかげで、彼はのびのびと園生活を送ることができていました。
もちろん、発達の可能性については、園にも正直にお伝えしていました。

そんな穏やかな日々の中で、ある出来事が起こります。「プール、クビ事件」です。
習っていたスイミングスクールで、集団行動が難しいことを理由に、退会することになったのです。これをきっかけに、公的な指摘は受けていなかったものの、一度専門機関に相談してみようと療育センターの扉を叩くことにしました。



そこで、田中ビネー知能検査を受けました。
結果、知的な発達を示す数値は、いわゆる「平均」の範囲内でした。
それでも、多動傾向のある彼が、小学校という新しい環境で自信をなくし、二次障害(※)につながってしまうことが、私にとって一番の不安でした。
(※本来の特性に加え、周囲の無理解などから自己肯定感が下がり、うつや不安障害などを併発すること)

また、私自身が特別支援教育の免許を持ち、特別支援学級の担任経験が長かったこともあり、その経験から「彼の就学先は、きめ細やかな対応が期待できる特別支援学級の方が合っているのではないか」と考えていました。
しかし、その時点ではADHDの確定診断はなく、「疑い」という段階だったため、教育センターでの就学相談の結果は「通常級が適当」という判断でした。
正直なところ、不安しかありませんでした。
せめてもの支援の場として、放課後等デイサービスの利用を決め、学校が終わるとほぼ毎日通うことにしました。
彼のコミュニケーション能力や、衝動をコントロールする力は、この放課後等デイサービスでのトレーニングを通して育まれたと言っても過言ではありません。
特にソーシャルスキルトレーニング(SST)に力を入れている事業所を選んだことが、彼にとって良かったのだと思います。
年上のお兄さんやお姉さんが多い環境だったこともあり、彼らに憧れたり、その姿を真似したりする中で、大きく成長することができました。
小学校に入学してからも、やはり低学年の頃は、みんなと同じように行動することが難しい場面も多くありました。

ですが、1年生、2年生と、2年連続で同じ先生が担任になってくださったのは幸運でした。
当時、あでで兄くんが夢中だったウルトラマンが好きな先生で、共通の話題から上手にコミュニケーションを取ってくださいました。
彼は今でもその先生が大好きで、本当に大切にしていただいたのだなと感謝の気持ちでいっぱいです。

それでも、授業中に教室内を歩き回ってしまったり、鉛筆をかじってしまったりすることは日常茶飯事。
私は個人面談のたびに、「ご迷惑をおかけしています。やはり支援級への転籍も考えた方がいいでしょうか」と先生にお伝えしていたほどです。
そして、こうもお願いしていました。
「ノートがとれなくても、作品が仕上がらなくても構いません。とにかく、本人が『学校は楽しい』と思えることを一番に考えていただけたら嬉しいです。他のお子さんに迷惑をかけるようなことがあれば、そこは厳しく叱ってください。でも、そうでなければ、多少のいたずらやお絵描きは多めに見てやってください」と。

(ちなみに、当時はハサミで鉛筆を削るのに夢中になってしまい、さすがに危ないので禁止されていましたが…)


とにかく、集団からは少し逸脱していたので、授業参観に行くと、お友だちから「あでで兄くんママ、あでで兄くんはいつもふざけてるんだよ〜!」と何度も報告されたものです。(実は、今も言われ続けていますが)

それでも、彼がお友だちから仲間外れにされることはありませんでした。
周りに優しいお友だちが多かったこともありますが、何より、あでで兄くん自身がとても優しい心の持ち主だったからだと思います。
人に手をあげたり、悪口を言ったりすることは、本当に一度もありませんでした。
だからこそ、みんなと同じようにはできなくても、一種の「愛されキャラクター」として、クラスに受け入れてもらえたのだと感じています。

忘れられない思い出があります。
6年生、小学校生活最後の学習発表会。
残念ながら、あでで兄くんは体調を崩してしまい、舞台に立つことができませんでした。
それでも、「クラスのみんなの発表だけでも見たい」という本人のたっての願いで、私はビデオカメラを手に体育館へ向かいました。
その時、お友だちのSくんが私のところに駆け寄ってきて、こう教えてくれたのです。
「あでで兄くん、練習すっごく頑張ってたんだぜ!」
その言葉が、本当に、本当に嬉しかった。
あでで兄くんの頑張りは、なかなか周りに伝わりにくいタイプだと思っていたのですが、ちゃんと見ていてくれる子がいた。
そして、それをわざわざ母親である私に伝えに来てくれたのです。
通常級に在籍し続けることに、長年どこかで不安を抱えていましたが、この時初めて、「あでで兄くんにとっては、この道で良かったのかもしれない」と、心から思うことができました。

もちろん、発達の課題には早期からの対応が大切だという考えは今も変わりません。
だからこそ、あの時の判断が本当に正しかったのか、今でもふと迷いを感じることはあります。
現在も彼は通常級に在籍していますが、将来的に福祉的なサポートも活用できるよう、常にいくつかの選択肢を頭の中に思い描いています。

通級指導教室のある高校はどうか。
インクルーシブ教育を推進している学校の方が、手厚い指導が受けられるのではないか。
あるいは、少人数の定時制でじっくり学ぶ方が合っているのではないか、など。
でも、これからの道を進んでいくのは、他の誰でもない彼自身です。

もし選んだ道が合わなかったら、その時にまた別の道を一緒に探せばいい。
小学校入学の時とは違い、これからは彼自身が考え、選んでいく番です。
(ちなみに、小学校の時に支援級を見学した際、本人は「ここでもいいかな?」と話していました。
ただ、私の住む自治体では、なかなか発達検査の結果が平均値だと支援級の選択は難しいのが現状です)
元特別支援教員であり、現在はSSW(スクールソーシャルワーカー)として子どもたちに関わる私でさえ、何が正解かは分かりません。

ただ、一つだけ確かなことがあります。
それは、あでで兄くんが今、大好きな友人たちに囲まれ、夢中になれることを見つけて、毎日を生き生きと過ごしているという事実です。

少し放任すぎる、と言われてしまうかもしれませんが、もう少しだけ、彼の歩みを信じて、じっくりと見守っていきたいと思っています。
このささやかな体験談が、少しでもどなたかの心に届けば、これほど嬉しいことはありません。


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