自己肯定感というチートスキル

自己肯定感。
世間では、
自分に自信があるとか。
どんな自分でも受け入れている状態とか。
自分が好きだとか。

そんなイメージか。(多分)

私が思う自己肯定感とは、
そもそも存在しないものなのでは。
と思い始めている。

だってそれは環境によって
変わってしまうものでは無いか?

周りに自分よりも"高い"と定義されている人が
沢山いれば、自分は低いと思い始めるだろうし。
"低い"と定義されている人が沢山いれば、
高いと思い始めるだろう。

だからそもそも自己肯定感が
高いのか?低いのか?という概念が
不明瞭な物差しで測った
とてつもなく曖昧なただのラベルに感じる。

ではなぜ、私が「自己肯定感というチートスキル」
と言う題名にしたのか。

それは、世間のいう自己肯定感を
個人の感覚の話にはなるが、
"人間の成熟度合い"という物に変換した時、
(これもまぁまぁ曖昧やん。)
"高い"とされる項目に当てはまる人達は
この世界を生きていく上で
チートスキルを持っているのでは。と感じたからだ。

例えば、
自分に自信がある。とか、
ダメな自分も受け入れている。とか、
相手軸ではなく自分軸とか。

それらを潜在的に脳で処理を行う人達は
そもそも常に自分という人間に
フォーカスしている。

だから世界がどういう状況になっても
自分がどうなのかが主軸になっているので
基本的に揺れない構造を持っている。
揺れないというよりは、
揺れても元に戻せる方法を知っている。
(しなる竹はやはり強いという事ですネ)

人間は感情というモノからは
切り離せない構造になっているから
揺れるのだ。これは絶対に。

でも、その"揺れ"を
どう扱うのか。

感情の揺れは波だと思う。
だから乗りこなすという方法もある。

きっとその"高い"人たちは
乗りこなす方法を知っているのではないか?

そうなると"自己肯定感"の
高い人の定義は自分を理解し尽くしている人
なのでは無いだろうか。

一言でいうと
「自分の純度を高く保つ」
を徹底している人なのでは無いだろうか。

これがいわゆる自己肯定感というものの正体
なのではないだろうか。

正解も不正解も無い、
正義も悪も無い、
何もかもの基準が不明瞭で、
角度が変われば全てが反対になってしまう。

そんな、よくわからない世界で生きていくのに
(そういえばなぜ生きているのか
教えてもらってないよな。)
圧倒的なチートスキルなのでは無いだろうか。

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