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私1人の心内だけであろうとも社会構造に異を唱えて生きる

多くの他者に存在を知らしめる「何者か」になり
富と名声を求めることは "志"ではなく "欲"である。
だが
人々はこの心理を "志"と勘違いしている節がある。
"欲"とともに
「この富と名声は自分だけではなく、他者と自分の喜びのために」
と心の底から思えた時に
それは"志"に変わる。
ただし
平気で他人の幸せを奪う事になるのなら
"志""欲"に立ち返る。

私はこういう考えなので
トランプ氏とそれを支持する人々が嫌いである。
トランプ氏の自分の名誉欲を満たす発言に辟易するとともに
それでも支持できる心理が理解できないからだ。
戦争にしても
多くの人の幸せを奪う結果が見えていながら
苦渋の決断で起こしたようには到底みえない。

「自国ファースト」
自体が
「他国を不幸にしても良い」
と同意義であるならば
私はそんなものを支持できない。

自分を含めた皆が幸せであるように生きることこそが志であり
そういう方がヒエラルキートップにたって欲しいものだが
歪んだ資本主義社会(社会主義も共産主義も)は

ヒエラルキートップの多くは欲に満たされた人間である。

(ホセ・ムヒカ大統領のような方……架空であるなら踊る大捜査線の室井慎次のようなほぼ自己欲の無いトップは極小数)

目的(志)である

「自他の安全や幸福を守ること」



手段(欲)であるはずの

「国家を強くすること」
「勝つこと」
「世界から評価されること」
「歴史に名を刻むこと」
「指導者として成功すること」

そのものへと置き換わってしまっている例が多すぎる。
そして、それを
当たり前としている社会風潮やマスコミ報道にも疑問がある。

これは度し難い人間である以上
諦めなくてはならない事とは思うが

私一人でも心に異を唱えて生きたい。

以上

※目的へ転じた手段の項目が分かりづらかったため後ほど加筆


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