日記260508:スクラップ・ヘブンを観た感想

ぬるくて、すがすがしい日

今日は数ヶ月ぶりに美容院に行った。新しい所だったし、ここ2ヶ月ほどバリカンでセルフカットしていたので何か言われないか心配だったが、とても良いふうに仕上げていただいた。美容院の椅子におさまる自分は、二頭身くらいのキャラに見えて、美容師さんもとても顔が小さくスラッと素敵な方だったので、照れくさくて汗をかいていた。でもしょうがないので、この分厚い肉体を誇りに今後生きていきます。

この世界がかなり"ありえない!"という事は子供の頃に分かっていた。忘れもしない2011年。この世界って別に、私の為にある訳じゃないんだ(そらそうだわな)と思い知らされた。私の為になくても、誰かのためにあるのでは?という偽善的な希望すら教科書の読みすぎだと証明されてしまった。世界は今もかなり"ありえない"状況で、大人になり脳みそのシワが増えると小さい"ありえなさ"にも気づくようになり、鈍麻な絶望感がある。でも生きている。本来生きているという状態、現状そのものに意味なんてない。だけど地球が何十億年もかけて作り上げた種族なだけあって、意味をつけようとみんな必死にもがいている。それもこれも言語があるせいだ。ラベルをつけてもらえると、有り難いのでみんな飛びつく。でもそれ、幼稚園のナントカ組のバッヂと何が違うの?イマジネーションで空を見上げようよ。

「スクラップ・ヘブン」 復讐するは我にアリ!

汚いトイレの映画はいい映画


気分が良いので、どうしても観たかった映画「スクラップ・ヘブン」を観に行った。

ピンを抜いた手榴弾をずっと握り続けられるか?
そんな映画だった。
彼らが盗んだのは拳銃だったけど。
想像力?いいえ、それは非現実の王国.mp4です。

てか、我々はずっとそうかもしれない。バクハツしないように安全装置の取れた手榴弾を握りしめて物価高や満員電車が当たり前になったこの箱の中で、落とさないように常に気を張っている。〇〇歳から狂うっていうけど、ウッカリ、疲れて、手が緩んじゃったんじゃない?

みんなオモチャだったり、プラでできたニセモノの手榴弾を懐に忍ばせ、ホラいつでもやれるんだって顔して歩いてる。イヤホンで耳を塞ぎ、ノイズを遠ざけ、難しい顔をして、小綺麗になっていく街に唾を吐き捨てる程度のテロリズム。
でもたまに、実はホンモノだったって人もいるんだ。自分でも気が付かないうちに、本物だったり本物になっていたりするんだ。安全なニセモノをわざわざ売って、ホンモノを買う人までいる。
ニセモノはとことんニセモノで、それはそれである意味幸せなのだ。だって日本は法治国家だから。法と秩序と道徳心で割り切って生きる世界だから。ニセモノをつかまされた人は、中途半端な行為じゃゴミ溜めの天国に行けない。それどころか、ゴミ溜めと舗装された道との間の側溝にハマって、のたうち回るのがせいぜいだ。どっちが幸せだと思う?自分の握ってるものが、バクハツブツのがいいかな?
でも、抜かれたんだったら拳銃だって、発射したいはずだよね?どうする?
最近思うのは、愛と暴力はほとんど同じものなのではないかということ。エロスとタナトスが接吻をするように、愛もまた暴力と交わっている。惹かれあったら、発射されなければ。手の中のそれは、バクハツの時を待っている。

映画自体は、ファイトクラブの葛藤を東アジア的に昇華するとこうなるのかなあと感じた。サイバーパンク2077というゲームが大好きなんだけど、そのイメージも重なった。街を見下ろしたり、スクラップに溶け込む主人公たち。二人ともお互いを別の自分として羨望の眼差しをむける関係。破壊を妄想する女。胸には自らを救うお守りを下げて。
青と赤の折板壁は、マトリックスの錠剤のイメージかな。主人公は、結局飲まずにいたみたいだけど。だから天国にも地獄にも行かれないんだよ。

上手くいかない。派手に爆発もしない。クラッシックも、轟音ギターの鳴き声もない。ただ独りで葛藤して、決めて、決められなくて、そして上手くいかない。潔くさいなら!ともいかない。一瞬だけ繋がるけど、人は結局自分の世界しか持てない。独りで生まれて独りで生きて独りで死んでいく。そして残酷にも、与えられた器に見合った精神性しか盛られない。背負えない。全うできない。
集団に馴染めと言うのに、個を求められる理不尽な世の中だ。キミの考えが知りたい。ボクの考えだって?興味ないくせに。蟻に意見を伺うか?そんな自暴自棄と不貞腐れた態度で社会をやっている。
皆大義名分を欲している。自分が一体何者であるか、探究するストレスから逃げている。弱さは張力を持って、取り返しのつかないピンボールを弾く。
たまに逸脱できる奴がいて、でも必ずしも幸せというわけでもなく、大体は悲しみから生まれ、ヴィランに終わる。ガイ・ホークスの面をつけても、中身はお前のままなんだ。じゃあお前のままで、どう折り合いをつける?飲み込んで飲み込んで、腹を下してトイレを汚しまくる?上手く生きてるやつは、個室の隣に誰かがいてもでっかいクソができる。ビクビクしても損だけど、そういう生き方だってある。正解とか正義とかって後から分かるもので、今この場には、無い。
混沌が伝播し、己の手に握られたものに気づいてしまう。全能感の血潮が広がる。みんな気づいていく。じゃあどうすればいい?ピンが抜かれた手榴弾を握っている。少しでも離せば今にも爆発する、その手で愛する者を抱きしめられるか。

やってみよう。
握りしめたまま生きていこう。
愛と暴力はキスをしている。いまも。

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